
・地方と東京では求人の数も質も大違い
「地方は仕事がない」とよく言われる。
実際に地方で働いた経験がある人なら、この言葉に大きく頷く人も多いだろう。
私もその一人だ。
といっても、私は東京へ出て来るまでそれが当たり前だと思っていたから、特にそのこと自体に大きな不満や絶望感があったわけではなかったのだが…
私が地元で働いていた頃は求人数そのものが少なかった。
ハローワークで片道10km圏内、フルタイム勤務という条件で検索しても、新規求人は一週間に数件程度しか出てこない。
さらに、職種、通勤距離、給与、休日などの条件を絞ると、応募したいと思える求人は1ヶ月に2,3件程度しかなかった。
このような状況では、労働者は会社に対して強く出にくい。
職場で不満があっても、「辞めたら次が見つからないかもしれない」という不安が常につきまとうからだ。
結果として、サービス残業、パワハラ、理不尽な業務命令などが発生しても、多くの人が我慢せざるを得ない。
・違法面接にさえ感動する

前回のテーマだった自爆営業も、安易に転職できないことで生じる泣き寝入りの一つだろう。
「嫌なら辞めればいい」という言葉は、転職先が豊富な環境だからこそ成立するのであって、地方では必ずしも現実的な選択肢ではなかった。
その後の私は東京へ出ることになったのだが、最初に驚いたのは求人の多さだった。
求人サイトを見れば、同じ職種の募集が何十件、何百件と並んでいる。
そして、数が多いからか、未経験でも採用されるチャンスがある。
地元に居た時も、都市部であれば事務職は割と多くあった。
しかし、私のような未経験の男性が応募しても門前払いとなるのが関の山だった。
ところが、東京では(「歓迎されている」とは言い難いかもしれないが)、地元では考えられないような事務職でも、面接へ行くことまでは割と簡単だった。
派遣の仕事を得るには、「顔合わせ」と称する違法面接を突破する必要があり、ここで落されることは不愉快極まりないのだが、上京後間もない頃は「地元では全く相手にされなかった自分でも、取りあえず、面接に呼ばれる所までは行けたぞ!!」と妙に舞い上がっていた(笑)
大手の派遣求人サイトには、魅力的な求人が並んでいるが、それに応募して、派遣会社の登録会に参加したら、「Webでご応募いただいた案件はすでに締め切っておりまして、こちらのお仕事はいかがでしょうか?」と別の不人気案件を紹介されることがあり、こうした手法は「釣り」と呼ばれている。
ところが、釣り案件だと分かっても、登録した後で、時給1,600円の仕事を紹介されると、「え!? 未経験の自分にこんな高時給の仕事を紹介してもらえるの!?」と驚いたこともあった。
このように東京では、地方と比べ物にならない程、求人の数も質も恵まれているため、単に働きやすいだけでなく、実際に働き始めても、「この職場が合わなければ次を探せばいい」と思える。
自爆営業のような理不尽な扱いを受けた時は「我慢するしかない」のではなく、「改善されないなら辞める」という判断が現実的なものになったのである。
「働く時の安心感」という言葉は、よく終身雇用を擁護する時に聞かれる。
「解雇されることなく、一生同じ会社で働き続けることが保障されることで、労働者は安心して仕事に打ち込める」のだと。
しかし、「この職場がおかしかったら、安心して別の職場へ移れる」という感情も、れっきとした安心感なのである。
・仕事の数は多いほど良いとは限らない

