慕っていた同僚が下劣な本性を見せるようになったきっかけ

先週の週末は台風が接近していた。

幸い、私が住んでいる地域では大雨こそ降ったものの、台風の上陸は免れた。

しかも翌日は、前日の天気がウソのような快晴で、秋らしいさわやかな天気だった。

その日は休日だったため、買い物ついでに少し外を出歩いてみると、心地良い小風に吹かれ、昔のことを思い出した。

・秋が来ると感じること

秋は私が最も好きな季節である。

アレルギー性結膜炎と鼻炎、蓄膿症さえ発症しなければ…

東京都心で働いている私は、普段の生活で秋らしさを感じることなど皆無であるが、地元に住んでいた時は毎日のようにこの季節の良さを感じていた。

これは個人的な経験であるものの、秋はよく新しいことが起こる。

小学3年生の時、借り家のアパートから一軒家に引っ越したのは10月だったし、上京後、シェアハウスから今のアパートに引っ越したのは8月末だったが、一通りの生活を整えて、地元を詳しく知るための旅に出かけたのは9月頃に入った頃だった。

また、10月に人事異動が行われる会社も多く、新年度が始まる4月と同じくらい出会いや別れもある。

実際に退職したわけではないが、「そろそろ次のステップへ移らねば…」と思い、上京後初めての職場を去る決意をして、本格的に就職活動を開始したのも秋だった。

心地いい気候の中で、そんなワクワク感と別れを告げるどこか切ない気持ちが交差するのが秋なのである。

特に思い出深いのは今からちょうど8年前の2013年の9月である。

当時の私は工場という屋内で勤務していたが、昼間の休憩時間や作業終了後から退勤までの時間はよく同僚と屋外で世間話しながら過ごしていた。

その工場は畑や田んぼしかない田舎にポツンとあり、晴れの日に風が運んでくる藁の匂いが秋であることを多いに感じさせた。

そこは元々人の出入りが多い会社だったものの、特にその時期が激しく、私がずっとお世話になっていた社員(この記事で登場したキモト(仮名))が退社し、最も親しくしていた同僚も9月末で退職を予定していた。

私が当時のことをこうもハッキリと覚えているのは、退職する予定の彼と少しでも多くの時間を共有したいと思って、休憩時や作業終了後の隙間時間に彼と話し込んで、思い出作りをしようとしていたからである。

当時の私がそこまで慕っていたのが、このブログで何度も登場したことがあるタケダ(仮名)である。(彼がメインで登場する記事はこちら

・お互い、いつバックレるか分からない

今でこそ、ブログですっかりコケ下す対象となってしまったタケダであるが、共に働いていた時はそんなことはなかった。

彼が職場へやって来たのは、私が働き始めて2ヶ月が経過した頃だった。

前段でも触れた通り、その職場は人の出入りが大変激しかったのだが、当時はまだ工場が設立されて半年程度の時期で、仕事に追われることもなく、新米社員と年金の足しに働こうと考えている高齢者がのんびりと働くような雰囲気だった。

正社員のキモトも、B(仮名)も決して嫌な人たちではない。

だが、先輩ということで、どこか距離を置きたかった。

そんな中でやって来た彼は、年上の正社員とはいえ、私よりも後に入社したため気兼ねなく接することができる相手だった。

事前に聞いていた話では、この道で10年以上の経験があり、国家資格も持っている「仕事ができる人」というイメージだったが、実際に働くと、彼は「気さくなおじさん」だった。

その職場では社員が830分から1730分、パートの勤務時間は9時から16時までとなっていたが、留学費用を稼ぎたかった私は無理を言って、毎日1時間の残業をさせてもらっていた。

工場内の作業は大多数のパートが退勤する16時には終了する段取りになっていたため、作業の遅れがない日は事務所内の雑用や倉庫の整理をすることになる。

作業場では、パートと社員の持ち場が異なっていたため、私が彼と話すのは主にこの時間帯となる。

彼の人生はお世辞にも「エリートコース」とは言えないが、そんな彼の経験の方が私にとっては刺激的で、なおかつ、ためになった。

その時は、20代前半で、すでに英語の勉強を始めていたが、これから先も「正社員として就職し、結婚し、家を買って…」というフツーの人生を送れる見込みがなかった私にとって、言い方は悪いのだが、彼は「ダメ人間の先輩」として、今後の人生の知恵を与えてくれる存在だったのである。

彼が仕事に慣れてくると、徐々に他の従業員や本社、オーナーの愚痴なども加わり、さらに距離が縮まった。

前に働いていた職場でよくコンビを組んでいた軍曹(仮名)ともよく世間話をしていたが、彼はオーナーの悪口一つ言わない完全な犬だったため、完全に心を許すことはできなかった。

だが、タケダは完全に自分と同じ立場の相手だと思えた。

同僚のことをここまで信用できたのは初めてだった。

そんな彼が退職するというのだから、私にとっては大きな痛手となる。

彼の退職理由は「泥船から逃げ出すため」である。

彼は同じ正社員のBのことを嫌っており、味方だったキモトが去ったことで、仕事の負担が増えるだけでなく、Bからの風当たりがますます強まることを恐れて、退職を決意したのであった。

