前回の記事では無意識の上方修正を行い、実際にその世界で生きていれば到底手に入れられなかったであろうものでも、時代が違えば、自分も得られたかのような怒りをぶちまけている人たちの愚かさを紹介した。
そのような人たちは見当違いの八つ当たりから、醜い争いを引き起こしている。
今日も同じようなテーマを取り扱いたい。
・比較すべき異性は本当にその人なのか?
「男が得か?」
「それとも、女が得か?」
私は人類の歴史について詳しくないが、その問は人間の歴史が始まって以来、常に議論されていたことだろう。
あらかじめ断っておくが、今回の「男女」という性差はあくまでも社会的な位置づけ、つまり英語の「gender」のことであり、肉体的な性差を意味する「sex」のことではない。
そのため、「男の方が力が強い」とか「生理がない」というような肉体的な違いについてはここでは論じない。
さて、私は「どちらが得か?」という議論には意味がないと思っている。
そう思う理由のひとつは、適切でない相手と比較していることが珍しくないからである。
下の画像(図1)を見てほしい。
何をもって序列やランクをつけるのかは一概に言えないが、性別ごとの階層をピラミッド型で表してみた。
もしも、自分がDランクの人間だとしよう。
「男が得か、女が得か?」を議論する時は、当然、異性のDランクの人間と比較すべきである。
ここまではほぼ全員が納得すると思う。
だが、問題は本人が適切な比較対象者だと思っている身近な(目の前にいる)異性が同じDランクの人間だとは限らないことである。
何年か前に、たしか、「朝まで生テレビ」という番組だったと思うのだが、男女平等や日本の女性活躍指数の低さについて議論されていて、視聴者の男性からのこのような意見が出された。
おそらく、彼の所属する会社、もしくは部署では、男性の正社員のみが夜勤や残業を負わされ、女性は正社員であっても定時で退社することが基本となっているのだろう。
彼らにとっては、「女性の社会進出」とは「都合がいい時だけ男女平等を主張している」ように感じるのかもしれない。
このような考えを持っている男性は珍しくない。
しかし、世の中には正社員でも、また正社員でなくても、夜勤で働く女性はいくらでもいる。
実際に、私は日雇いで夜勤の仕事に就いた時、女性の人数が予想を超える程多くて驚いた経験がある。
日雇いの仕事ということもあって、このような夜勤で働く女性に対して、「そんな仕事しかできないのは本人の能力が低いからだ!!」という自己責任論を主張する(頭の悪い)人が出てくるかもしれない。
いや、その理屈は今のあんたが女性社員よりも劣悪な労働条件で働かざる得ない事実にもそのまま適用できるのだが…
先ほどのように夜勤も残業もしない同僚女性と比較して、「女は楽だ!! 甘えている(甘やかされている)!!」と憤っている人は、「採用時は男も女も同等に能力を評価されている」という前提で物事を考えている。
だが、「女性は夜勤も残業もさせない」ことが会社の方針だとしたら、その会社が女性を雇う時は夜勤も残業もできなくても、戦力になる人しか雇わないはずである。
もしも、自分が女性で、これまでと同じ努力をした場合では、今彼女らが就いているポジションに就けたのだろうか?
