歩きスマホをやめさせるには厳罰化以外考えられない

前回の記事では通勤中の電車で遭遇したウンザリする話をした。

コロナが収束へ向かっていることによる混雑の増加や、前回のテーマにもなった座席の奪い合い、乗車位置にきちんと並ばないといった乗車マナーの低さと並んで、電車に乗る際に不愉快にさせられることが歩きスマホである。

気分の問題ではなく、実害も出ている。

昨年の暮れ、JR新宿駅のホームで電車に乗るために歩いていると、前方から降車して、スマホを見ながらものすごい勢いでこちらに向かってくるバカと遭遇した。

私がとっさに避けると、避けた先の柱に激突してしまい、肩や背中にアザが出来てしまった。

もちろん、クズの歩きスマホ野郎はこちらを振り返って私を心配することも、謝罪も一切なしである。

今思い出しても腹立たしい。

こちらが避けたりせずに、その場で立ち止まってみてはどうかと思ったが、それでは私の後ろを歩く人が激突してしまい迷惑する。

いっそのこと、「無関係な人に危害を加えるくらいなら…」正面衝突で吹っ飛ばすことも出来るが、平気でマナー違反を犯すモンスターは間違いなく逆ギレして「自分は被害者だ!!」と喚き騒ぐだろう。

実際に、おしゃぶりに熱中している赤ん坊のように、スマホにかぶりついて前方不注意で他人にぶつかりながら、謝りもせず、舌打ち、ガン飛ばしをするクズは、今や日常のあらゆる場で目にする。

このブログでは2年前にも、歩きスマホを止めさせる方法について取り上げたが、個人的な感覚としては、当時は今よりも深刻化していなかったこともあり、冗談半分の解決方法だった。

だが、今はそんな冗談を言っている場合ではない気がする。

鉄道会社は歩きスマホをやめさせるために、ホーム上にポスターを貼ったり、放送で注意を呼びかけているが、私はその程度のなまぬるい方法ではスマホ依存者、もとい、モンスターサイコパスの暴走を止めることは出来ず、法律で厳罰化することが唯一の対処方だと思っている。

・歩きスマホの邪悪さは専門家の予想や性善説をも覆す

歩きスマホに関する規制を調べているとこんな記事を見つけた。

【関西の議論】「歩きスマホ」に罰金が科される日…ホーム・階段転落など重大事故頻発、ネット世論は8割が「規制必要」(4/4ページ) – 産経ニュース (sankei.com)

こちらの記事は歩きスマホの実態や規制を望む声を紹介しているのだが、私が注目したのは最後の締めとして語られている識者の意見である。

筑波大教授の徳田克己氏は「歩きスマホの規制から始まるのはおかしい。まずは啓発教育が必要だ」と唱え、携帯電話が普及した時は電車内の通話が問題となったが、規制ではなく意識改革によって、今はほとんど見られないと指摘。

そこで「スマホマナー5カ条」として、次の5点を提唱している。

  • 道の端に寄り立ち止まって使用

  • 階段では使わない

  • 電車を降りるときは見ない

  • 横断歩道では使わない

  • 見るときはイヤホンを外す

これを見た時は呆れた。

あの「自己中」という言葉を具現化したようなモンスターが、そんな甘っちょろいことで自制できるわけないだろう!?

能天気や性善説にも程がある。

だが、私の怒りと呆れは1分も経たずに沈静化した。

その次に開いたページでも、偶然、徳田氏の名前を目にした。

「歩きスマホ」法令で規制すべきか 迷惑超えて被害の訴え深刻 – Yahoo!ニュース

先ほどの記事では「規制よりも教育」と主張していた同氏だが、こちらの記事では2018年に米ハワイ州で制定された歩きスマホ禁止条例に効果があったことに言及し、「こうした調査を基に日本の現状を考えると、悲しい話ですが、条例で規制するしかないと思っています」と主張を変えた。

さらに、自身もかつては「教育が有効であると言っていたが、「歩きスマホはやめましょうという啓発はほとんど効果がないと思っていることや、啓発ポスターの前で歩きスマホをしている人(バカ)を何度も目にしたことも告白。

自身の主張に沿わない現実を受け入れたり、かつての発言の誤りを素直に認めることができることは信頼できる専門家の証だと思う。

先ほどの記事が書かれた日付をよくよく確認してみると、今から9年前の2014年。

たしかに、当時と今では社会情勢も全く異なるので、彼がそのように主張したのも、仕方ないのかもしれない。(ちなみに、後の記事が公開されたのは5年後の2019年)