ちなみに、私も正式な通達こそしなかったものの、離職を考えていた。

元からの人間関係に加えて、タケダと同様に、キモトが退職することで、これまで彼が抱えていた仕事を押し付けられることを懸念したからである。

しかし、留学費用を貯めるという目標があったため、次の仕事を見つけるまでは辞めることができなかった。

タケダはそんな私に仕事を続けることを推奨していたが、まさか彼の方が先に退職届を提出することになるとは…

だが、明日は我が身であるため、彼の言動不一致を批判する気にはなれなかった。

彼は「お互いにいつバックレるか分からないから」と言って、電話番号の交換を申し出た。

私が職場の人間と個人的に連絡先を交換したのはこの時が初めてだったが、その経緯はこんなものである。

・パートとして残留したものの…

タケダは9月末で退職予定だったが、退職まで残り一週間に迫った頃に、予定が変わった。

彼は「来月からパートになる」と言い出したのである。

おそらく、キモトが退職した上に、後任の正社員が続けられる気配がなく、人手不足が一気に進むことを恐れたBが「正社員の仕事がしんどいなら、パートとして続けるのはどうか?」と提案したものだと思われる。

タケダはその提案を了承し、10月以降も仕事を続けることになった。

彼が職場に残ることで、私はとりあえず安心した。

しかも、立場も対等になり、「今後はより一層距離が縮むのでは」と期待していた。

のだが、その予想は見事に外れた。

パートとなったことで、彼と同じ持ち場で働く時間が増えると、これまでとは違う一面を見せ始めた。

たとえば、彼が仕事のやり方を間違っていることを指摘すると、

「そんな細かいこと言わないでよ!!」

「なんで、俺の粗探しばかりするんだよ!!」

と自分の非を一切認めなかった。

一方で、他人のミスは大げさに取り上げていた。

これまでは仕事の担当が違ったため、全く気付かなかったが、立場が同じになったことで、彼の嫌な一面も目に入るようになったのである。

また、彼はパートになったものの、手取りの減少を少しでも食い止めたくて、私のように基本の6時間+毎日1,2時間の残業を希望した結果、私と仕事を取り合うライバル関係になった。

さらに、彼がパートになった後で、年金を受給するまで食い繋ぐ目的で働く高齢の男性がやって来て、彼も恒久的な残業を希望していたことから、さらにライバルが増えた。

その上、彼は私やタケダ以上に仕事ができる人だったため、彼はますます追い詰められた。

ちなみに、パートになっても、人手不足の影響か、それまで社員のみが行っていた、本社との調整や、鍵の開け閉めも、彼が引き続き担当することになった。

社員からパートになっても、仕事の負担は軽減せず、給料が下がった上に、自分の地位が危うくなったことで、社員だった時に私に見せた余裕がなくなり、頻繁に私にマウントを取るようになった。

たとえば、フリーター叩きであるが…

いや、今のあんたも同じフリーターだし…

しかも、「同僚が嫌い」という幼稚な理由で、せっかく正社員として採用された仕事から逃げ出した分際で、何を偉そうなことを言っているのか?

それから、「俺は結婚して2人の娘を育てたから偉い!!」という結婚・子育てマウントも多かった。

だが、この記事で取り上げた通り、彼の結婚生活は「自分一人で家族を養ったとは程遠く、逆に「家族に助けられて生き延びた」と解釈する方が妥当なものである。

そして、極めつけは若い事務員女性に対する鼻の下を伸ばした依怙贔屓である。

・距離が近くなると相手の嫌なところが見えてくる

次々とボロが出てくる彼の本性を目の当たりにしたものの、当時は彼が社員だった頃の腐れ縁もあって、それなりに親しくしていた。

だが、事の顛末はこの記事に書いた通りである。

こんな人間を兄貴分のように慕っていたことは、今や私にとって完全な黒歴史である。(当時の自分が恥ずかしい!!)

彼が社員のまま仕事を続けていたら、彼の薄汚い本性を目の当たりにすることもなかったのかもしれない。

そう考えると、「彼が変わった」わけではなく、距離が縮んだことで、それまで見えなかった面が見えるようになっただけなのかもしれない。

2年前に書いたこの記事で、中学生の時の体験を紹介したことがある。

修学旅行の時に、普段の学校生活では感じが良かった同級生と相部屋になり、旅行に行く前はそのことを喜んでいたものの、実際に同じ時間・空間で共に過ごすと、彼は嫌な奴であることが判明した。

修学旅行や体育祭のような一大イベントでなくても、日々の生活によって、次第に同級生の嫌な一面を見たり、スクールカーストのような(悪い意味での)序列が形成され、結局は、お互いに距離を取って接していた入学直後が一番楽しかったと思う。

子どもの時からの憧れのチームへ移籍したもの、満足な結果が残せず、チームを去った大物スポーツ選手が引退後にこんな恨み節を言ったことがあるらしい。

「富士山は遠くから見ると綺麗だけど、近くで見るとゴミだらけ」

その言葉の意味は今となってはよく分かる。

憧れのものは遠くから眺めておくだけの方が、夢が崩れずに済むのかもしれない。

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