地元で事務職に憧れていた時の話

先日、派遣会社から仕事紹介のメールが届いた。

だが、私がその求人に応募することは決してない。

なぜなら、その仕事は現在住んでいる東京の求人ではなく、地元(厳密に言えば、出身県の都心部であり、生まれ育った場所ではない)のものだからである。

その会社には5年以上前に登録したが、結局お世話になることはなく、仕事紹介のメールも配信停止にした。

しかし、東京に出てきてからグループ会社と思われる別の会社に登録した際に、そちらの会社の登録情報も連動して「仕事紹介希望」と設定が変更されたのだろうか、再び送られてくるようになった。

「必要ないなら、配信停止の連絡をいれればいいじゃないか」と思われるかもしれないが、連絡頻度は3ヶ月か半年に一度程度であり、そこまで鬱陶しいものではないため、そのままにしている。

ちなみに、応募する気はないものの、このメールが送られてきたら、必ず目を通すことにしている。

・地元の求人状況

その理由のひとつは地元の求人状況を知るためである。

実家に1年以上帰らないことも珍しくなく、日頃から連絡を取り合う間柄の相手もいない私は、地元の状況はほとんど把握できていない。

たとえ、営業メールであっても、このような情報はとてもありがたい。

そして、もうひとつの理由はホームシックになった時に自分を諫めるためである。

地元の求人状況をしっかりと目に焼き付けておくことで、「辛くなったから、地元に帰りたい」と甘さが出た時に思いとどまることができる。

たとえば、今回送られてきた求人情報の一部はこんな具合である。

:事務アシスタント 時給1000

:貿易事務 時給1100

:営業事務 時給1200円 ←勤務地は中心駅からバスで20分の場所

なお、②と③には「高時給!」との表示がある。

「高時給」と謳っているが、「こんなものか…」というのが率直な感想である。

東京で同じような職種の求人を探すと、およそ相場は時給15001700円といった値になる。

両者とも中間である時給1100円と時給1600円で比較してみよう。

計算式:(時給)×1日の勤務時間)×1ヶ月の勤務日数)

