先週、嫌な夢を見た。
私は職を失ったのだろう。
手元にハローワークの求人票(この記事に写真が載っている)があり、面接に向かっていた。
時給は最低賃金のアルバイトの仕事だが、募集人数は5人。
「これなら採用される確率が高い」
胸を高鳴らせて面接場所へ向かったが、たどり着いた場所は「本当にここで間違いないのか?」と思うほどの広々とした会場だった。
確認のため周囲を見渡していると警備の人から声をかけられた。
5人の定員に対して応募者が150人!!
こんな30もの倍率を潜り抜けるなんて絶対に無理だぁぁぁ!!
会場に入り、他の参加者と顔を合わせると見知った人もいた。
以前の同僚、なぜ東京にいるのか分からないが元同級生の親。
「こんな人たちと仕事を奪い合うことになるのか…」
そう絶望したところで夢から覚めた。
夢でよかった…
・この社会は本気で失業者を救済する気があるのか?
昨年から、コロナの影響で多数の失業者が出ており、明日は我が身である。
先ほどの夢のようなできごとは、いつ起きても不思議ではない。
そんな不安から、ネットで派遣の求人情報に目を通して、現状を確認することにした。
すると、このような文言が載っている求人が多くあることに気付いた。
【雇用安定化就業支援事業】
説明によると、これは東京都が派遣会社に委託している事業で、新型コロナウイルス感染症による雇用環境悪化に伴う失業者を企業に派遣し正規雇用を目指す取り組みのようである。
試用期間のようなものだろうか、派遣社員として1ヶ月ほど働いて、その後は正社員へ切り替わる予定で、直接雇用後の給与、手当、勤務時間なども詳細に記されている。
私は、不況下では税金を投じて、雇用を創出したり、安定させることには反対しない。
民間企業である派遣会社を仲介させることもやむを得ないと思っている。
ただ、この事業にはどうしても引っかかる点がある。
その理由は、この事業では長期雇用前提の正社員としての就労しか念頭に置いていないからである。
事業のホームページの写真を見てほしい。
東京都【公式】雇用安定化就業支援事業(参照元のURLはこちらだが、サイトが閉鎖したのか全く関係なさそうなページにつながる。ちなみに2022年11月現在、この事業は別のサイトに引き継がれている)
デカデカと「正社員になれるチャンス到来!」と謳ってある。
私は、今のような状況では、とにかく失業者を減らすことを優先すべきだと思う。
そのためには、直接雇用ではない派遣社員としての就労や、半年、1年といった短期の雇用は景気が回復するまでのつなぎ仕事としては最適である。
にもかかわらず、なぜわざわざ企業が採用に時間をかけ、候補者を厳選するであろう「正社員」という雇用形態で推し進めているのだろうか?
もしも、この事業内容が
「失業者支援に余計なカネなんて出したくない!!」
「面倒くせえから企業に最低限の補助金でも出して正社員として採用させておけばいいか」
という財源の抑制(というよりもサボタージュ?)を第一条件として計画されているのであれば、まだマシである。
逆に、
という正社員信仰に基づいた使命感で行われているのであれば、それこそ身が凍る程の恐怖を感じる。
その(本質を見誤った)信念のせいで、本来救済可能な失業者も救えないことになるのだから。
・日本版同一労働同一賃金の不思議
先ほどの事業が「正社員信仰に基づいて行われている」というのは私の邪推であり、確固たる証拠はない。
だが、今回の件に限らず、この社会は「(極端な話だが)全員を正社員として働かせること、または正社員に近づけること」を国是としている気がする。
たとえば、2020年から実施されている同一労働同一賃金である。
これを受けて多くの派遣社員は通勤のための交通費が支給されるようになった。
おそらく、派遣先の正社員との格差是正のための第一歩だろう。
今後は、派遣社員に対しても、通勤手当だけでなく、扶養手当や住居手当、賞与(ボーナス)も支給する流れになるのだろうか?