地方では仕事数が少なく、雇用者有利の状況で労働者は泣き寝入りを強いられることもあるが、東京は仕事数が多く、そのような理不尽な場面に遭遇したら、市場原理を盾に抵抗することが出来る。
言い換えれば、労働者有利の社会と言えるだろう。
ただし、それがすべての人にとって幸福なことなのかは一概に言えない。
私が東京へ出て来て以降、求人の数と同じくらい、地元との違いに驚いたことがある。
それは、飲食店や小売店では、地元ではほとんど見たことがないほど接客態度の悪い店員に遭遇することである。
また職場でも、仕事を覚えようとしない、責任感がない、明らかに職務放棄に見える行動を取るといった者(しかも、後者は派遣やバイトではなく、正社員)社員に出会ったことがある。
もちろん、どの地域にも「モンスター」と呼ばれる非常識な人は存在する。
だが、「なぜ東京では、こんな人物が普通に働けているのだろう?」という疑問があった。
その理由の一つは労働市場の違いにあるのではないかという気がする。
地方では、「辞めても代わりはいくらでもいる」という状況である。
一方の東京では業種によって、「辞められたら困る」という状況が珍しくない。
そのため企業側も、
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労働者がヘソを曲げないように厳しく注意しない。
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高いレベルを求めて強く指導しない。
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多少問題があっても雇い続ける。
という対応を取ることがある。
その結果、真っ先に市場の力で粛清されていたであろう人が、淘汰されず、いつまでも堕落したまま存在し続ける。
もちろん、人材を大切にすることは重要である。
しかし、「辞められると困るから何も言えない」という状態になれば、組織として健全とは言い難い。
私のような部下もおらず末端で仕事をしている人間ですら、そのような堕落した人間に憤りを感じているので、管理職に就いている人は相当ストレスを感じているのではないかと思われる。
地方では求人が少ない故に企業が強すぎた。
その結果、労働者が不当な労働条件を強いられたり、泣き寝入りする場面が多々ある。
これは明らかに不健全な社会だと思う。
だが、東京は全く逆に労働者側が強すぎて、立場は違うが同様に不健全だと感じる。
地方が求人不足であることは否定しないが、かといって、東京はバランスが取れていて全員にとってハッピーになれる天国のような社会であるとは言えない。
・かつての同級生や同僚はどんなことを思うのか?

ここからは私の話をさせてもらいたい。
東京では、労働者有利の状況によって、思わず「何なんだこいつは!?」と言いたくなるほど無責任で自己中心的な労働者が跋扈しているが、私自身こうした環境に付け込んでいると言えなくもない。
以前、こちらの記事に書いた通り、私が派遣社員として働く時は、3ヶ月毎に行われる契約更新時に、「契約延長しない権利」を盾にして、日々の業務の不満点の改善を交渉している。
たとえば、
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前回の更新時に苦情を改善すると約束したのに実行されない。
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上司が取引先にいい顔するために理不尽な業務を受け入れたものの、その実務を私に押し付けられる。
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社内行事で事前説明のない自己負担が発生する。
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あまりにも非常識で無責任な正社員がいる。
といった場合には、「改善されないのであれば契約更新はしない」という意思を明確に伝えている。
口先だけで「一先ず契約延長さえ取り付けたら、後はどうとでも丸め込める」というお下劣な会社もあるので、そんな不届き者に対しては「今週中に対応されない場合は、契約更新の条件が守られていないものだと判断して、契約を破棄させてもらう」と強気に出る。
言い方は悪いのだが、「舐められたら終わり」なのである。
派遣先が希望を受け入れるかどうかは別にして、主張すること自体は正当な権利だと思っている。
「条件が受け入れられず延長を拒否された場合は、所詮その程度の関係だから」と考えて、すぐに次の仕事を探すだけだ。
もちろん、派遣先から見れば、扱いづらい人間だと思われているかもしれないが、この場所では前段で挙げたような自己中心的で常にサボることしか考えていない人間が上司や同僚であることも多いため、これくらい激しく自己主張しないと、付け込まれて、厄介ごとを押し付けられる可能性がある。
という具合に、すっかり東京の生活に馴染んでしまった感があるが、たまに昔の自分を振り返って「今の自分は何をやっているんだろう…」と思うことがある。
子どもの頃の私は自己主張が苦手だった。
学校の同級生から嫌な頼み事をされても断れないどころか、鉛筆を借りパクされても、担任教師に相談も出来ない小心者だった。
学校を出て、地元で働くようになってからも、しばらくはそのような感じで、急なシフト変更などの会社に振り回されて不満があっても、黙って受け入れていた。
そんな私を周囲の人は「優しい」と評していた。
それに比べると、現在の私はかなり変わったと思う。
「派遣先と条件交渉を行い、不満があれば厳しい口調で改善を求め、希望が受け入れられなければ容赦なく契約延長を拒否する」
かつて、私のことを「優しい」と言っていた人が、今の私の姿を見たら、どんな気持ちになるんだろう…
そんなことに想いを張り巡らせることがある。









