
参政党議員による「国保逃れ」のニュースを見た。
神谷代表が謝罪するとともに、関与した議員に対して離党勧告や除名などの処分を行ったものの、こんな発言をした。
「他の党も調べてみてほしい」
「調べたらわんさか出てくる」
参政党地方議員8人が「国保逃れ」神谷代表が謝罪 一方で「他の党を調べたらわんさか出てくる」「徹底調査したらしばらく紙面は困らない」 | 政治 | ABEMA TIMES | アベマタイムズ
国保逃れだけでなく、このような発言についても批判の対象となっている。
もちろん、仮に他党にも同様の事例があったとしても、それによって今回の問題が正当化されるわけではない。
「他もやっているから」という理由で自らの行為が免責されることはないだろう。
私はその点については異論がない。
しかし、この件をめぐる報道やネット上の反応を見ていて、別のことが気になった。
・大人社会にも溢れている「みんなやっているから」

悪事や法律違反を指摘された時には、今回の神谷氏の発言のように「他の人もやっている」という言い訳をすると、よくこんな批判が出て来る。
「それは、悪いことをした子どもが親や先生に叱られて『だって○○君もやってるもん!(=だから、自分だけが怒られるのはおかしい!)』と言い返すのと同じだ」
この例え自体は間違っていない。
しかし、私はこうも頻繁にこの例えが出て来ることにどこか違和感を覚える。
それは、この言葉を発する者は無意識のうちに、「他人もやっているからという理由で悪いことをするのは、子ども特有の未熟な行動であり、大人は決してそんなことをしない」という前提でいるように感じるからだ。
だが、本当にそうだろうか?
このブログでは、私が日々の生活で直面している、歩きスマホ、エスカレーターの駆け上り・下り、満員電車へのカチコミ乗車などのマナーの悪さを度々取り上げている。
そして、これらの危険行為に対して、駅や施設内では放送やポスターで、
「歩きスマホは危険です」
「エスカレーターは歩かず立ち止まりましょう」
「無理な乗車はやめて、次の電車をご利用ください」
と繰り返し周知されている。
にもかかわらず、多くの人が当たり前のように、歩きながらスマホを操作したり、エスカレーターを堂々と歩行したり、他人を押し込んででも満員電車のドアに飛び込む。
参政党は外国人ではなく、こういうならず者の方を「日本人の安全を脅かす危険人物」として日本から叩き出すべきである。
この記事で、長嶋一茂氏の「50回言っても分からない奴は一発殴って教えた方が早い」という発言を取り上げたことがある。
中には、それが適用されるバカもいるのだろう。
だが、大半の連中は知らないのではなく、知っている。
そして、知っているがやっているのだ。
ではなぜやるのか?
平気でルール違反を犯す連中なので逆上したら何をされるか分からないので、直接インタビューしたことはないが、一番多い理由は
「だって、他の人もやっているから」
だと思う。
もし、誰も歩きスマホをしていなければ、自分だけ堂々と歩きスマホをする人は少ないだろう。
もし、誰もエスカレーターを歩いていなければ、多くの人は立ち止まるはずだ。
しかし、実際には周囲の人がやっている。
だから、自分もやるのだろう。
その一線を越えるのに、大人も子どもも関係ない。
・一流企業に勤めるご立派な人もこの有様

もっと極端な例は、派遣社員の「顔合わせ」である。
労働者派遣制度では、紹介予定派遣を除き、派遣先企業が派遣社員を採用面接することは認められていない。
本来、誰を派遣するかを決めるのは派遣会社であり、派遣先企業ではない。
だが、現実にはどうだろうか。
多くの派遣社員が経験しているように、「顔合わせ」や「職場見学」という名目で、実質的な面接が行われている。
派遣先担当者が、
・職歴を確認する
・スキルを確認する
・人柄を見る
・自社との相性を判断する
といったことを行い、派遣先が断ることも珍しくない。
形式上は「面接ではありません」とされていても、実態としては明らかに選考である。
さらには、「それが当然!」と開き直って、複数の候補者や他社と競合させて、一番候補者を採用する会社も存在する。
この状況については以前から指摘されてきたが、現在でも広く行われている。
なぜなくならないのだろうか?
企業側には企業側の理屈がある。
「どんな人が来るかわからないと不安だ」
「現場との相性を確認したい」
「トラブルを避けたい」
「即戦力を求めたい」
そう考えるのは理解できなくもない。
そして、派遣会社側も、
「顧客企業が求めている」
「他社もやっている」
「断れば仕事を失う」
という事情を抱えている。
つまり、「本来の制度趣旨からは外れているかもしれないが、皆やっているから続いている」という状態になっているのである。
むしろ、「そんな中で自分だけが正直にルールを守って損をするのは馬鹿げている」という感じすらする。
歩きスマホやエスカレーターの歩行は子どももやっているかもしれないが、派遣社員の採用を巡る違法面接を行っているのは紛れもなく大人である。
ちなみに、派遣社員を活用している会社の多くは大企業である。
社内には法務部があり、厳しいコンプライアンス研修を実施して、CSRを掲げ、世間からは「一流企業」と称されることが多い会社である。
そんな会社に勤めるご立派な人たちも、派遣社員の採用については、
「他社もやっているもん!!」
「それが当たり前だと思っているから!!」
という理由で、違法面接という悪いことを平気でやっているのだ。
そして、その違法性を指摘されると、
「だって、派遣会社も『それは違法です!』って断らないじゃないか!?」
「だから、自分たちだけが非難されるのはおかしい!!」
と被害者ムーブに出る。
これこそ、「だって、他の人もやっているもん!!」という逆ギレ開き直りは未熟な子どもだけの専売特許ではないという何よりの証拠である。
・子どもに例えるのも幼稚な発想

社会心理学では、人間には「社会的証明」と呼ばれる傾向があると言われる。
簡単に言えば「多くの人がやっていることは正しい」と無意識に判断してしまう心理である。
だから、人はルールそのものよりも周囲の行動に影響されやすい。
信号待ちをしている時も、誰も渡らなければ自分も待つ。
しかし、複数の人が赤信号を無視して渡り始めると、自分もつられて渡ってしまうことがある。
人間は理性的な存在であると同時に、極めて同調的な存在でもある。
そのため、「だってみんなやっている」という発想は、決して子どもだけのものではない。
むしろ大人になってからも、多くの人が程度の差こそあれ、この心理に影響され続けている。
違うのは表現方法だけだ。
子どもは「○○君もやってるもん!」とそのまま言う。
一方の大人は、
「現実的には仕方がない」
「業界では普通だ」
「みんなそうしている」
「自分だけ守っても意味がない」
と、もっと洗練された言葉で語る。
だが、本質はそれほど変わらない。
政治の世界でもそう。
企業の世界でもそう。
日常生活でもそう。
人は周囲に合わせる。
周囲がやっていることを正当化する。
そして、自分自身もその流れに乗る。
しかし、情けないことに、それを自分のことだと直視せずに、「そんなことをやるのは未熟さゆえに善悪の区別が付かない子どもだから」と他人事として処理しようとする。
自分も持つ悪を他人の特徴だと切り離して論じるその姿は、「だって他の人もやっているもん!!」と悪事を開き直って正当化する他責思考の人物と全く同じだと言えよう。