正社員と派遣労働者の格差を是正するためならそうなるはずである。
ただでさえ、正社員と比べて賃金が低いのに、手当がなければ、なおさら生活が苦しいのだから、派遣社員にとっては朗報である。
とはいっても、私はそもそも、(法律で定められた社会保険を除く)従業員の生活に対する福利厚生を担うのは会社ではなく国だと思っている。
しかし、ここで重要なのはそれではない。
私が日本版同一労働同一賃金に対して違和感を覚えるのは、それは「一社内同一労働同一賃金」に過ぎず、企業横断的な賃金の均一化につながらないどころか、より就業先の企業規模による格差を広げるのではないかと懸念しているからである。
昨年書いた記事でも少し触れたが、同一労働同一賃金では、勤務先がA社だろうが、B社だろうが、同じ職種の仕事についていれば同じ賃金を払うことが原則である。
勤務先が「名だたる大企業なのか、それとも名もない中小企業なのか」、「景気のいい会社なのか、それとも経営の厳しい会社なのか」は職務と一切関係ないため、そのことによって賃金に差が出ることは許されない。(もちろん、勤続年数や企業規模によって若干の差は生じる)
これを「同一労働同一賃金」と考えて、派遣の仕事に当てはめてみよう。
たとえば、東京のある大企業に一般事務の仕事で派遣され、時給1500円で就労したとする。
相場を考えると、これは概ね平均的な金額であり、派遣先が別の会社でも、同じ仕事に就く場合、前後150円程度の差はあるにせよ、ほぼ同じ金額である。
逆に、同じ一般事務の派遣の仕事であっても、他のA社は時給1100円で、他所のB社は時給2000円ということはあり得ない。
使用者側(派遣先)も、仕事をSサービスに発注しようが、Rスタッフィングに依頼しようが、パソ中グループに委託しようが、会社によって料金が大きく異なることはない。
察しが良い人はもうお分かりだろう。
派遣って、すでに同一労働同一賃金になってるやん!!
はい。
その通り。
派遣という働き方は(正社員に先駆けて?)就労先や派遣会社に関係なく、同じ仕事をすれば(ほぼ)同じ給料が支払われる同一労働同一賃金の制度がすでに出来上がっているのである。
・本当に救済しなければならない人たちは蚊帳の外
もちろん、同一労働同一賃金の原則が出来上がっているからと言って、「派遣という働き方に全く問題がない」わけではない。
・複数の候補者から派遣先が選定する「違法面接」
・恒久的な仕事であるにもかかわらず、雇い止めのためにあえて数ヶ月単位での契約を繰り返す「偽装有期雇用」
・正社員ではないという理由でクレジットカードや入居審査が通らない「社会的な身分差別」
・仕事があるにもかかわらず、「そろそろ人を入れ替えたいから」という理不尽な理由で契約を打ち切られる「職務保有権の不確立」
・大した理由もなしに○○歳以上の応募を受け付けないという「年齢差別」
(もっとも下2つは正社員であっても同様だが)
これらは改善されるべきだと思うが、同一労働同一賃金とは別の議論である。
しかし、私は「同一労働同一賃金など全く必要ない」と言っているわけではない。
同一労働同一賃金によって是正されるべきものは大企業の正社員と中小企業の正社員の格差である。
賃金格差だけではない。
中小企業には扶養手当も、住宅手当も、交通費も、ボーナスも、労働組合もない中で働かざるを得ない正社員がたくさんいる。
彼らは「正社員」と呼ばれていても、「既得権益に守られている!!」と非難される側ではなく、逆に社会から救済の手を差し伸べられる対象であると私は思う。
にもかかわらず、日本版同一労働同一賃金は「弱者である正社員」の存在は完全に見落とされていて
と言っているのである。
このような形で同一労働同一賃金など進めたら、雇用形態に関係なく大企業に勤めている人と中小企業に勤めている人の格差がますます大きくなることは明白である。
いくら、「正社員と同じにしろ!!」と主張したところで、その正社員に、高い賃金も満足な福利厚生もなかったら、何の意味があるのだろうか?
この現実を直視できないのは「正社員信仰」というイデオロギーから生じているのだろう。
これでは雇用安定化就業支援事業と同様に救済しなければならない人たちをも見捨てることにつながる。
「正社員だから安泰」
「正社員だから貧困に陥るはずがない」
「正社員だから子どもの学費はすべて負担できる」
実際はそうでない人が数多くいるのだが、このような幻想に囚われることが、「助けてほしい」という声を出しづらくして、本来守らなければならない正社員の人たちを見殺しにすることにつながっている気がしてならない。