
前回の記事では、元同僚の就職活動を参考に、世間では「従業員に優しい一流企業」と呼ばれている会社が下請け業者を奴隷のように扱って、「自分たちだけが良い思いをすればいい」という裏の顔を取り上げた。
その記事を読んで「奴隷のようにコキ使われるのは嫌だから、やっぱり就職するなら大企業」と思った人もいたかもしれない。
だが、「下請け企業では働くに値しないのか?」と言われれば決してそうではない。
特に大企業の関連会社はそれなりにメリット・デメリットがはっきりしていて、「こういう人にはおすすめ」と言える傾向がある。
今日はその話をしたい。
・「下請け企業=不安定」とは限らない

下請け企業と一口に言っても、その実態は一様ではない。
大まかに分類すると、「完全に独立した他社」と「大企業の子会社」の二つに分けることができる。
まず「完全な他社」としての下請け企業について簡単に説明しよう。
これは親会社との資本関係を持たず、あくまで取引先として業務を受注する企業のこと。
私の元同僚が面接を受けた企業もこちらである。
このタイプの企業は、市場を通じて、仕事を受注する立場にあるため、「嫌なら他社に頼む」という理屈が成立する。
また、職種別労働組合がなく、中小企業の労働者を保護する流れが弱い日本では、価格や納期、業務内容について無理な要求を受け入れざるを得ない場面も少なくない。
結果として、突発的な残業や過重労働が発生しやすく、働く側にとっては不安定で負荷の大きい環境になりやすい。
一方で「大企業の子会社」はどうだろうか。
こちらは親会社と資本関係を持ち、グループの一員として位置づけられる。
仕事の多くは親会社からの発注であり、外部の企業と比べると取引の安定性は高い。
完全な他社の下請け企業が市場競争に晒されるのに対し、子会社はある程度守られた環境にあると言える。
この違いは、働く側の体験にもはっきりと現れる。
完全な他社の下請けでは「市場に従属する」のに対し、子会社では「親会社に従属する」という構図になる。
どちらも従属関係ではあるが、その性質は大きく異なる。
前者は不安定だが自由度があり、後者は安定しているが裁量が限られる、といった具合だ。
よく「大手企業じゃないと景気に左右されやすい(だから何が何でも大手に就職だ!)」と言われているが、このような発言は「中小企業=前者」と想定しての発言であり、後者は良くも悪くも大手に準じていることが多い。
・子会社勤務のメリット

では、大企業の子会社で働くことにはどのようなメリットとデメリットがあるのだろうか。
メリットとして挙げられるのは、以下の点である。
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売上目標の設定はあるが、達成できなくても特に大きなペナルティはない。
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コンプライアンスは親会社並みに守られている。
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全国規模の転勤はない。
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子会社の仕事でも、かなり面倒な案件は最終的に親会社の社員が引き受ける。
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勤め先に親会社の名前が入っているため、社会的な信用がある。
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頑張れば親会社への転籍も可能で大企業の正社員になれる。
ほとんどの点に共通しているのは、やはり安定性である。
親会社から継続的に仕事が供給されるため、業績が急激に悪化するリスクは比較的低い。
売上目標は存在しても、それが過度なプレッシャーとして個人にのしかかることは少なく、「ノルマに追われる」ような雰囲気が薄い職場も多い。
また、コンプライアンスや労務管理についても親会社の基準が適用されることが多く、セクハラ・パワハラなどの極端に劣悪な労働環境になることは少ない。
休暇の取得や労働時間の管理についても、一定のルールが守られているケースが多いだろう。
私が働いた職場では、正社員でも私用や体調不良で休みやすいように感じた。
さらに、全国規模の転勤がない場合も多く、生活の安定という意味でも魅力的である。
親会社のブランドを背負っていることで、社会的な信用が一定程度担保されるという点も見逃せない。
また、確立は高くないかもしれないが、仕事ぶりが評価されると、親会社へ転籍できることもある。
新卒採用時に大手へ就職したくても出来なかった人は、このルートの存在が仕事上で大きなモチベーションになっているのかもしれない。
ただし、実際に転籍した私の元同僚の話によると、配属先の部署が、部長に「オイ! タバコへ行くぞ!」、「飯に行くぞ!」と言われたら、仕事中でもお供しなければならない(自称)体育会系的な雰囲気だったため、職場環境の満足度は低下したという。
このような点を踏まえると、「労働条件は、ある程度、親会社に引っ張られる」と言えるのかもしれない。
・子会社勤務のデメリット

