女子枠よりも地方公務員に必要な採用枠

昨今、インターネットを中心に「毒親」という言葉が広がっている。

元々は虐待やネグレクト、進路の強要など子育てにおいて問題行動を起こす親を比喩する言葉だったのだが、最近では「親ガチャ」という言葉と同様に、親に対する期待値が異常に高くなり、「え!? それが毒親なの!?」と感じることも増えている。

たとえば、「老後は子どもと同居したい」と願う高齢者。

もしくは、生活費の援助をお願いしたりする人。

このご時世、そんなことを言う人は、かつては子どもを虐待していた過去があるわけではなく、親子関係がいたって良好なケースであっても、

「子どもに依存するなんて情けない!」

「子どもにはそんな毒親から早く逃げてもらいたい!」

などと批判されることがある。

しかし、このような発言が出る度に私はこんなことを思うのである。

昔の高齢者は子どもに世話にならないほど自立していたのか?

・家族の面倒事からは逃れたいけど暖かさは欲しい!

「昭和時代は皆が年功序列・終身雇用だったから、正社員と専業主婦になれて安定した人生を送ることが出来た」という妄想の一種で、「昔の高齢者はほとんどが手厚い年金や退職金のおかげで悠々自適な老後生活を送っていた」などと本気で信じている阿呆もいる。

だが、これは間違いで、この記事で紹介した小熊英二氏の著書「日本社会の仕組み」によると、まだバブルの余韻があった90年代前半ですら、年金だけで生活できた高齢者は1/3程度だったという。

当然、年金だけで生活できない高齢者は定年退職後も働いたり、子どもと同居することで生活していた。

思い返すと、私が子どもの頃だった90年代や2000年代も、周囲では祖父母同居の家庭が当たり前だった。

持ち家に住んでいる同級生は一人を除いて祖父母同居だった。

他人の家庭の内情までは詳しく把握していないが、彼らは子ども(私から見ると同級生の親)にただ世話になるというわけではなく、一緒に商売を営んでいたり、孫の面倒を見ていた。

時折、大真面目にこんな主張をする人がいる。

「結婚後も親と同居するのは甘えだ!!」

「親元を離れて自立してこそ一人前だ!!」

甚だしい勘違いである。

結婚して核家族で生活しながら子育てしている人は、子どもを保育所に預けている世帯が少なくない。

また、高齢の親を老人ホームや介護施設などに入居させていることも珍しくない。

保育所や老人ホームの経営は、利用者負担だけでなく、ほとんどの施設で補助金などの公的な資金が投入されることで成り立っている。

その財源は税金や社会保険料であり、家族ぐるみで子どもや高齢者の面倒を見ることで、そのような施設の世話にならない人も負担している。

「自分は親と同居していないから自立している」と信じて疑わない人が、「甘えている」と見下している人に、自身の「自立」のために必要な施設の料金を支払ってもらっているのは爆笑ものである。

裏を返せば、公的な福祉サービスを家族で代替している人がいるからこそ、「高い!! 高い!!」と言われている税金や保険料がこれだけの水準で済んでいるとも言える。

「いつまでも家族の世話になるのはけしからん!!」と他人の甘えに激おこプンプン丸になっている人は、税金や保険料が大幅に上がっても一切文句を言わないでください。

ちなみに、新成人を対象とした調査では、およそ3/4の人が「結婚したい」と思っている模様。

「結婚したい」73.2%で過去最低水準に 新成人意識調査 – 大学ジャーナルオンライン

これは2025年に新成人を迎える人を対象とした数字なのだが、過去最低水準らしいので、上の世代はもっと高いと推測できる。

彼らがどんな結婚を望んでいるのかまでは不明だが、これだけ子どもに老後の生活を頼る人へのバッシングが高まる状況を見ると、多くは親の面倒を見る気などさらさらなさそう。