・地元:1100×8×20176000

・東京:1600×8×20256000

フルタイムで働くと月におよそ80000円の差が生じる。

もちろん、東京と私の地元では物価が違う。

だが、最大の違いである家賃を参考にしても、この金額では勝負にならないと思う。

間取り、建築年数、駅までの距離、最寄り駅の利便性などの面で、現在私が住んでいるアパートと同程度だと思われる地元の物件を探してみた。

その物件と現在の住まいの家賃の差額は月15000円である。

その他の物価の違いを差し引いても、残りの月65000円もの差を埋めることは難しい。

前回の記事で少し触れた通り、結婚して家族のケアが必要になれば、すべてのサービスをお金で購入しなければならない東京に対して、地元では親戚に頼ることができる。

その差額を踏まえると、地元がいくらかの加点になるが、現在独身で、結婚の予定もない私はその恩恵を全く受けない。

そして、これを言ったらどうしようもないのだが、そもそも求人の数が全然違う。

私が東京で就くことができた比較的高時給の事務仕事も、地元で就くことは大変困難であると思われる。

・事務職のイメージ

地元の求人を散々ディスってきたが、実は、そのような仕事に憧れていたこともあった。

今でこそ、「時給が低い!!」と言って、見向きもしないような金額であっても、当時の私であれば喜んで飛びついたことだろう。

今から5年以上前のことだが、実家を出た私は短期で工場の仕事をした後に、4ヶ月ほど求職活動をしていた。

その時、求人情報誌で、先ほどのような派遣の事務の仕事を見かけた。

これまで肉体労働しか経験がなかった私は事務仕事など全く無縁だと思っていたが、漠然とこんなイメージを持っていた。

・冷暖房完備で綺麗なオフィスで快適に働く

・土日祝日は休日

・仕事中は自由に飲み物やお菓子を口にできる

・包丁や電動工具などを使う危険な業務は一切なし

・体への負担も一切なし

・座り仕事なので、多少体調が悪くても無理なく仕事ができる

・最終確認はすべて責任者が行うため、ミスは大ごとになる前に気付く

要するに「楽だが給料は高い仕事」である。

他の人もそんなイメージを持っているのか、事務職は常に人気の職業である。

そのため、「自分がそんな狭き門に入っていけるはずがない」と諦めていた。

だが、先ほどの求人誌の応募資格を見ると、ほとんどが経験・学歴不問で、「未経験者歓迎」と書いてあった。

正社員ならともかく、派遣は所詮非正規の仕事なのだから、スキルも経験も必要ないということなのだろうか。

しかも、時給はこれまでの仕事の時給の最高額が750円であるのに対し、ほとんどの求人で1000円を超えている。

もしかして、今まで自分が知らなかっただけで、この社会にはこんな割のいい仕事があったのでは…

そう思った私は、これまでの肉体労働で低賃金のアルバイトではなく、比較的給料がいい派遣の事務仕事に強く憧れるようになった。

また、今まで経験がない土日休み、定時退社の仕事に就けば、この記事で書いたような「アフターファイブを楽しむ生活を送ることができるのではないか」と思ったりもした。

そんな動機で何社にも応募したのだが、現実は甘くなかった。

いくつかの派遣会社に登録してみたものの、「経験しか受け付けていない」「女性しか応募できない」などと言われ、一件も社内選考にすら通らなかった。

・企業が派遣の事務職に期待していること

「事務職で働きたい!!」

そんな願いから、派遣会社に登録したものの、これまで働いていた低賃金の肉体労働ばかり紹介されることに苛立ちを感じていると、求職期間は1ヶ月を過ぎようとしていた。

この記事で少し触れたが、当時の私は週に1度、平日の夕方にある習い事に通っていた。

その日は私が教室に一番乗りをして、その次にやって来た50代の男性と世間話をすることになった。

彼は私が求職中であることを知っており、どんな仕事を探しているのかを尋ねた。

自分の意志で「派遣の事務職を探しています」と宣言することになぜか躊躇ってしまった私はとっさに、「派遣会社から事務の仕事を紹介されて、今週の〇曜日に顔合わせに行く予定です」などとありもしない職場見学の話をでっち上げた。

すると、彼は驚きながらこんなことを言った。

ちなみに彼は某王手通信会社で事務職として働いていた。

「ええ!! 凄いねえ!! どんな会社なの?」

「ウチも事務職で派遣さんに来てもらっているけど、余程のスキルがない人でなければ女性しか採らないよ!!」

「少し前にOLっていう働き方があったでしょう? 今はそういった仕事をする人を正社員として雇わないから、代わりに派遣さんにやってもらっているんだ」

派遣の事務職はOLの代替……

それを聞いた私は、派遣の事務職がアルバイトよりも時給が高く、どの求人も「未経験者歓迎」と謳っている理由が分かった気がした。

元々は正社員だった人を置き換えるのだから、派遣会社のマージンを含めても、アルバイトより数百円多い時給を払ったところで大きな損失ではない。

これは私の推測だが、彼らがOLを派遣に切り替えたのは、人件費の抑制よりも、長期雇用の責任を逃れることが目的だろう。

かつて事務職で働く女性を正社員として雇うことができたのは、彼女たちが結婚を機に退職するという前提であったからであり、男女平等の観点からこのような慣行を継続することが難しくなると、最初から長期雇用の義務などなく、いつでも切り捨てることができる派遣社員を使用することになったものだと思われる。

そんな仕事を担うことになるため、「応募者は女性限定」としたいのだろうが、さすがにそれは声を大にして主張することができないため、あえて派遣会社を通すことで、不当な選別が表に出ないようにしているのだろう。(この工作に失敗してボロが出ているアホな派遣会社も珍しくないが…)

さらに、彼らの本音としては、よりかつてのOLに忠実な「若い女性」を採りたいのだろう。

だから、どの求人にもしつこく「未経験者歓迎」という文言を載せているのである。

元々は新卒で入社する上、勤続年数が短い人たちが担っていた仕事であるため、スキルなど必要ないはずである。

大変不適切な言い方であることは自覚しているが、若くて愛想が良い女であれば、バカでもいいのである。

さすがに、この期に及んで「女性は25歳まで」という「クリスマスケーキ論」などは考えていないのだろうが、おそらく多くの会社は30歳を目安に足切りしているものだと思われる。

・東京へ出てきた感じた嬉しさと虚しさ

派遣の事務職とはかつてOLが行う仕事だったと分かった以上、私が採用されることは限りなくゼロである。

それを知ったことで事務職への未練は断つことができたものの、私の気持ちは晴れなかった。

「正社員しか認めない!!」と言いながら、正社員の仕事を非正規に転換する二枚舌への不信感、自分はどうあがいてもそこには入れないという疎外感。

とはいっても、別にオフィスワークへの憧れなど、所詮は「楽で給料が良い仕事」くらいのものであったため、早く次の仕事に就けるように気持ちを切り替えた。(実際はそれも上手くいかなかったが…

数年後、私は東京にいた。

あの後の私は日本から出ていくつもりで英語の勉強を続けていたが、あることが原因で海外脱出への道は経たれた。

だが、英語力は英検準1級を取得するまで上達したため、東京へ出て英語関係の仕事で一発儲けようと企てていた。

そんな考えから、地元で事務職を探した時のように派遣会社に登録したのだが、そこで担当者からこんなことを言われた。

派遣会社の担当者:「ご希望の仕事はすでに別の方を紹介することが決定してしまいました。その他に英語を使う仕事というのは現状見当たらなくて…、一般事務のお仕事なら他にも多数あるのですが、そちらはご希望ではないですか?

え!?

この提案には大変驚いた。

地元で仕事を探していた時は一般事務の派遣などOLの代替なのだから、憧れてはいたものの、男の私には無縁の世界だと信じていた。

そして、数年かけて、英語という人とは違う武器を身に着け、職探しに参戦したつもりだったのだが、東京では未経験でも派遣の事務仕事に就けるというのか?

実際に、この派遣会社から紹介された仕事では、採用こそならなかったものの、地元では一度も通らなかった社内選考は通過した。

ということは、事務の仕事に就くためには、人とは違うスキルなど身に着けなくとも、東京へ出てくるだけで良かったのではないか…

展望が開けたことは嬉しかったものの、これまでの苦労は一体何だったのかと虚しい気持ちになった。

最初に事務職に就けたのは英語を必要とする仕事だったため、英語の勉強が無駄になることはなかったことがせめてもの慰めになるが…

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