
先日、ハローワークが作成した雇用保険受給者向けの資料を見かけた。
内容は早期の再就職を促すもので、その中には職種別の有効求人倍率も掲載されていた。
全く同じ物ではないが、概ねこのページと同じ内容である。
この資料には、ある地域のフルタイム求人の有効求人倍率が職種別に以下のようになっている。
・一般事務:0.30倍
・販売:2.51倍
・サービス:3.26倍
・運搬・清掃:1.39倍
・建設:4.58倍
一般事務は求人数に対して応募者が多い状況で、立ち仕事、接客業、肉体労働は人手不足であることが分かる。
さらに私が見た資料では、「『勤務地を都心部』、『土日休み希望』など条件を絞ると競争率はさらに高くなるから、幅広い視点で就職活動をすべき」とも書かれていた。
こうした資料を見ると、ハローワークの意図はともかく、見せられた側はこんなことを言われたように感じるだろう。
「事務職希望者が多すぎるから困る!!」
「そんな甘ったれたこと言わないで、現場で肉体労働しろ!!」
私はその考え方自体を完全に否定するつもりはない。
実際、有効求人倍率を見る限り、事務職を希望する人が多く、人手不足なのは現場系職種であることは事実だからだ。
しかし、一方でこんな疑問も生まれた。
「だったら、なぜ最初から現場で働く人を育てる教育をしないのだろう?」
・「正しい進路」は何だったのか?

日本には、工業高校、農業高校などの実業高校が存在する。
それらの学校では卒業後の就職を念頭に置いた教育をしている。
…というのが建前だが、そのような学校は「偏差値が低く、勉強できない落ちこぼれ、またはヤンキーが仕方なく通う高校」とみなされることが多々ある。
「勉強を頑張る」
↓
「普通科高校へ進学する」
↓
「大学へ進学する」
↓
「ホワイトカラーとして働く」
↓
「管理職になる」
このような進路こそが理想的な人生設計であり、実業高校はそうした望ましいレールから逸脱した人間が仕方なく通う所であると。
しかも、それを言う人は必ずしも悪意を持っているとは限らない。
「子どもたちのため」と主張する教育熱心な立場の(少なくとも自分ではそう思っている)人ほど
「実業高校へ通ったり、大学へ進学しない子は、十分な学習支援が良き届かなかったり、親の経済状況で教育の機会に恵まれなかった可哀そうな子である!!」
「そうならないよう、皆が安心して大学へ通える社会にすべきだ!」
と語ることがある。
もちろん、露骨に「工場や建設現場で働く人は負け組だ」と公に言われるわけではない。
しかし、
「いい大学へ行きなさい!!」
「勉強して選択肢を広げなさい!!」
「学歴があれば将来困らない!!」
という言葉を聞いて育てば、多くの人は自然と、「オフィスで頭を使う仕事の方が価値が高い」と受け取る。
そのような教育を受けて育った人が、大人になって就職活動をすると、「どうしても事務職じゃなきゃダメなんだ!!」と言い出すのは当然の結果ではないだろうか?
・事務職の快適さを覚えたら後戻り不可能

私は20代半ばまで地元で暮らしており、販売や工場など、主に現場で働いていた。
当時は若かったこともあり、立ち仕事や土日出勤をそれほど苦に感じていなかった。
むしろ、「事務職の人たちはスーツを着たり、一日中オフィスにいて、上司や取引先に気を遣って大変そうだ」くらいに思っていた。
ところが、その後、都会へ出て事務職の求人を見たり、実際に経験すると考え方は大きく変わった。
この記事に書いた通り、事務職には想像以上に多くのメリットがあったのである。
たとえば…
-
冷暖房完備で綺麗なオフィスで快適に働ける
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土日祝日は休日が多い
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仕事中は自由に飲み物やお菓子を口にできる
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周囲に気兼ねなく自分のタイミングで昼食やトイレ休憩を取れる
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包丁や電動工具などを使う危険な業務がない
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定時までに自分の担当業務を終えたら、他人の仕事の進み具合に関係なく退社できる
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座り仕事なので、多少体調が悪くても無理なく仕事ができる
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悪質なクレーマーに絡まれる危険性がほとんどない
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制服がないので、着替え時間を考慮して早めに出勤する必要がない
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掃除は専門業者に委託されていることが多いので、自分で行う必要がない
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評価基準が明確なので、単純労働でも、他社へ移る時はスキルや経験としてアピールしやすい
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就業場所は都心部が多くて通いやすい(混雑が激しい面もあるのでデメリットでもある)
もちろん事務職にもストレスはある。
狭い空間で常に同じデスクに座り続けるので、空腹でお腹が鳴る音を聞かれやすいとか、マニュアルモンスターの存在とか。
それでも、それでも総合的に見ると、現場労働より働きやすいのは間違いない。
一度この環境を経験してしまうと、「もう一度現場へ戻れ」と言われた時の心理的ハードルは非常に高くなる。
これは甘えではなく、人間として自然な感情だと思う。
・工場で働く元ITエンジニア

