病気や妊娠・出産で仕事を休んでも給料が保障されているのは「正社員だから」ではありません

昨年の12月に緊急事態宣言中の仕事について紹介する記事を書いた。

3月の下旬に派遣社員として働き始めたばかりだった私は勤務開始1ヶ月も経たない内に出勤日の半数で自宅待機となった。

同じ部署で働いている人たちは自宅でパソコンを使用したり、デスクの電話を携帯に転送することで、在宅勤務をしていたようだが、ろくに仕事を覚えていない私が自宅でできることなどあるはずもない。

おまけに配線の都合上、私だけは会社の電話を携帯に転送することが不可能だったため、電話の取次ぎすらできない状況だった。

というわけで、その期間中に私が行っていたことは、夕方の勤務終了時間前に出勤している社員がかけてくる電話に出て、翌日の段取りの確認と簡単な頼まれ事を引き受けることだけだった。

自宅待機だった日の実働時間はおよそ5分である。

にもかかわらず、給料は1日分の満額が支給された。

事前に派遣会社から「法律に基づいて、所定の額の6割は支給する」と聞かされていたが、差額は派遣先と派遣元のどちらが負担したのだろうか…

気になって調べてみると国の助成金でこのような制度が見つかった。

000640492.pdf (mhlw.go.jp)

派遣会社がこの制度を利用したのかどうかは知る由もないが、休業中も給料が支払われたことはとても感謝している。

また、こちらの記事では私の実体験ではないが、緊急事態宣言期間中に保育所や小学校が休業となったことで仕事を休まざるを得なくなった保護者(ほとんどは母親だろうが)の欠勤日を、雇用主が出勤扱いとし、通常通りの給料を支払った場合は、厚生労働省がその金額を補償する助成金を取り上げた。

こちらは最大で日額15000円まで支払われ、多少の審査は行われるものの、労働者の正規・非正規問わず支払われるかなり気前のいい制度だった。

書店に並んでいる日本称賛本(愛国ポルノ)は気持ち悪いと思うが、これだけは言わざるを得ない。

日本に生まれてよかった!!

だって、正社員じゃなくても、たくさんの制度に守られているから。

・そのお金は会社のお恵みではない

前段ではコロナ絡みの休業に対する助成金を紹介してきたが、私たちは平常時であってもたくさんの社会保障に守られている。

・労災保険に加入していれば、仕事でケガをした時には、正社員でなくても、ケガの治療費や出勤できない時の給料が保障される。

・雇用保険に加入していれば、失業した際には、正社員でなくても、失業保険が受給できるし、育児休暇中は、正社員でなくても、育児休業給付金が受給できる。(いずれも加入期間などの条件があるが)

・勤務先の企業の健康保険に加入していれば、仕事以外の病気で長期的な休養が必要になった時には、正社員でなくても、傷病手当が受給できることによって給料の一部は保障されるし、出産する際には、正社員でなくても、出産手当金や出産一時金が受給できる。(一時金は国民健康保険への加入でも可)

巷でよく耳にする「正社員だったら、働けなくなった時も、給料の何割かは保障される」という文言で出てくる「給料の保障」とは、これらの保険から支払われる給付金のことであり、決して「正社員だから」企業の慈愛で保護されているというわけではない。(中には給料として全額出してくれる太っ腹な会社もあるのかもしれないが…)

支給のためには加入期間などの条件は設けられているが、これらの公的保険で「正社員でなければ、加入も受給もできない」というものは存在しない。

というよりも、たとえ正社員であっても、病気や妊娠・出産のような労働者の都合で仕事を休んだ時には企業が給料を支払うことを義務付ける法律は存在しない。

そもそも、「正社員(正規雇用)」などという法律用語が存在しないため、それは当たり前である。

実際に「月給○○万円」という固定給で働いていても、出勤すべき日に欠勤したら、欠勤日数(時間数)が控除されることは珍しくないし、当然、違法でもない。

ちなみに、「○○保険に加入していれば」という書き方をしたが、これらの保険は民間の医療保険などとは違い、勤務時間などの条件を満たした場合は雇い主が強制的に加入させなければならない。