早とちりで「能天気」なんて言ってしまい、大変失礼いたしました。

しかし、歩きスマホの悪化ぶりは専門家の予想も、性善説をも覆す程の勢いであることは恐ろしい限りである。

12年前の過ち

今から12年前の2011年、東日本大震災が発生したことで全国に自粛ムードで蔓延した。

その影響で民放もCM枠が空いてしまったのか、ほとんどの局で公益社団法人ACジャパンのCMが繰り返し放映されていた。

個人的に最も多く目にしたのが、高校生くらいの女性がケータイ(当時はスマホが普及しておらずガラケーが一般的だった)を操作しながら、自転車を運転していたことで、通行人を撥(は)ねてしまい、重大な事故を引き起こしてしまうというストーリーの自転車マナー向上を訴えるものだった。

あまりにも繰り返し流れているので、まるでこの国は「自転車追放へ向けたネガティブキャンペーンでも行っているのか?」と感じる程だった。

このCMに影響されたのか、朝のワイドショーも「いかに自転車が危険であり、その上、職場や学校への所要時間は徒歩や公共交通機関と大差なく、わざわざ自転車なんて乗る奴はバカだ」とでも言わんばかりの報道も見られた。(余談だが、90年代はバイクが標的だったらしい)

さらには、「自転車も車と同じく免許制にすべきだ!!」とドヤ顔で語る識者や世間の声も紹介された。

しかし、私は先ほどのACCMを見る度に、こんなことを思っていたのである。

いや、免許制にするのは自転車ではなく、ケータイの方だろ!?

当時はスマホが普及していなかったため「ながらスマホ」という言葉も存在しなかったが、後の凶行につながる「ケータイ依存」を多く見られた。

「あの時、自転車ではなく、ケータイを規制する方へ向かっていれば、この社会ももう少しマシな社会になっていたのでは?」と思うと誠に残念である。

当時の政権や、マスコミ、そして携帯電話の悪用を完全にスルーして執拗に自転車叩きに熱を入れていたACジャパンの人たちは、歩きスマホを助長させてしまったという過去の過ちをしっかりと受け止めて、今からでも償いのために、歩きスマホ撲滅のために尽力してもらいたい。

・スマホも免許制に

前段でも少し触れた通り、私はスマホの所持と使用は免許制にすべきだと考えている。

もちろん、歩きスマホも規制して、車の運転と同じく、違反を繰り返せば免許停止処分とする。

買い物も、道案内もスマホでやることが当たり前になった現在、「スマホがなければ、1日だって生活できないから困る!!」と言って大反対する(頭の悪い)人間も出てくるだろう。

だが、それは自業自得である。

車が無ければ通勤できなかったり、社用車を運転しなければならない人は、免許停止などということになれば死活問題であるが、それを理由に道路交通法違反が無罪放免になったり、免停処分に温情をかけられるなんて話は有り得ない。

それと同じことをやるというのに何が問題だというのだろうか?

そして、これまた車と同じく、接触事故を起こしたら、たとえ相手がよそ見をしたり、ぶつかってきた場合でも、手にスマホを持っていた時点で問答無用に加害者とする。

「当たり屋を助長するとか!!」とか「理不尽だ!!」と感じる人もいるだろうが、これだって、すでに車と同じである。

私も運転免許の取得を目指して自動車学校に通っていた時、授業で「歩行者を撥ねてしまった場合、たとえ歩行者が信号無視をしても、車を運転する方が絶対悪」と教わり、「そんなバカな話があるか!?」と内心憤慨していたが、車はそれだけで、十分凶器になり得る危険な道具だから、それくらいの自覚をもって扱わなければならない。

スマホだって車と同じく元々は素晴らしい道具であるが、使い方を誤ると凶器に変わる。

ちなみに、現在では歩きスマホをしているバカをよけずに衝突したら、暴行罪(ケガをした場合は傷害罪)に問われる恐れがあるらしい。

「歩きスマホ」の人をよけずにぶつかると暴行罪? 理不尽では? 弁護士に聞く(オトナンサー)|dメニューニュース(NTTドコモ) (docomo.ne.jp)

こちらの方が遥かに「理不尽」ではないか?

考えてみて欲しい。

歩きスマホをしていない人がお互いに「相手の方がよけるだろう…」と考えて正面衝突したら、ただの事故として処理され、「お互いに気を付けなさい!!」と警察から説教されるだけで済む。

にもかかわらず、相手が歩きスマホをしていれば、こちらに避ける義務が生まれ、それを怠ったら犯罪者扱いされなければならないのか?