「家族の面倒事に巻き込まれるなんて真っ平だけど、家族の暖かさは欲しい」

そんな人間に家族を作る資格はないと言えるだろう。

その身勝手な姿は駄々をこねて嫌なことから逃げ回っている子どもにしか見えない。

もしくは「あなたはそんなに不幸な家庭に育ったんですか?」と言いたくなる。

・核家族への憧れと現実の狭間で

ただし、念のために言っておくと、親の老後の世話への拒否反応は決して今に始まったことではない。

この問題は1970年代から多く語られることになった。

厳密に言えば、問題自体はそれ以前も存在していたが、その時期は当事者となる人が増えたのだ。

これまでに落合恵美子氏の著書「21世紀家族へ(第4版)」という本を何度か取り上げたことがある。

1950年代から70年代半ばまでは、「日本の家族の黄金期」と呼ばれる時代で、多くの人が結婚して核家族を形成して、親の介護とは無縁で、子ども二人に自分の部屋を与えたり、学費を全額負担できたりと、今でも「家族らしい家族」と語られる生活を営むことが出来た。

その理由は人口動態によるものである。

社会が近代化すると、医療や衛生面が発達して、子どもの死亡率が減少する。

かつては、多くの子どもが生まれたものの、成人する前に命を落すことが少なくない「多産多死」社会から、生まれる子どもの数は少ないものの、ほぼ全員が成人する「少産少死」社会へと変わる。

その移行期間に「多産少死」時代が生まれる。

日本ではその期間が「昭和一桁~団塊の世代」と呼ばれる1920年代後半から40年代生まれに当たり、その多くが4人以上の兄弟がいて、ポスト団塊の世代と呼ばれる50年代生まれ以降は平均して2人兄弟となる。(通称「二人っ子革命」)

この出生数の移り変わりから分かるのは、昭和一桁~団塊の世代は多くが4人以上の兄弟がおり、自身は2人程度の子を育てたということになる。

4人兄弟なら、親の面倒を見るのはその中の1人(ほとんどの場合は長男)だけでよく、その他の兄弟は親のことなど気にせず、自由に家を出ることが出来た。

当然、結婚相手が長男の場合は、義理の親の世話も必要であるため、単純に1/4という計算にはならないが、それでも「親の世話とは無縁」という人の方が多数派であった。

その期間が1950年代から70年代半ばに当たる。

ところが、二人っ子革命一期生に当たる50年代生まれが結婚適齢期を迎える70年代後半からは、これまで通りとは行かなくなった。

彼らの大半は2人兄弟のため、自身が長男、または結婚相手が長男となるケースが爆発的に増えて、多くの人が親、または義理の親の世話の当事者となってしまう。

かつてであれば、親の世話を担う「田舎のお兄さん」がいれば、その他の兄弟は自分のことだけを考えて自由に結婚することができたが、もはや自身や結婚相手が「田舎のお兄さん」となる人の方が大半である。

当事者の境遇自体はそこまで変らないものの、当事者となる人が増えたこと、そのことへの不満や悩みが社会問題として語られるようになった。

特に、自身は核家族で育ち、それが当たり前だと思っていた人は、結婚して核家族を形成することを理想としていたけど、親の世話に直面する現実には相当な鬱憤があったのではないかと思われる。

ただし、当時の人も決して、薄情というわけではなかった。

実際に戦後は右肩上がり増加していた核家族率は75年をピークに減少に転じており、理想よりも現実を選ぶ人が多かったのだろう。

・元同級生から聞いた地元の惨状

このように、「親の老後とどう向き合うか?」という問題自体は半世紀前から存在している。

そこで私が気になったのは、「なぜそれが今になって再度噴出したのか?」という点である。

例によって、大手企業に就職できたわけでもないのに、自分は大企業型の人生を送っていると信じて疑わず、「一国一城の主として核家族を形成したいから、親との関係など我が人生には不要」と思っている愚か者がいることは否定しない。

このような現実と願望の区別が付かない大バカ者には「お前は家族の世話をする側じゃなくて、家族の支えがないと生きていけない側の人間だろうが!?」と一喝すれば済む話である。

体感としては「地方経済が衰退して、いよいよ以前のような田舎の親と同居して、持ちつ持たれつという生活の形(小熊氏のモデルで説明されている所の「地元型」)が取れなくなりつつある」という印象がある。

そして、職を求めて都会へ出たが、自分一人の生活で精一杯なので、金銭的に援助する余裕もない。

このような状況で

親:「お願いだから、助けてよ~!」

子ども:「自分だって苦しいのに無理だよ~!」

国:「財源がないからこれ以上の公的福祉の充実なんて無理だよ~!」

という対立や責任の擦り付け合いが深刻化しているのではないか?