一方で、デメリットも明確に存在する。
ここでは公平を期すため、メリットと同じく6つ挙げることにする。
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親会社と比べて給与が低く、福利厚生も限定的。
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同僚にも親会社からの出向組が多く、彼らの給与や福利厚生は親会社が基準となっているため、より一層不公平感が生まれる。
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管理職には親会社から出向してきた社員が就くことが多いので、なかなか昇進できない。
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業務の主導は常に親会社のため、苦労して積み重ねた仕事でも、鶴の一声で覆されることも。
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親会社の命令でコンプライアンスやセキュリティのガイドラインが厳しく不自由を感じやすい。
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親会社の声が神のように絶対的のため、常に顔色を窺わないといけないストレスを感じる。
最も分かりやすいのは待遇面の格差である。
給与や福利厚生は親会社と比べて一段低く設定されていることが多い。
単に「平均年収」のように大まかな括りであれば「まあ、会社が違うからね…」くらいの漠然とした感想しか持たないかもしれない。
だが、同じ部署で机を合わせて同じ仕事をしている出向者が、本社基準の高い給与や福利厚生を満喫していることを目の当たりにすると、その差を日常的に意識させられ、不満も生まれやすくなる。
それどころか、チームのリーダーは生え抜きだが、部下は出向者という場合、部下は本社基準の給与が支給されるため、場合によっては、指示を出したり、責任を負っているリーダーよりも部下の方が倍以上の高い給与を得ている逆転現象さえ生じることもある。
にもかかわらず、親会社は「常に○○グループの一員としての自覚を~」みたいな偉そうなことを垂れていることも多いため、都合が良い時だけ同一化されることに反感が生まれる。
同一労働同一賃金について議論される際は、「正規VS非正規労働者」の構図で語られることが多いが、大企業の子会社で本社からの出向者が自分たちと同じ仕事をしているのも関わらず、給与が全く異なることへの不満が全く出て来ないのが個人的には謎である。
「正社員は非正規と違って、責任があるから給与が高くて当然!!」と信じて疑わない人は、子会社の生え抜きリーダー職よりも、親会社から出向して来た平社員の方が高い給与を得ているという現象についてどう説明するつもりだろうか?
また、昇進の機会が限られることも大きな課題である。
管理職ポストの多くを親会社からの出向(という名の天下り)者が占めるケースもあり、生え抜き社員が上に上がる余地は狭い。
さらに、メリット1.と背中合わせになるのだが、業務の主導権は基本的に親会社が握っているため、現場でどれだけ努力しても、上からの一声で方針が覆されることも珍しくない。
仕事に対する達成感や主体性を感じにくい環境と言えるだろう。
そして何よりストレスを感じるのは、どれだけ理不尽な要求であっても、「親会社の命令を神の声」のように絶対視されることであろう。
このような、都合が良い時だけ「グループの一員」と言われながら、明確な待遇の違いが存在したり、明確な支配と隷従の関係が生まれることが、働く人間にとって大きなストレスの要因となる。
・子会社勤務に向いている人とキャリア教育

