リモートワークの普及で起こり得る最も恐ろしいシナリオ

先月からいろいろと事情があって仕事を探している。

そんなこともあり、最近は様々な求人に目を通しているのだが、こんな文言をよく見かける。

「週2日の在宅勤務を取り入れています」

「今後は、リモートワークが増える見込みです」

私はこれまでに仕事が自宅待機になったことはあったが、在宅勤務の経験はない。

だが、そのような求人を見ていると、「もし、次に就く仕事が在宅勤務だったら…」と思うことが多々ある。

というわけで、今日は「在宅勤務の仕事に就けたら、私の生活はこのように変わるのだろうなあ…」という期待と不安について考えてみたい。

・在宅勤務で得られそうなメリット

冒頭でも説明した通り、私は在宅勤務の経験がないが、何となくこのようなことを想像している。

:嫌いな上司や同僚の顔を見ないで済む。

:出勤のために毎朝着替える必要がなくなる。

:仕事がない時は周りに気を使って仕事をしているフリをする必要がなくなる。

:満員電車に乗る必要がなくなる。

:通勤時間が不要になり、その分の自由時間が増える。

:毎朝、お弁当を作る必要がなくなる。

:お腹が鳴る音を気にして、無理に朝食や間食を取る必要がなくなる。

在宅勤務のメリットは先ず何と言っても、会社に行く必要がないため、嫌いな上司や同僚の顔を見ないで済むことである。

仕事でどうしても関わらなければならないことはあるだろうが、その連絡も多くはメールで行えばいいため、直接接触する必要はなくなる。

これは精神衛生的に大変ありがたいことである。

次に仕事用の服装に着替える必要がなくなることも大きなメリットである。

今の仕事はスーツ着用の仕事ではないが、それでも、毎朝の着替え時間と、仕事服の洗濯が必要である。

だが、在宅勤務では着替えなくてもいいため、その手間もなくなる。

しかも、人前に出ないのだから、時間をかけて身だしなみを整えることも不要である。

周囲の目を気にする必要がなくなるといえば、服装だけでなく、仕事に対しても同じである。

オフィスでは、仕事がなくて暇を持て余している時でも、周囲に気を付かって何らかの仕事をしているフリをしなければならない。

しかし、自宅であれば、仕事がない時でも、そのような視線を向けられることがないため、堂々と仕事以外の暇つぶしができそうである。

それから、どんな仕事であっても、在宅勤務であれば確実に手に入るメリットが、通勤電車に乗らなくて済むことである。

満員電車の混雑から解放されるだけでなく、毎日の通勤時間を勉強などの他の事に費やすことができるし、そのようなことをやっていない人でも起床時間を遅らせることができる。

起床時間につなげて話を広げると、私は毎朝は会社で食べるための弁当を作っているが、その作業時間も不要になる。

そして、これは私にとって最も有難い恩恵であるが、家で仕事をすることによって、勤務時間中にお腹が鳴る音を心配する必要が全くなくなる。

当然、その音を防ぐために、毎朝、食べたくもない朝食を無理やり口に流し込んだり、お腹が減っているわけでもないのに間食を口にする涙ぐましい(笑)努力も必要なくなる。(ちなみに、今は間食として、カロリーメイト1.5箱とエナジーゼリー1パックを毎日口にしている)

これだけでも、「在宅勤務よ、ありがとう!!」と言いたい気分である。

・もはや東京に留まる必要がなくなる

在宅勤務によって、すぐにでも手に入りそうなメリットはざっとこんなものが思い付くが、これが週12日ではなく、出勤が数ヶ月に一度の完全在宅となれば、もっと大きな恩恵が受けられそうな気がする。

それは、東京に住み続ける必要がなくなるということである。

この記事で触れた通り、私が東京で暮らしている理由はお金に依るものが大きい。

東京に住んで4年近くなるが、「東京の生活は楽しい」と感じたことなど一度もない。

家は狭いし、人は多すぎるし。

最近はコロナの感染者が減ってきているのか、外に出ると以前のような人込みや電車の遅延が蘇って、イライラすることが増えてきた。

こんな所にいると、人間は少なからずダメになるということを実感する。

「今の給料水準を保証するから、地元へ帰ってくれ」と言われたら、喜んで帰る。

在宅勤務によって、出社が数ヶ月に一度となれば、それが可能になる。

この記事では、地元を離れたいと思うお金以外の理由として、「終身雇用も年功序列も存在しない会社ばかりなのに、そのモデルを唯一絶対に正しい生き方しか認めない偏狭さ」を挙げたが、「東京の会社に在籍しながらリモートワークで働いている」と言えば、連中は(バカだから)「何かよく分からないけど、東京の会社(=大企業)で働いているから、すごーい」と納得するだろうから、問題はない。