「コロナ禍においても、労働者を解雇しない」という人間味溢れる経営で世界から絶賛されている(はず)の日本企業であれば、たとえコストがかかろうが、非正規の従業員だろうが、労働者の命にかかわるこれらの保険に加入させないなどという蛮行を行うはずがない。(とニヤニヤしながら言っている)

・役人にもドン引きされる凄惨な内戦

のだが、実際は雇用主がこれらの保険への加入を怠っていることが珍しくない。

その上、たとえ加入させても「ウチは正社員の給料しか保障しない」などと(ウソの)理由をついて給付手続きを行わないこともある。

このように公的な制度の面では正社員も非正規労働者も同じように保護されているものの、その事実は隠され、「正社員だから」企業に守ってもらえているという「正社員特権階級論」を主張する人間が少なからず存在する。

「正社員は企業と運命を共にするのだから、その対価としてこのような安定を得られる!!」

「正社員のような苦労をしていない人間が困った時だけ守ってもらおうなんて都合が良すぎる!!」

とでも、言いたいのかもしれないが、その財源は会社の人件費ではなく保険である。

(違法であるが)百歩譲って、有給休暇や今回のような休業補償に文句を言うのであれば分からなくもないが、これらの給付金の支払い対象者から、非正規労働者を締め出しても、正社員の取り分は奪われんちゅうねん。

むしろ、そのような「正社員特権階級論」を展開することが

「正社員は守られ過ぎだ!!」

「悪しき既得権だ!!」

というようなこれまた見当違いの不公平・不平等批判を引き起こすとは考えないのだろうか…

このような「正社員だから」というような誤った認識はどこから生まれるのだろうか?

日本の正社員と言えば、職種も、勤務時間も、勤務地も企業から一方的に命令される無限定な働き方が特徴である。

陰謀論のような話で申し訳ないが、非正規も社会保障の対象であることがバレてしまうと正社員を奴隷のようにコキ使う大義名分を失ってしまうため、経営者が公的な制度の存在を隠蔽して、「正社員だから企業が守っている」というデタラメの主張を展開し、正規・非正規の対立を引き起こしているのではないかと思う。

その証拠と言っては何だか、コロナの影響で営業が縮小し、減少してしまった非正規労働者の収入を補填する公的な制度があっても利用せずに、黙殺している困った会社が存在する。

助成金使って! 厚労省が「悲壮」な訴えも、大企業は「黙殺」(今野晴貴) – 個人 – Yahoo!ニュース

<新型コロナ>大企業25社が厚労省の休業手当支払い要請拒否 時短バイトらへ「義務ない」:東京新聞 TOKYO Web

公的な制度の下では平等であっても、当事者たちがありもしない違いの壁を勝手に作り上げて争う「正規・非正規内戦」は、制度的な差別よりも遥かに凄惨であり、「労働者に冷たい」という印象のある(というのは私の偏見だろうか)国家役人さえドン引きしていることだろう。

国は振り込め詐欺の撲滅に力を入れるのならば、「正社員だから詐欺」も同様に厳しく取り締まらなくてはならない。

・善人の善意は時に悪人の悪意よりも悪影響を及ぼす

先ほどのような「正社員だから詐欺」によって、企業側が意図的に制度の利用を妨害するケースは論外であるにせよ、傷病手当や出産手当の受給資格があるにもかかわらず、その制度を利用しない非正規労働者は少なくない。

そんな彼らのお決まりの発言はこんなものである。

「そんなことは知らなかった!!」

もちろん、制度の周知が徹底されているとは言い難い面もあるが、誤解を生んでいるのは政治家や官僚、悪徳経営者による悪意を持った隠ぺいではなく、

「正社員だから安定している!!」

「正社員はこんなにいいことがある!!」

という「正社員万能論」を展開する「神に仕える救世主の顔をした死神」こと正社員宣教師たちであると私は思う。

今から15年ほど前にあるコメディアンが、正社員の優位性を主張するために、「正社員は会社の保険に加入できるから病院にかかった時の料金は3割負担で済むが、フリーターは保険に入れず全額自己負担となるため、風邪で病院に行くだけでも1万円近い出費がある」という壮大なボケをかましていたことがあった。

彼はギャグとして、このような発言をしていたのだが、「学生をニートやフリーターにさせたくない!!」と願う学校関係者が彼のことを教祖のごとく崇め、彼の本や資料を用いて授業を行っていたこともありこの主張を耳にしたことがある方もいるかもしれない。

