2年前の6月にジューンブライドの季節に乗じて、「結婚したいけどいい相手が見つからない」と嘆く人(を挑発する)に寄り添う記事を投稿した。
当時の私は家族や結婚のことに対しては何の知識もなく、それらの記事も私が思ったことを率直に書いただけだったが、それ以来、私は多くの本を読み、いくつかの知識も身に付けた。
というわけで、今年は2年ぶりにジューンブライド企画を行おうと思う。
・どうしても結婚したい人への贈りもの
今年のテーマは
どうしても結婚したい人へ贈りたい3つの言葉
である。
「結婚したい!!」
「自分の家庭を持ちたい!!」
私は婚活など一切行っていないが、故郷から遠く離れた東京で友人も恋人もいない独り身の生活を送っているため、その気持ちはよくわかる。
婚活を頑張っているものの、なかなか実を結ばない人にとって、これらの言葉が少しでも救いになれば幸いである。
それでは早速行ってみよう。
「この人が好きだから結婚したい!!」
そんな前向きな動機で結婚するのであれば、大いに結構だが、世の中には
「家族がいなければ生きていけない!!」
「結婚しなければまともな人間じゃない!!」
というような強迫観念に駆られて婚活を行う人も少なくない。
彼ら(彼女ら)は、なぜ結婚に対して、そこまで義務感を持っているのだろうか?
彼らの大半は理由を問われたらこのように答えるだろう。
結婚して家庭を持つことこそが唯一絶対の正しい生き方で、「それができない人間はまともではない」と。
だが、同時に「最近は普通の家族を持つこと(結婚をすること)も難しくなった」とも言われている。
「結婚することが当たり前」という考えはどこから生まれたのだろうか?
なぜその「当たり前」の結婚が現代ではこんなにも困難になってしまったのか?
今日はこちらの本を参考にそのことを考えてみよう。
21世紀家族へ — 家族の戦後体制の見かた・超えかた 第4版
落合恵美子(著) 有斐閣
先ほど、「最近は普通の家族を持つことも難しくなった」という言葉を使ったが、そもそも「普通の家族」とは何か?
ごく一般的な「普通の家族」のイメージとは:
・お父さんが正社員として会社勤めをする
・お母さんが専業主婦として家事や育児を担う
・子どもが2人いる
・親から経済的に独立している
人によって詳細は異なるかもしれないが、概ねこんなものだろう。
昨年、「伝統的で温かいひとつの家族」というウソという記事で、山田昌弘氏の結婚不要社会(朝日新書)を参考に私たちが当たり前だと思っている「家族」は「近代家族」と呼ばれ、日本の伝統でもなければ、人類の普遍的な生態系でもないことを説明した。
今回紹介する本の著者である落合恵美子氏が定義する「近代家族」には8つの特徴がある。
①:家内領域と公共領域との分離
②:家族構成員相互の強い情緒的関係
③:子ども中心主義
④:男は公共領域・女は家内領域という性別分業
⑤:家族の集団性の強化
⑥:社交の衰退とプライバシーの成立
⑦:非親族の排除
⑧:核家族
(※⑧については三世代同居も近代家族とみなすこともあるため括弧書きになっている)
概ね、このブログで以前も取り上げてきた内容と同じであり、他にも「戦後は女性が社会進出をする一方である」という説は誤りであることや、(生物学的な意味ではなく、社会的な)「親」や「子ども」という存在はここ200年程度で生まれた概念であり、それ以前は子どもを母乳で育てることや料理は女性にとって必須のスキルではなかったことが説明されている。
日本においては現在でも「当たり前」だと考えられている近代家族が生まれたのは大正時代であり、それが戦後になって庶民の生活まで行き渡り、1950年代から70年代半ばのおよそ20年間がピークだった。
今でもその時代を「日本の家族の黄金期」のように考えている人は多い。
・人口転換期
なぜ、その時代は誰もが「温かい家族」を持つことができたのか?
理由のひとつは、これまでも紹介したように社会が工業化して、男一人の稼ぎで家族を養えるだけの給料が得られる仕事が増えたからである。
だが、この本ではこれまで注目されなかった別の理由も取り上げている。
当時の日本人の誰もが家庭を持つことができた理由とは何なのだろうか?
戦争の傷跡から立ち直るために必死に働いたから?
一人ひとりが家族の絆を大切にしていたから?
男は仕事、女は家庭という役割分担を守っていたから?