今の給料で地元で暮らすと生活水準が大きく向上することは間違いない。

試しに、地元の住まい情報を調べてみた。

今と同じ、家賃と最寄り駅への時間を条件にして部屋を探してみると、部屋の広さはおよそ4倍になった。

ユニットバスで、洗濯機は外付けのワンルームから、風呂トイレ別、洗濯機は室内配置の3LDKまで広がる。

私の地元は12両の電車が1時間に1本ほどしか走っていない田舎であるため、これは極端な例だが、県庁所在地がある都心部でも、同じ家賃であれば2LDKの部屋を借りることができる。

そして、今は1年に1度会えるかどうかの親族や地元の友人とも頻繁に会うことができる。

これは夢のような話である。

・唯一だが最大の強味を失うことになる

ここまでは在宅勤務のいいことばかりを取り上げてきたが、当然、いいことばかりではない。

たとえば、完全在宅勤務が普及したら、「毎日会社に通うこととができる」という強味を失うことになる。

今の所、在宅勤務のデメリットはこれしか思い浮かばないが、それは私のような人間にとっては最大のピンチである。

だって、そのことによって、それまで競争相手でなかった人たちと仕事を取り合うことになるのだから。

今の私は健康面に異常はなく、家事や育児による就労時間の制限もないため、週40時間、及び通勤時間も加味した時間を家から離れた場所に費やすことができる。

しかし、世の中には、資格や能力があっても、健康や家庭の事情によって、会社へ通えない人、もしくは短時間しか働けない人が大勢いる。

すべての勤務時間を会社で過ごさなければならない仕事では、彼らは応募要件を満たしておらず、彼らは私にとって脅威でなければ、ライバルでもない。

つまり、「毎日会社へ通うことができる」というのはそれだけで大きなアドバンテージなのである。

だが、在宅勤務の仕事では、そのアドバンテージを失い、会社通いの仕事では争う必要がなかった相手とも仕事を取り合うことになってしまうことになる。

ちなみに、仕事を奪い合うことになるのは、身近に住んでいる人たちだけに留まらない。

メリットの方で、「完全在宅勤務になれば、私は東京に留まる必要がなく、地元から働くことができる」と述べた。

これは他の人たちも同じことであり、裏を返せば、今現在東京に住んでいない人たちも、地元に住んだまま、給料が高い東京の会社の仕事を得ることが可能になってしまう。

もしも、通勤の必要がある仕事であれば、東京に住んでいない彼らには応募資格がない。

その時点で、彼らは私にとって仕事を争うライバルではない。

しかし、リモートワークによって、彼らが東京に引っ越すことなく仕事を引き受けることができるのなら、高い給料を求める人が全国から求人に応募してくることだろう。

そうなったら、私はこれまでとは比較にならない程、多くの相手と競合しなければならなくなる。

これはとんでもなく恐ろしいことである。

少なくとも私には、その競争を勝ち抜く自信などない。

私にとって在宅勤務は夢のようだが、デメリットも考慮すると、やっぱり、満員電車に乗ることになろうが、職場でお腹が鳴って恥をかこうが、会社通いの方がマシなのかもしれない。

・すでに仕事の奪い合いを強いられている人たち

今回のテーマはこれにて終了となるが、よくよく考えてみると、最後に述べた「全国から高い給料を求めた人たちがやって来てライバルが増える」という悪夢のシナリオは、在宅勤務に関係なく、すでに起こっていることではないか?

それは東京で生まれ育った人たちが就職活動をする時である。

新卒採用では東京を拠点とする企業に憧れる若者が地方から大勢やって来る。

東京の出身者は全国からそのように押し寄せてくる学生と椅子取りゲームをしなければならない。

これは非正規の仕事でも同じである。

今の私は非正規とはいえ、それなりに恵まれた時給の仕事に就いており、単身で東京へ引っ越してでも、この仕事を手にできたことに満足している。

東京が地元である人たちは、このような非正規の仕事であっても、地方出身者と仕事を争うことが宿命となる。

その競争に打ち勝たなければ、仕事を得ることができない。

彼らには、私のような地方出身者のように「給料が低い仕事であっても地元に留まるか、割のいい仕事を求めて東京へ出てくるか?」という選択肢を与えらず、本人の希望とは無関係に競争を強いられている。

競争に疲れても「帰ることができる地元」も存在しない。

東京出身者は子どもの時から教育の機会に恵まれていることや、近くに頼れる家族がいることを羨む人がいるが、彼らは私のような地方出身者とは違う苦悩を抱えているのである。

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