結果として、その芸人さんとその信者はこの国が国民は何らかの健康保険に強制加入しなければならない皆保険制であることも、国民健康保険の存在も知らないという社会人としての常識の欠如を自ら曝け出していたようであるが…

この手のデマゴーグとポンコツ教員共は論外であるにせよ、私が最も残念だと感じるのは「非正規の人はこんなに大変!!」という論調で弱者の味方をしている人たちの何気ない発言がこの役割に加担している可能性が否めないことである。

「正社員として働いていたから社会保障に守られた」

「彼らが安定して働けるように福利厚生に恵まれた正社員を増やすべき!!」

このような主張は悪意はなくとも当事者に大きな誤解を生む。

騙そうとしているわけではなく、寄り添っている分、余計に質が悪いとさえ言える。

考えてみてほしい。

このような言い方は大変失礼なのだが、政治家や役人はどれだけ誠実に仕事をしても、大多数の人から見たら、「所詮あちら側」の人であり、自分たちの生活を守ってくれる存在だとは思われていないのである。

だが、非正規可哀そう論者は自分たちの味方だと認識されているのだから、まさか彼らが(意図的ではないにせよ)嘘をついているとは夢にも思われていない。

「非正規可哀そう論」が非正規労働者の生活を救うとは限らないのである。

・正社員だから失業保険と傷病手当金が貰えた!?

話が抽象的になったが、実際の例を見てみよう。

雇用や社会保障を扱う本ではないが、社会的な弱者に寄り添う立場のものとしてこのような本がある。

この本では児童虐待のルポを通して、この社会がいかに家庭(特に母親)に子育ての負担を押し付け、自助努力を求め、生活が破綻している場合も、その規範意識に縛られて助けを求めることができず、親子共に身を滅ぼしてしまう様子が描かれている。

私としては著者の主張に概ね賛成なのだが、気になる箇所が目に留まった。

家族規範に縛られた結果、児童虐待に追い詰められた親とは対照的に、規範から降りてでも自らの信念を貫いたことで、幸せな生活を掴んだAさん(40歳)という女性が紹介されている。

彼女は大学卒業後、留学を経て、就職、その後、大学の先輩と結婚して3人の子どもを育てるというごく普通の人生を歩んでいたが、職場の研修で出会った同僚の男性と恋に落ち交際を始める。

夫に交際がバレた彼女は激怒され、職場からも、友人からも婚姻関係の維持と母親であることを優先するために別れることを迫られる。

それでも彼女は現実と向き合い、様々な人に相談し、最終的には自分の意志で離婚を決意。

彼と結婚し子どもを出産するが、交際相手共々職場から追放される形で自主退職を求められる。

その後は再就職を果たし、現夫との家庭だけでなく、元夫と共に暮らしている子どもとも良好な関係を築いている。

私は別に彼女の生き方を否定も肯定もしない。

不倫も、離婚も、駆け落ちも、利害当事者ではない私がとやかくいう問題ではないのだが、彼女の生き方を紹介する中で聞き捨てならぬ一文が存在する。

出産と同時に、職探しが始まった。元の夫に慰謝料を支払ったこともあり、経済的に困窮した。3万円の養育費に長女の学資保険の掛け金、習いごとの費用や時々の臨時出費は折半することを離婚時に取り決めていた。それを守るためにも安定した正社員として働きたい気持ちが強かった。

しかも、生まれた子どもを保育園に入れる手続きのために、すぐに仕事を見つけなければならない。元上司、知人、友人を頼り、なんとか現在の職場に行き着いた。経済的には、 一時期夫の実家からも支援を受けた。それに加えて、社会保障はありがたかった。正社員だったから、自分を通すことができたのだと思います。たとえ解雇されても失業保険があるという安心感。切迫流産になって仕事を休んだときは、社会保険から傷病手当金が出た。正社員の身分があったから、この厳しい保活事情のなかで、保育園に入れることもできた。どれか一つが欠けても、今の生活は難しかったと思います」

(※96ページより引用 太字と下線は早川が追加)