3年前の年末に帰省した際、かつて家族ぐるみで付き合いがあった元同級生のK(仮名)とおよそ20年ぶりに再会した。

彼との再会のきっかけは同年のゴールデンウィークにいろいろと事情があって、彼の実家を訪れたことである。

彼は結婚を機に実家を出ていたが、弟は地元で準公務員のようなお堅い組織に就職して、両親と同居していた。

彼が結婚後、安心して実家を出ることが出来たのも、弟が実家で両親と同居してくれたからであり、兄弟の立場が逆ではあるが、弟が典型的な「田舎のお兄さん」になっていた。

Kとの食事の席でその話をしたら、彼はこんなことを言った。

「ウチの両親はかなり恵まれている」

彼は私と違い、地元の同級生と多く繋がりがあるため、大学卒業後の進路も把握していたが、今でも実家で両親と共に住んでいる者はほとんどいなかった。

学校を卒業後は実家から職場へ通う者もいたそうなのだが、それだけでは生活が安定しないため、ほとんどは職を求めて都会へ引っ越したという。

また、実家が商売を営んでいた店も、食品製造を行う一人を除いて、ほぼほぼ廃業した。

そんな地域では、地方公務員か、農協や信用金庫など公務員ではないものの、地域に根ざした組織くらいしか、一世代前のような安定した生活を送れそうな働き口は見つからない。

実際に、彼によると、県内で就職して、結婚したり、持ち家に住むような安定した生活を送っている元同級生の多くは公務員である。

このような経済状況では、私が子どもの頃に経験したように、両親と同居して、老後の世話をする一方で、子育てに協力してもらい持ちつ持たれつの生活を送ることなど不可能と言える。

・高齢者の面倒を見れるのはこの人しかいない

こうなると、「田舎で暮らす高齢の親は誰が面倒を見るのか?」という問の答えは一つしか見当たらない。

それは、地元で安定した職に就いている人である。

というわけで、地方公務員は採用において「長男枠」を設けてはどうだろうか?

「長男」というのは比喩であり、当然、次男以降の男性や、女性の応募者を排するものではない。

先ず、子どもの扶養義務と同じように、「高齢者の扶養者」を明確化して、扶養者となった者は、親と同居、もしくは緊急時にいつでも駆けつけられるよう半径10km以内に住むなどの居住や経済支援などの義務を負う。

そして、採用における一定の割合は、親の扶養を義務を負う者とする。

もちろん、「多くの人が就職活動を行うであろう20代前半、もしくは10代の若者が親の扶養のことを真剣に考えているのか?」や「採用時は扶養の義務を負っていたが、関係が悪化して、親の方から扶養関係の解消を希望した場合、当人はこれまで通りの職に留まれるのか?」などの課題は多い。

しかし、昨今、大学入試を中心に広がる「女子枠」などというヘイトスピーチに匹敵するお下劣で、差別主義で、何の生産性もないものよりかは遥かに有意義で公平な制度になると自負している。

また公務員の採用枠に限らず、高齢者の扶養者となると、扶養の義務を負う代わりに、配偶者も含めて介護保険料の支払いを全額免除とする制度も良さそう。

もちろん、財源の不足分は親を扶養していない人の保険料を増やして補う。

当然、実家への仕送りをしている人には、仕送り額に応じた保険料の控除も必要だろう。

直接のお世話は出来ない人も、お金で代替支援を行うことはできる。

「田舎のお兄さん」を失って、親の介護の当事者となる人が大多数となる社会になって半世紀が経過した。

今こそ、かつての存在した幻影から脱却して、社会も個人も変わる時なのかもしれない。

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