気付いたらあの時の上司の年齢が目の前に迫っていた

今日は101日である。

2021年度の下半期が始まるということで、今日から新しい職場で働くことになった人もいるかもしれない。

私は定期人事異動など無縁の働き方をすることが多かったため、10月から新しい生活がスタートするという実感はあまりない。

だが、思い返してみると、私が初めて職に就いたのは10月の始めだった。

その仕事は高校生の時に始めたアルバイトで、もう15年近く前になる。

最近、その時のことをふと思い出した。

・初めて見た「大人」

私が初めて職に就いたのは高校生の時で、その仕事は親のコネで入り込んだ小売業のバイトである。

当時の私は16歳で、上司は32歳の男性だった。

おそらく、ほとんどの人も同じだろうが、仕事を始めたばかりの頃は、目の前の仕事に付いていくことで精一杯なため、周りを見渡す余裕などなかった。

そのため、当時は「彼がどんな人なのか?」などと深く考えたことはなかった。

今になって、振り返ってみると、彼は典型的なサラリーマンだった。

生まれは1970年代半ば、大学を卒業後、私のバイト先に正社員として入社。

出身地も、最初の配属先も、私の地元から100km以上離れた場所にあり、3年ほど前から、私の地元へ転勤となった。

既に結婚していたが、転勤が多い仕事であり、まだ子どもも小さいことから、家は所有しておらず、借り家に住んでいた。

どんな人かと言えば、仕事については細かく口出しするが、それ以外については気さくな人物だった。(もっとも、裏では自慢話やパートのおばさんたちの陰口を叩くことが多かったが…)

そんな私にとって初めての上司となる彼であるが、正直言って、特別な思い入れはない。

挨拶の仕方のような社会人の常識もろくに知らなかった私を辛抱強く面倒見てくれたことは感謝しているが、別に「彼のようになりたい!!」という憧れもなければ、今でも師と仰いでいるわけでもない。

当時の私は大学進学など不可能だと思われるほど、学業は絶望的(Fランク大学という抜け道があることに気付いたのは随分と後だった)だったため、憧れたところで、彼のような安定したサラリーマンになることは無理だと悟っていた。

だが、「大人とはこういうものか」という一つの目安にはなった。

中学生の時までは親や親戚、学校の教師を除いて、リアルな大人と接する機会はない。

当時の私は16歳で、彼は32歳。

年の差はちょうど2倍。

子どもと大人くらいの違いがあった。

しかし、あの時から15年近く時は流れ、気付いたら当時の彼の年齢がもう目の前にまで迫っている。

あの時、予期していたように、今の私は当時の彼のような「大人」には成れていない。

どちらかと言えば、まだ、高校生だった頃の私の方に近いと思っている。

・「大人」とは言えない上司

私が働き出してちょうど1年が経った時、上司は人事異動で他所の店舗へ転勤となったため、彼とは1年の付き合いだった。

その後は、私も職を転々としてきたため、両手では数えきれないほどの上司と出会うことになった。

彼ら(彼女ら)の年齢は20代から60代まで様々である。

最初の上司と同じ年齢には到達していないが、「あの時仕えていた上司の年齢をすでに超えた」というケースもすでに何件か出てきた。

憶えている限り、共に働いた上司の中で最年少だったのはこの職場の店長で、彼は私よりも2歳上の24歳だった。

とはいっても、彼はオーナーの息子という立場であるため、いわゆる「会社の上司」とは異なる。

彼に限らず、経営者の息子は(当時)20代が多かったが、今回は彼らを除外して考えてみることにする。

その中で、最も若い人物は最初に働いたバイト先で最後の上司となった男性である。

当時の彼は25歳。

今の私はこの年齢をとっくに超えている。

ただ、彼は「年相応」というか、「大人」というよりも、「兄(あん)ちゃん」という言葉の方がしっくりくる人物で、ズボンは腰履き気味で、帽子も若干斜めに被るなど、若者風のファッションを前面に出していた。

また、遊びたい盛りの年齢で、休日出勤に不満を漏らして店長と口論になっていたこともあった。

もちろん、結婚もしていなかった。

そのため、25歳になった時に、彼と自分を比較して、「当時の彼のようにしっかりしなきゃ!!」という焦りは生まれなかった。

・嫌な仕事でもすぐには辞めることができない

その次に出てくるのが、この記事で登場したB(仮名)である。

当時の彼は27歳。

年齢は私と近かったが、私が働き始めた時は正社員が2人しかおらず、その一人が彼だったため、「仲間」というよりも、「上司」という言葉の方がしっくりくる。(実際に上司であるが…)