「単純接触効果でも狙っているのか?」と言えば大げさだが、新書の1ページにも満たないスペースで、見事なまでの「安定した正社員」の連発である。

その上、周囲には「※:条件を満たせば、正社員でなくても、失業保険や傷病手当は受給できます」というような補足も注意書きも一切ない。

先ほど取り上げた社会保障制度の知識がない状態でこの文章を読んだら「正社員だから受けられた=正社員じゃなければ受けられない」と解釈する方が自然である。

失業保険の支給額と受給期間は直近の半年の収入や退職理由から判断され、雇用形態が「正社員なのか、それ以外か」は一切関係がない。

傷病手当も勤め先の健康保険に加入していれば正社員でなくても受給できる。

つまり、「正社員だから」という文言は文中に入れることは誤解を招く恐れがある不適切な表現なのである。

そもそも正社員万能論が実在しているのであれば、端から退職強要などされんはずだし…

・正社員宣教師を「死神」と呼ぶ理由

これは私の推測だが、女性に専業主婦のような役割を押し付ける近代家族を批判したい杉山氏が、そのモデルに抗う存在として、男の経済的庇護下に甘んじることなく、自立して生きる女性(※)を描くために、あえてこのような発言をピックアップしたのだろう。

(※:著者の認識は不明だが、私は公的な制度を利用することと、自立することが矛盾するとは考えていない)

近代家族や日本型雇用における「男性稼ぎ手モデル」を心の底から拒絶し、「そんな生き方をするくらいなら、一人で生きて一人で死ぬ」と宣言していた私にはその気持ちはよく分かる。

だが、それとこれとは話が別である。

非正規雇用で働いている人は夫や近代家族の規範に従属している甘えた人間のように映るのかもしれないが、彼女たちも生きているのである。

むしろ、ただでさえ賃金に恵まれていない非正規労働者こそ、経済的な理由で夫や社会化から抑圧されて苦しんでいる可能性が高く、社会保障で手厚く保護されるべき(しかも、本来であれば受給資格の対象であることが多い)であるし、よりその制度の周知が徹底されなければならない。

そんな人たちが先ほどのような「正社員だから」という一言を目にしたことで、「自分は正社員じゃないからそんな手当はもらえないだろうな…」と勘違いしてしまえば、より経済的に追い詰められることになることは明白なのに、なぜ、そんな考えにすら至らないのだろうか。

もっとも、「自分の受給資格も知ろうともせず、自立する意思もない、無能で甘ったれた非正規労働者は貧困に陥っても自己責任だ」と考えて、あえて「正社員だから」と書き加えたのであれば何もおかしいことではないが。

(たとえ事実でなくても)「正社員だから守られている」という発言はある人にとっては安心感が得られる心地良いものであるかもしれない。

だが、その言葉のせいで救える命が失われることもある。

先ほど、正社員宣教師は「神に仕える救世主の顔をした死神」と呼んだのはそのためである。

「誰もが安定した正社員として働ける社会」

そんな社会が実現するとは思えないが、もし実現されたとすれば、それは「正社員でなければ死ね」という論理と表裏一体であり、弱者が救われる優しい社会などではなく、究極の自己責任社会なのである。

今回、私が最も言いたかったことは、「ウチは正社員の生活しか保障しない!!」と勝手なことをほざく会社や、自分が心酔する教祖の教えを流布させるためなら人殺しをも厭わない正社員宣教師の宣伝活動によって、「正社員だから」と信じられている権利の多くは非正規労働者であっても保障されているということである。

この主張に対して、非正規労働者の利用実態を根拠に

「たとえ、法律で認められていても、結局は会社の規則が優先される」

「世の中、そんなに甘くないよ」

などと反論してくる人もいるだろう。

そのような「法律<会社の掟」という考えの持主は

ウチは正社員であっても、病気で働けなくなったら容赦なく解雇する!!」

ウチは正社員であっても、妊娠したら退職してもらう!!」

というような正社員に対する法律違反も当然、容認しなければならないはずである。

だって、それが会社のやり方なら無条件に尊重すべきなんでしょう?

非正規労働者に対する違法行為は泣き寝入りを要求するが、正規労働者に対する権利の侵害は裁判を起こしてでも徹底的に企業悪を追及するという姿勢の差異は、宗教的理由を除いて一体何があるというのだろうか?

次回へ続く

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