正直者がバカを見るの典型であり、「この社会はどこまで自己中心的で傲慢な人間に甘いのだ」と憤慨したくなる。

こんな不正義は是正しなければならない。

その他の対策としては、違反者は一定期間が経過したら、使用再開を許可されるが、一定期間は歩きスマホ防止ロックを付けることを義務付けよう。

この機能はすでに開発されているから技術的には可能だろう。

報道発表資料 : 歩きスマホ防止の新たな取り組みについて | お知らせ | NTTドコモ (docomo.ne.jp)

ただし、この機能について検索すると、ヒットするのは10年前のものばかりであることが気にかかる。

私はこの界隈には詳しくないが、進化して名前が変わったのか?

それとも、スマホ中毒のクレーマーが電凸でもして、この機能を開発や搭載の中止に追い込んだのだろうか?

防止ロックが厳しいのであれば、ドライブレコーダーみたく、アプリの使用履歴やその際の振動や指の動きまで把握して、使用状況をすべて記録している監視アプリを常時起動させるとか。

もちろん、そのアプリ料金は使用者負担で。

そんなことをやれば「プライバシーの侵害だ!!」と騒ぐアホもいるだろうが、韓国やアメリカの一部の州では、性犯罪の常習犯は刑期を終えた後も、GPSが組み込まれた足輪の装着を義務付けられることがある。

これだって人権侵害という批判があるが、「性犯罪は再犯率が高く、常習者であればやむを得ない」とされている。

現状、犯罪ではないため、歩きスマホの再犯率に関する統計は目にしたことはないが、あれだけ街中のいたるところに「歩きスマホをやめよう」と書かれたポスターがあるにもかかわらず、やめられない様子を見ると、彼らも性犯罪と同じく末期の中毒状態で、更生の余地があるかは疑わしい。

・撮り鉄に嫌悪感を持たない者だけが石を投げよ

今回はやや過激な内容になり、「そこまで彼らを悪者にしなくても…」と感じた人もいたかもしれない。

そんな人には、公共の場で迷惑行為を繰り返す、ある人物のことを想像して頂きたい。

駅のホーム上での迷惑行為の代表格といえば、列車の写真を撮るために、混雑の中で三脚を立てたり、場所取りのために同種間で乱闘騒ぎを繰り広げたり、写真に映りこんでしまう人を大声で罵倒する「撮り鉄」である。

ちなみに、私はこの「撮り鉄」という言葉が、「電車の写真を撮ることが趣味の人」の意味なのか、「電車の写真を取るために迷惑行為、時には犯罪も厭わない悪質な鉄道オタク」なのかは分らないが、ネット上では後者の意味で使われていることが多い気がするので、この記事ではそちらの意味として使う。

YouTubeでそれらの動画を見ていると、彼らの醜態もさることながら、彼らに対する侮蔑のコメントも凄まじい。

害虫」、「ゴキブリ」と呼び、数え方も「一人、二人」ではなく「一匹、二匹」と非人間化して扱われていたり、「カメラを没収の上、鉄道会社の全路線の駅に立ち入り禁止処分にしろ!!」といった厳しい取り締まりを求める過激なコメントが多い。

私も彼らを見ていい気はしないし、度が過ぎた行為には罰則が必要であることも同意するが、自身の快楽のために、駅のホームで迷惑行為をして、他の乗客を危険に晒すという点においては、歩きスマホも全く同じではないのか?

撮り鉄が害虫なら、歩きスマホ(をするバカ)も害虫である。

撮り鉄をカメラ没収の上で出入り禁止にするのなら、歩きスマホもスマホ没収の上で出入り禁止等の厳罰に処するべきである。

彼らは同じ穴のムジナであり、歩くスマホをやって他人を危険に晒す最低の人間に撮り鉄を誹謗する権利などない。

歩きスマホをしつつも、撮り鉄を「許せない!!」と感じている人がいたとしたら、彼らの姿がまさに歩きスマホをしている自分の姿である。

それを考えれば、歩きながらスマホをいじるという行為がいかに愚かで破廉恥な行為であるかは容易に想像できるはず。

そのような自覚があれば、人から言われずとも、歩きスマホもやめるだろうが、それでもやめられない程の中毒者には厳罰化しかないだろう。

この社会は、あおり運転にせよ、飲酒運転にせよ、前々から危険と言われながら、死者が出る痛ましい事件が起きるまで規制しなかった。

そんな負の歴史があるのだから、これ以上同じ過ちを繰り返してはいけない。

自転車のヘルメット着用義務化なんて、くだらないことをやっている場合じゃないねえぞ!!

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