しかも、彼は結婚して、子どももいたため、気楽なフリーターであった私とは立場が違った。

そんなことから、彼は年は近いが、私から見たら「大人」だったのである。

実際に、取引先との会議やクレーム対応など、とてもではないが、私にはできない仕事もやっていた。

先の記事では彼の悪い面ばかりがクローズアップしていたが、それでも、彼のことはどこか頼りにしていた。

ちなみに、彼とはプライベートの付き合いなどなかったため、退職後は一切連絡を取っていない。

その職場の同僚で、この記事に登場したオカダ(仮名)から聞いた話によると、彼も私が退職した2年後に、転職先を見つけて会社を去った。

聞いたところによると、本社が慢性的な人手不足に陥り、彼がその穴埋めのために異動させられたものの、理事長のワンマン経営に我慢できなくなり、水面下で半年ほど転職活動をしながら退職の機会を伺っていたらしい。

彼は扶養すべき家族がいるから、我慢の限界に達しても簡単に仕事を辞めることができなかったのだろう。

そういったところも、今の私には真似できない。

嫌な仕事はすぐに辞めるから。

もっとも、幸か、不幸か、今の私は当時の彼の年齢を超えても扶養すべき家族などいないが…

・あの時のあなたもこんな気持ちだったのか…

今の私よりも年下だった上司について思い浮かんだのはこの2人だが、最初に従事した32歳の彼のように、当時は随分と大人に見えた人たちでも、彼らと同じ年齢が迫っている人たちは他にもいる。

初めて自分で探した職場の店長は、当時の私よりも15歳年上の36歳だった。

就職氷河期世代の彼は、大学卒業後に正社員として内定を得ることができず、バイト先であった会社にそのまま就職。

元々は配送の仕事を担っていたが、「人手が足りないから」と言われ、包丁を握ったことがなかったにもかかわらず、野菜売りの職に就くことになった。

私生活では二度の離婚を経験し、特に二度目は、元妻から財産を持ち逃げされそうになったこともある苦労人である。

その会社の商売敵であり、数年後、私の上司になっていた店長は、当時34歳。

彼は高校を卒業した後、地元のパチンコ店に就職したが、業界の先行きに不安を感じたことと、上司によるいじめが酷かったことから、給料は低くても仕事自体は続きそうな青果商に転じた。

私と初めて会った時(つまり、当時の私の勤務先がコテンパンに叩きのめされていた時)はまだ独身だったが、その店に入っている別のテナントで働いていた女性と結婚し、私と共に働いていた時は子どもも授かっていた。

当時の彼らはずいぶんと「おじさん」に見えた。

彼らは皆、上司や会社の不満を言いながら、生活のために必死に働いていた。

年齢だけは当時の彼らと同じになってきているものの、組織内での立ち位置や、職務能力に関しては「あの時の彼らに近づけた」という実感がまるでない。

「部下がいないから」とか「結婚していないから」という次元の話ではなく、余裕を持って構えたり、俯瞰することができずに、未だにフラフラしている気がする。(実際にいくつもの仕事を転々としているわけだが…)

仕事中も分からないことや、できないことだらけであり、「常に会社や同僚を優先しよう」などという責任感は微塵もない。

職場には「仲間」と思える同僚もいない。

人に教える時はこんなにハラハラしている。

人から頼られることなんて、有り得ない。

言い換えれば、「大人に成れていない」のである。

今の私は何をやっているのだろう…

と、思っていたが、最近は別の考えが思い浮かんだ。

若い時はあんなにしっかりとした「大人」に見えた彼らも、実は「完璧な大人」などではなく、今の私と同じくらい悩んだり、迷ったり、不安を抱えながら生きていたのではないか?

前回の記事で紹介した「月の裏側」のように、周りには見せないものの。

その真相は本人に聞かないと分からない。

だが、そう遠くない内に、仕事中に彼らのことを思い出して「あの時のあなたもこんな気持ちだったのか…」と思える日が来るのかもしれない。

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