昨年から米の高値が続いている。
日本には「備蓄米制度」というものがある。
これは国内の米生産が不作や災害で不足した際、あるいは価格が異常に高騰した際に、政府が保有している一定量の米(政府備蓄米)を放出することで市場の安定を図る制度である。
3月の半ばに政府はこの備蓄米を放出することを決定。
しかし、競争入札や買い戻し制度、流通経路の問題により、備蓄米はなかなか市場へ出回らなかった。
備蓄米はどこに 行き渡らない理由は?米価格 今後はどうなる| NHK
そうした状況の中で、突然意外な救世主が現れた。
不適切発言で辞任した前任者に変わって、農林水産大臣に就任した小泉進次郎氏である。
就任当初こそ、「またパフォーマンス政治か」と冷ややかな目もあった彼だが、就任後間もなく、なかなか市場へ行き渡らなかった備蓄米の放出にスピード感を持って対応する方針を表面。
これによって、都市部のスーパーでは、放出された備蓄米が即座に店頭に並び、それを求めて開店前から長蛇の列が出来、開店と同時に売り切れるという光景がいたる所で見られた。
ニュースでは連日のように「政府の備蓄米がスーパーに並んだ」、「即日完売」といった見出しが飛び交った。
備蓄米を購入できた人たちは安堵の声と共に、小泉氏の行動を高く評価する者もいた。
・自己責任論はどこへ行った?
これらのニュースを見た時は少し安心した。
「これで、米の高値もようやく落ち着くのではないか」と。
しかし同時に、ふと疑問が湧いてきた。
いつもは声を大にして、政府の市場介入や税金による弱者救済に大反対していた方々は、一体どこへ行ったのでしょう?
「政府の市場介入なんて社会主義だ!!」
「貧乏人は努力をしないのが悪いのであり、そんな甘ったれには一円たりとも税金なんて使うべきではない!!」
声高にこんな主張をしていた彼らにとって、今回の備蓄米放出は、まさに「税金による市場操作」、もっと過激な言い方をすれば「税金を使って貧乏人を救済している状態」なのではないか?
価格メカニズムに任せておけば、やがて高値に応じた供給が生まれ、自然と価格は落ち着く。
それを待てないのは甘えであり、ましてや国家が介入して供給を増やすなど、もってのほかだ。
いつもはこんな理屈を展開していたのだから、米が欲しければ、市場価値に見合った対価を払えばいいだけの話である。
だが現実には、その「もってのほか」の米袋を手にするために、開店前のスーパーに並んでいるのは、威勢のよいことを言っていた自由主義者たちかもしれない。
値上がりしているとはいえ、「戦争や大災害のような生きるか死ぬかの緊急事態のため無償で配給しなければ!」という状況と違い、まだ高いお金を払えば購入できる。
「自分は状況をわきまえているけど、メディアに踊らされた愚民共が買い占めるから、お店に置いていない!」と言うかもしれないが、それもれっきとした市場原理なのだから、代わりに違う食べ物で我慢するか、普段から3度の飯よりも好んでいる「自己責任」という言葉を自分に言い聞かせて耐え忍ぶべきではないのか?
実際に東日本大震災の時ですら、10万トンの備蓄量しか放出しておらず、今回の一件における、4月までの競争入札で約31万トン、随意契約分として大手小売業者に約22万トン、中小向けには8万トン放出する方針がいかに膨大な量なのかが分かる。
【更新版】1からわかる!備蓄米Q&A コメの値段は安くなる?いつ買える? | NHK | ビジネス特集 | 農林水産省
備蓄米、酒造・加工用に放出検討 不足懸念受け、小泉農水相表明:時事ドットコム
他人の貧困に対しては、能力や努力不足によるもので、そんな連中を甘やかすのはけしからんが、自分の家計が苦しくなった時だけは、市場原理ではどうにもならない「非常事態」とでも言うつもりなのだろうか?
そのダブルスタンダードで浅ましい姿は選挙前は威勢よく減税を訴えながら、当選した途端、有権者の声を無視して増税へ突っ走る破廉恥な政治家と1mmの違いもない。
おかしな話だが、こうした矛盾は今に始まったことではない。
コロナ禍初期の頃も、マスクの供給不足により市場から姿を消したり、ネットでの転売が横行した時は、普段は小さな政府を理想としながらも、必死になって政府の規制を訴える者は一人や二人ではなかった。
・彼らが向かう場所は備蓄米の販売店ではない
悲しい話だが、政治思想や経済哲学など、生活の前では案外あっさり崩れるものであるのかがよく分かる。
というわけで、「自分はそんな卑怯な人間じゃない!!」と確信している自己責任論者の皆様には、ぜひとも自民党本部か国会議事堂に乗り込んで、小泉大臣を見つけて、
貴重な税金で貧乏人を甘やかすな!!
と一喝して頂きたい。
そして、備蓄米を求める行列に並んでいるようであれば、直ちに列を抜けて、並んでいる人たちに対して、
人様の税金に集って恥ずかしくないのか、乞食共!!
とこちらも一喝して頂きたい。
これこそが、気高き自助努力の精神に満ち溢れた自己責任論者の姿と言えよう。
まあ、狡(ずる)くて自分に都合が良いことしか考えられない彼らのことだから、
「備蓄米は税金で買った物だから、それを取り返して何が悪い!?」
とでも言い出しそうだけど…
百歩譲って、税金で買い溜めしていた物を国民の手に取り返すという主張を認めるとしても、これまた彼らの信条である公平性や公正性の観点から、コロナ渦におけるアベノマスクや10万円の特別定額給付金のように全国民に等しく配給すべきだし、「自分だけは!!」という抜け駆けなど言語道断である。
それでもなお、「今まで米が異常に値上がりしていたことこそが、JAや農家(ついでにディープステートとフリーメイソンも追加)が高値で売りたいための陰謀であり、備蓄米の放出は悪人共による値段の吊り上げを是正しただけに過ぎない!」などと本気で考えていそうだが…
誤解がないように言っておくが、私は別に備蓄米制度や放出、政府による市場安定策がすべて間違っているとは思っていない。
ただ、それを認めるのであれば、平時においても、他人の苦境に一定の理解を示すべきではないのか?
自分が困った時は「非常事態だから!!」と助けを求め、他人の困難には無関心。
そんな身勝手な自己責任論者たちに、私は違和感を覚えるのだ。
かつて、「自己責任」という言葉が流行語のように使われていた時代があった。
「努力すれば必ず報われ、貧困は怠惰の証、生活保護は甘え」
そうした言説が、いまでもネットの片隅で見受けられる。
だが、そんな彼の理想も、空腹時に出されたお米の前にはあっけなく崩れ落ちる。
それは人間の弱さなのかもしれないが、だったらせめて、普段からもう少し謙虚で、他人の苦しみに共感できる人間であれと思う。
備蓄米の放出に歓喜するのであらば、それは税金のおかげであり、社会保障制度のおかげでもある。
その恩恵を享受している以上、他人の困窮にも少しは寛容になれないだろうか。
今回の小泉大臣の行動について、今後の評価は分かれるだろう。
だが、備蓄米放出における彼の一連の行動のおかげで、この社会に巣くう「偽りの自由主義者たち」の化けの皮が剥がれたことだけは間違いないと言えるだろう。