答えは限りなく「No」であろう。
その時点で、比較対象としては適当な相手ではない。(図2)
同様の主張で「女は結婚して男に養ってもらえばいいから楽だ」というようなものがある。
確かに、本人だけでなく家族を扶養するに足りる生活給を支給する会社に勤める男性と結婚することで、働かずに生きていける女性はいるだろう。
しかし、実際はそんな人はごく一部の恵まれた階層の人だけで、たとえ結婚しても、生活のために働かなくてはならない人が大半なのであり、そんなことを言っている人が女性だったとして、そのような相手と結婚できるのかはかなり疑わしい。
・「男だから」なれる正社員はその仕事じゃない
ここまでは女性を羨む男性の話をしたが、公平を期すため、男女の立場を反対にしたケースを考えてみよう。
と考える女性が少なからずいる。
こちらの図を見てほしい。
(引用:年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移 | 内閣府男女共同参画局 )
このグラフを見ると、確かにほとんどの年代で女性の方が非正規で働く割合が高く、
「自分も男だったら正社員になれたのに!!」
「正社員だったら、ボーナスが貰えたのに!!」
「安定した人生を歩むことができたのに!!」
という女性の言い分はよくわかる。
だが、そのような人は「正社員=大企業の安定した正社員」と無意識のうちに限定している。
大企業で派遣社員として働いている女性が、派遣先の正社員の大多数が男性である様子を見てそう思っているケースなどまさにそれである。
しかし、この記事で触れた通り、「男である」というだけで正社員として積極的に採用したがる会社は、低賃金で長時間働かせる(しかも残業代を払わないことが常態化していることが多い)ことが前提であり、そんな仕事では家庭と両立などできないからこそ、男性を雇っているに過ぎない。
「男だから家族を扶養することが前提の高い給料を貰える」
「男だから努力しなくてもエスカレーターに乗って出世できる」
こんなことを言われても、「男性だから無条件に優遇される」であろう多くの中小企業には一人の稼ぎで家族を養えるだけの生活給も、駆け上がるべき昇進の道も最初から存在しない。(しかも、多くの仕事が肉体労働)
前回の記事で登場した「働き方だけ男性稼ぎ手モデル」がこれに当たる。
もし、「男は簡単に正社員になれるからずるい!!」などと言っている女性は、自分が男だったら、そのような会社で喜んで働くのだろうか?
性別を理由に「正社員になれない」と嘆いている人はおそらくそのような会社で働く男性と比較することが妥当だと思われるが、おそらく彼女はそのような仕事には見向きもせずに、「たとえ正社員でもそんな会社では働きたくない」と駄々をこねるだろう。
そんな人たちが「日本は男性優位社会だ!」と不満を訴えても誰も相手にしない。
これも、先ほどの図2と同じく、恵まれた待遇で働く男性の正社員しか眼中になく、無意識のうちに自意識と比較対象を上方修正しているケースである。
・「そうではない人もいる」という当たり前の事実
今回私が主張したかったことのひとつは
「女性は夜勤も残業しないから優遇され過ぎだ!!」
「(一流会社の)正社員になれる男の方が得だ!!」
と異性のうらやましい面のみが目に入ってしまうが、それは比較対象者として適切な相手だとは限らないということ。
そして、もう一つは、たとえ、異性の方が恵まれているように見えても、「そうではない人もいる」という当たり前の事実が存在するということ。
女性でも夜勤や長時間労働で働く人もいるし、男性でも安定した仕事に就けない人もいる。
この2つを無視して、「男(女)は楽をし過ぎだからずるい!!」とは言えないのである。
…と説教くさいことを言ったものの、実は私も若い時には同じような考えを持っていた。
以前、地元で派遣の事務職に憧れていた時の話をしたことがある。
当時の私が派遣の事務職に抱いていたのは「工場や販売のようなアルバイトと比べて、仕事は楽だが給料は高く割のいい仕事」というイメージだった。
ぶっちゃけ、ろくでもない会社の正社員よりも恵まれているようにさえ思えた。
後に東京で事務職として働いた結果、すべての会社がそのような仕事だったわけではないが、そのイメージの大半は事実だった。
だが、そのような事務職は女性しか採用しないということが珍しくない。
