今から1ヶ月以上前のことだが、書店で面白そうな本を見つけた。
鴻上尚史(著)岩波書店
この本は、主に著者の考えや実体験から、我々日本人が日々感じているものの、言葉で説明することが難しい「生き苦しさ」の正体を暴こうとする本で、中学生くらいの読者でも読みやすい文章になっている。
まえがきの一部を引用する。
あなたの生き苦しさのヒミツをあばき、楽になるための方法を書いたものです。
(中略)
どうしてこんなに、人の頼みを断るのが苦しいのか?
どうしてこんなに、周りの目が気になるのか?
どうしてこんなに、先輩に従わないといけないのか?
どうしてこんなに、周りに合わそうとしてしまうのか?
どうしてこんなに、ラインやメールが気になるのか?
どうしてこんなに、なんとなくの「空気」に流されるのか?
その秘密を順番に説明していきますね。
私は書店でこの本の数ページ目を通して買うことを即決した。
ただし、私はこの本を読むことで何か新しい知識を得られることを期待していたわけではない。
なぜなら、この本は10年前に出版された「『世間』と『空気』」という本を噛み砕いて説明した本であり、かつて私はその本を何度も読み返していたから。
私はその本から多くのことを学んだ。
今の私があるのは間違いなく、その本のおかげだと言っても過言ではない。
その本は私の人生にそれだけ大きな影響を与えた。
だから、今回、書店で先の本を見つけると、「あれからもう10年近く経ったのか…」と感慨深くなり、この本を読んでも、何も新しいことを発見することはできないと分かっていたが購入することに決めた。
今日は私がその本から教わったことについて書いていこうと思う。
・無職の避難場所
今から10年ほど前、当時、20歳そこそこだった私は妙な生き苦しさを感じていた。
高校卒業後は学生時代から付き合っていた2人の友達と頻繁に遊んでいたのだが、彼らがそれぞれ就職してからは徐々に疎遠となり、気がついたら最後に会ってから1年が経過していた。
そして、私はその頃に仕事をクビになった。
ここまではこの記事で書いた通りである。
実家に住んでいた私は、仕事を失っても、直ちに生活に困るということはなかった。
また、家族から「早く働け!! ニート!! 穀潰し!!」などと罵倒されたこともなかった。
しかし、無職となりずっと家にいると家の中の居心地は自然と悪くなる。
私はすぐにでも次の仕事を探そうと思い、求人誌に載っていたバイトの募集に片っ端から電話をしてみた。
何とか3社は面接までこぎつけたが、すべて不採用だった。
そして、無職になってから早くも一週間が経過した。
「このままでは、ますます家に居づらくなる」
そう考えた私は車の免許を取るために自動車学校に通うことにした。
こうすることで、無職のままでも家にいるアリバイが作れて、家族に対するバツの悪さはなくなった。
・空いた時間で自分の悩みと向き合う
私が通っていた自動車学校では学科の授業は予定が合えば一日に何科目も受講できるが、実技は1日に1時間までと決められていたので、免許の取得には最短でも1ヶ月半かかると言われた。
そのため、私はまとまった自由時間を手にすることができたわけだが、当時の私はまだ英語の勉強など始めておらず、趣味も特になかった。
そして、もちろん遊び相手などいない。
というわけで、その持て余した時間で自分の悩みと向き合うことにした。
①孤独
友達を失ったことで私は常に孤独を感じ、「誰かと繋がっていたい」と思っていた。
これは(当時から見て)1年以上前から続いていたことであったが、失業して社会との接点も失ったことで、ぼんやりと感じていたものが一気に噴出した。
②対人能力の欠如
幸い、学校には自分と同じ年代で、仕事にも就いていない人も多くいるようだった。
友達になるには絶好の機会だったが、私は彼らに何と話しかけたらいいのか分からなかった。
私が高校生の時に生徒指導の教員がこんなことを言っていた。
この言葉を聞いた時の私は「そんなことあるか!」と余裕だったが、私も結局、彼が言うように学生時代からの友人としか親しくすることができない人間なのだろうか…
③将来のこと
学校を卒業して、家族の育児も介護も必要ない身としては正社員の仕事に就くことが自然であるが、私はどうも気が進まなかった。
当時は「ブラック企業」という言葉が一般化しておらず、私の周りの人も「若い時に正社員として一生懸命働けば、40歳を過ぎたころから年功序列や終身雇用の恩恵を受けられる」と信じている人から、「何の仕事でもいいから、とにかく若いうちに正社員なった方がいいよ」と言われていた。
しかし、私はこの主張が疑わしいと思っていた。
私は以前の仕事をクビになる前に一度ハローワークで求人の検索をしていたことがあったのだが、意外にも多くの会社がバカ正直に
「月給:18万~(最大で)23万」
「賞与:半年に一度、給料の1ヶ月分を支給(経営状況によっては支給されない場合もあり)」
「時間外労働:月平均40時間(注:残業代の支給については記載なし)」
と求人票に記載していたため、私にはこのような疑問を持っていた。
「『若い時にがむしゃらに働けば、その見返りは年を取ってもらえる』って言うけど、それって本当なの?」
「本当に正社員になることが自分にとって幸せなの?」
また、かなり捻くれた考えなのだが、かつての友達が私と疎遠になったのは、「正社員という働き方が、組織内のしがらみに満ちていて、外部との接触を遮断する閉鎖的なシステムだから、彼らは私に連絡を取る余裕がなくなり、次第に記憶からも消えていってしまったのだ」と思い、正社員という働き方を恨んでいたこともあった。
だから、自分もおいそれと「はーい。僕も正社員になりまーす」とは言えなかった。
私はこの「何でもいいから正社員になれという意見はかなり危険なのではないか?」と思っていたが、まるで「裸の王様」を見ても「王様は裸だ!!」と声に出せないような同調圧力を感じていた。
「誰かと繋がりたいとは言ったけど、繋がりたいのはこのような関係ではありません」
以上の3つが主な悩みだったのだが、よくよく考えてみたら不思議なことである。
「友達が欲しい」と言いながら、見知らぬ人に話しかける勇気はない。
「一人は嫌だ」と言いながら、常に周囲の顔色を伺うような息苦しい人間関係も嫌だ!!
このジレンマというか、アンビバレントに妙な生き苦しさを感じていた。
そして…
私はこれからどうなるのか?
何をすればいいのか?
この答えを探したかった。
そんな中、私は自動車学校での待機時間や昼休みの間に読む本を探していた。
その時に運よく選び出したのが、この本「『世間』と『空気』」だった。
実を言うと、この本は1年以上前から購入していたのだが、購入当初は内容が理解できず、しばらくの間、本棚にしまっていた。
しかし、今回は時間があるので、もう一度読み直すことにした。