そんなことを考えるたびに思い出す人がいる。
彼は今から7~8年前に派遣で工場内の仕事をしていた時の同僚だった。
私たちの仕事は、工場で生産された10~20kgの製品を出荷させるために、パレットの上に移動させて並べることである。
彼は当時40歳で、元々はIT業界でエンジニアとして働いていたという。
ところが、リーマンショック以降は仕事が減り、近年は工場や倉庫での肉体労働を続けていた。
当時の私は事務職の経験がなかったから、「不景気で大変だったんだな」くらいにしか思っていなかった。
だが、今になって振り返ると、彼の決断は決して簡単なものではなかったと思う。
ITエンジニアであれば、おそらく私たちが工場で働いていた時の時給1,500円より高い収入を得ていた可能性が高い。
オフィス勤務であり、冷暖房完備の職場で働いていたはずだ。
それでも仕事がなくなり、生活のために工場勤務へ移った。
今の私が同じ立場になったらどうするだろうか?
おそらく、
「給与が低くて生活できない!!」
「もう若くないから、屋外で立ち仕事で力仕事をする自信がない!!」
「スキルが身に付かないから、将来に繋がらない!!」
など、様々な理由を挙げて避けようとすると思う。
それは他の多くの人、もちろん、求職者に「事務職にこだわるな!!」と説教している人も同じではないだろうか?
希望の求人がないのに高望みを続け、御託を並べて現場作業を拒否する人間と、給与が下がり、これまでのキャリアを捨て、黙々と肉体労働をする人間。
どちらが、社会に必要な人間か理屈で分かっていても、そう簡単には踏み出せない。
彼のように、オフィスワークから工場の現場作業へ転身した人を「キャリアが転落した」、「人生を踏み外した」などと蔑む人もいる。
この記事で取り上げたマクドナルドの求人ポスターに登場する高齢者への蔑視はまさにそうである。
しかし、それはとんでもない話である。
彼の行動は「誰でもできる当たり前のこと」ではなく、現実を受け入れながら生活を維持するために行ったかなり重い決断だったと言える。
・本当に必要なのは価値観の見直し

世の中には、「仕事を選ばなければいくらでもある」という人がいる。
確かに求人票だけを見ればそうだろう。
ITエンジニアから工場勤務へ。
事務職から建設現場へ。
営業職から介護職へ。
こうした転身は単なる職種変更ではない。
収入、生活リズム、身体への負担、人間関係、将来設計。
あらゆるものが変わる。
だから、「人手不足だからそちらへ行け」というのは言うほど簡単な話ではない。
ハローワークが職種の幅を広げるよう勧めること自体は理解できる。
しかし、その背景には、「なぜ多くの人が事務職を希望するのか」という合理的な理由が存在していることも忘れてはならないと思う。
私はこの問題の本質は、有効求人倍率ではないと思っている。
もっと根本にあるのは、職業に対する序列意識ではないだろうか?
子どもには「大学へ行ってホワイトカラーになれ」という価値観を教える。
一方で、大人には「現場で働く人が足りない」と嘆く。
これは少し都合が良すぎるようにも感じる。
本来であれば、事務職も、工場勤務も、建設業も、物流も、販売も、介護も、社会に必要な仕事である。
どちらが上でどちらが下という話ではない。
向いている人が向いている仕事を選べばいい。
そのような価値観がもっと広がれば、「事務職しか嫌だ」という人も減るかもしれない。
そして、「人手不足だから現場へ行け」という乱暴な議論も少なくなるだろう。
事務職の有効求人倍率が低いという事実は変えられない。
しかし、その数字だけを見て求職者を責める前にやるべきことがあると思う。