「子会社」という言葉にネガティブな印象を持つ人が多い。
だが、一方で、このような環境が向いている人も確実に存在する。
例えば、安定した雇用を重視し、大きなリスクを取りたくない人にとっては魅力的な選択肢となる。
また、社内での昇進など興味がなく、過度な競争やプレッシャーを避け、ワークライフバランスを重視したい人にも適しているだろう。
自分で大きな意思決定を行うよりも、ある程度決められた枠組みの中で着実に仕事をこなしたい人にとっては、むしろ働きやすい環境と言える。
もっとも、同じ職場で同じ仕事をしているにも関わらず大きく異なる待遇差や、親会社に振り回されることを「仕事」として割り切れる精神を持つことが絶対条件だが。
しかし、ここで一つ気になるのは、このような「働き方の違い」や「向き不向き」が、学生や求職者にどの程度きちんと説明されているのか、という点である。
もう15~20年前のことになるが、私自身の学生時代を振り返ってみると、キャリアに関する指導はあったものの、その内容はかなり単純化されたものだったように思う。
教師や周囲の大人から繰り返し言われたのは、
「安定している大手企業に就職しなさい!!」
「どこでも良いからとにかく正社員になりなさい」
といったお決まりのメッセージだった。(後者の「正社員」とは、ほぼほぼ「大企業の正社員」を想定した発言なので、意味は前者と全く同じ)
さすがに、多様な働き方や、ブラック企業問題も語られる現代において、当時のような単純な指導はされないと思うが、それでも「子会社勤務=親会社に就職出来なかった人が妥協して仕方なく就職した」というイメージは強い。
子会社で働くことにはこうした特徴、メリット・デメリットがあり、このような人には向いている、ということを強く打ち出してくれたら、大手企業崇拝や大企業コンプレックスも幾分か和らげる気がする。
・かつては理想だと思っていた

ここから先は、個人的な話をさせてもらいたい。
かつての私はこのような価値観を持っていた。
「高収入や華やかなキャリア、仕事のやりがいなんて一切要らん!!」
「全国転勤や長時間労働、勤務時間外の付き合いはできるだけ避けて、言われたことだけを無理のない範囲でこなし、安定した生活を送りたい!!」
その視点で見れば、「大企業の子会社」はピッタリの環境ではないか!?
安定した基盤があり、極端なプレッシャーもなく、転勤も限定的。
まさに理想的な働き方を実現できる場所のように思えた。
しかし、実際にそのような環境で働いてみると、印象は大きく変わった。
確かに表面的には「ゆるい」職場である。
うるさいノルマはないし、定時出社も強要されない。
サービス残業などあるはずもない。
だが、そのゆるさは決して均等に分配されているわけではなかった。
親会社からの要求は事前の取り決めを無視した横暴と呼べる振る舞いが日常茶飯事で、それに対して上司や同僚が強く抗議することはほとんどない。
むしろ、神の啓示を乞うように「○○(親会社)様~🥺」(←皮肉ではなく、本当にそう呼んでいた)と尻尾を振るようにへいこらしながら従う無様で情けない姿勢が当たり前になっていた。
また、「緩さ」の代償として、与えられた業務を「私には難しいからできません」と職務放棄する社員も存在した。
これは非正規ではなくて、正社員の話である。
求人が大量に溢れる東京での出来事ということもあるが、「何でこんなのが正社員として採用されたの!?」と言いたくなる人間も一人や二人ではなかった。
本来であれば、そのような社会人失格と思われる人間は上司が厳しく叱責すべきだが、誤ったコンプラ意識の徹底や、親会社から出向してきた管理職は一刻も早く本社へ帰りたいが故に「とにかく問題を起こさないようにしなきゃ…」と思ってか、強い態度で接することが出来ない。
そして、そのしわ寄せが、「何でもやります!」という昔ながらの黙々働く真面目サラリーマンや、有能な非正規労働者など一部の人間に集まっていく。
このような状況を目の当たりにして感じたのは、「ゆるい環境」の裏側には必ず誰かの負担が存在するという現実である。
表面上は余裕があるように見えても、その余裕は誰かが無理をして支えている場合がある。
かつての私は、「楽に働けること=良い環境」だと考えていた。
しかし、実際には「負荷が低いこと」と「公正であること」は必ずしも一致しない。
むしろ、負荷が低い環境ほど、責任の分配が歪んでいる可能性もあるのだ。
この経験を通じて、働き方に対する考え方は大きく変わった。
そんな環境に適応して、幅を利かせるのは「親会社様~(黄門様の印籠でも見るかのように「へへーえ」と言いながら土下座する)」と尻尾を振ることと引き換えに、怠けることしか考えていない堕落した人間であると。
かつて、理想的だと思っていた職場は、決して居心地が良いものではなく、私にとっては愚者の楽園としか思えなかった。