しかも、スキルや経験がある人が採用されるのであればまだ納得できるが、そこで好んで採用されるのは、スキルなどなくても構わない、むしろ(正社員を脅かさないように)ないことが好まれる「若い女性」である。
「職場の花」などとという言い方をすれば響きは良いが、要は職場のお飾りとしての採用である。
当時の私は自分よりもスキルが劣っていそうな女性がそのような「マスコット枠採用」によって、割のいい仕事で働いていることが許せなかった。
「女ってだけで、楽で給料が高い仕事に就きやがって!!」
ひとまとめに「女」といっても、それは「若い女」に限った話であり、そもそも、そのような人選を行う企業を糾弾することが筋であるが、私の怒りの矛先は優遇されている(ように見えた)女性全般に向いていた。
前段で紹介した「男は簡単に正社員になれる!!」という言い分に対しても、「未経験でも派遣の事務職のような、正社員としての重責を負うことなく、稼ぎがいい仕事に就ける女性の方がよっぽど恵まれているじゃないか!!」と言い返してやりたかった。
・誤解を解いてくれた同僚女性
その考えが変わったのは20代後半の時に初めて事務職で働いた時である。(ちなみに、全然楽ではなかった)
その職場には私と同年代の女性がいた。
彼女は私が働き出す半年前に入社したばかりだったのだが、WordやExcelのような基礎的なPC操作だけでなく、Accessのような高度なソフトを使いこなし、英語が喋れて、進んで電話を取り、出入りしてくる業者の人には常に笑顔で対応して、周囲への気配りができて、新人教育を任される(しかも、かなり慕われていた)ほど優秀な人だった。
半年前に働き始めたばかりでこんなに仕事ができるのだから、この人は大学を卒業した後、ずっとこのような事務仕事をやってきたに違いない。
彼女は20代だが、きっとこの職場でも、お飾りとしてではなく、実力を評価されて採用されたのだろう。
そんなことを思っていたのだが、彼女と共にした昼食の席で、彼女はそれまでに事務の仕事で働いた経験が一切なく、職場でパソコンを使った経験すらなかったことを聞かされた。
それを聞いた私は衝撃を受けた。
え!?
なんでこんな人が、今まで事務職に就けなかったの!?
私は彼女がそれまでどんな人生を送って来たのかは知らない。
これまでは一切興味がなかったものの、今回たまたま未経験の事務職に就いただけなのか、それともこれまで事務職に憧れて何度も応募していたが、その願いが叶わずにずっと悔しい思いをしていたのか。
後者であれば、彼女の素質を見抜けなかった歴代の採用担当者がいかに無能であったのかが分かるが、今回のテーマで重要なのは、彼女の話を聞いた私が
「女性にも、こんな人がいたんだ…」
と気付けたことである。(ポンコツ面接官の話は次回の記事でじっくりと取り上げる)
彼女の姿は幾万の言葉を並べられるよりも、はるかに強く私の胸に突き刺さった。
事務職は若い女性というだけで優遇されることは事実かもしれないが、かつての彼女のように、そうではない人がいることも事実である。
そのことを無視して、「女性全員にスキルや能力がなくても楽な仕事に就けるという特権が与えられている」などと考えることは明らかな誤りだった。
今でも、「未経験歓迎」と謳い、大量募集をしている事務職の選考に落ちた時などは「あ、多分、こいつら若い女しか採る気がないな…」と直感することがある。
それでも、その怒りを女性全般に向けたり、感情的な自棄を起こすことは一切なくなった。
私がそのように変われたのは彼女のおかげだと思っている。
・戦うべき相手は他にいる
今回は「新入社員に贈りたい言葉シリーズ」のように明確なテーマを設定していたわけではなかったが、3本に渡って話が続くことになった。
全体を通して、私が言いたかったことは「これ以上、無益な争いはやめよう」ということ。
初回は「正規vs非正規労働者」
前回は「ワーキングマザーvsしわ寄せを受ける正社員」
そして、今回は「男vs女」の争いを取り上げてきた。
だが、本編を読んでくれた方はすでにお気付きだろうが、これらは本来、争う必要のないマッチアップなのである。
にもかかわらず、そのような不毛な争いをして何が生まれるというのだろうか?
「戦うべき相手は他にいる」
このことに気付いて、これ以上、仲間同士で争うことはやめにしよう。
さて、今回の企画はこれにて終了となるが、本文の中で少し触れた通り、次回の記事では人間性や能力を見抜く目がないヘッポコ面接官について取り上げることにする。