その答えは
「人口学的に恵まれていたから」
はい。
それだけ。
驚くほど拍子抜けする話だが、その主張にはどのような根拠があるのだろうか?
「人口転換」と呼ばれる言葉がある。
前近代化社会では生まれる子どもの数が多いが、死亡率も高いため、生まれた子どもの(ほぼ)全員が成人できるわけではない。
一方で、衛生や医療の水準が高い社会では、生まれてくる子どもの数が少なくても、その多くが大人になることができる。
多産多死社会でも、少産少死社会でも人口の規模は変わらないが、その社会が転換する過程では「多産少死世代」が生じる。
日本では、戦争などの影響も加味した上で、1925~1949年生まれ(昭和ヒト桁~団塊の世代)がその多産少死世代に当たる。
数値の出所は異なるが、本で使われているものと同じよう人口ピラミッドが下の図である。
(統計ダッシュボード – 人口ピラミッド の数字を基に作成)
赤で囲ってある世代が先ほどの多産少死世代である。
近代家族が全盛を迎えた1950年代から70年代半は、ちょうどその多産少死世代が結婚して家族を持つ年頃になった時代である。
・二人っ子革命
それでは、その多産少死世代が結婚して作る家族とはどのようなものだろうか?
先ず、彼らが子ども産み育てる時代は少産少死社会であるため、自分たちが生まれ育った家族と比べて、子どもの数が減る。
これは出生率の長期的推移のグラフである。
(人口統計資料集2018年を基に作成、1943年までの普通出生率は平成17年版、1940年以前の合計特殊出生率は平成16年版少子化社会白書のデータを使用)
今でも「少子化!! 少子化!!」と騒がれているが、戦後の出生率の低下には2つの波があることが分かる。
ひとつは50年代前半に起こった急激な少子化。
これを「第一の低下」と呼ぶ。
そこから、20年ほどは安定した水準を維持しているが、70代後半から再び減少に転じ、2000年代までじわじわと減り続けている。
こちらが「第二の低下」である。
今日にも続く「解消すべき重大な社会問題」となっている少子化は「第二の低下」であるが、「第一の低下」の方が、はるかに急激な少子化である。
だが、その頃に親となった人たちは「多産少死世代」であり、他の世代よりも子どもを産むことができる人数が多かった。
また、それ以前の世代(~1925年生まれ)と比較すると、平均出生児数は減少しているが、「子どもを全く産まない女性」の割合が低下している。
これあくまでも既婚の女性に限った数字であるが、年代別の出生児数を表している。
(引用:人口統計資料集(2018))
つまり、50年代から始まった出生率の低下は、単なる少子化ではなく、ほとんどの女性が子どもを2人産むようになった「画一化」であると言える。
このような「子どもの数は2人か3人であるが、ほとんどの人が子どもを産む」という考え方を「再生産平等主義」と呼ぶ。
少子化の議論では、子どもを産まない人(しかも、なぜか多くの場合が女性である)を非難する人がいるが、彼らが子どもを4人以上設けている子だくさんの家庭を称賛しているのかと言われればそうでもない。
彼らは「多く産むことが悪い」と怒りはしないが、「産んだからには人に頼らず自分たちの手で育てろ!!」と少子化を食い止めている人たちを支援するどころか、自己責任だとみなしている。
本人たちはそれが人類の普遍的な思想とでも思っているのだろうが、あくまでも「再生産平等主義」というひとつの規範意識に基づいた発言に過ぎない。
・親から資産を引き継ぎ、子どもには負債を残す
再生産平等主義に基づき、いかにも家族らしい家族が安定を誇っていた1950~70年代半ばの家族モデルを「家族の戦後体制」と呼ぶ。
それが実現できた理由は多産少死社会から少産少死社会への転換期という人口学的特殊性によるものである。
いわば、戦後家族の黄金期とは人口転換期のいい所取りができたのである。
すごく単純化して言うと、彼らの多くは「4人兄弟で育ったが、2人しか育てていない」ということになる。
これが「近代家族」を成立させる上で重要なポイントとなる。
兄弟が4人いれば、将来親の介護を担うのは一人で済む。
その中の一人とは大抵の場合は長男であり、著者はそのような人のことを「田舎のお兄さん」と呼んでいる。
この「田舎のお兄さん」の存在によって、残りの3人は年老いた親に気兼ねすることなく、自由に自分たちだけの家族を作ることができたのである。
「家族の戦後体制」の全盛期である1950年代から70年代半ばにかけて、核家族が増えていっているが、その一方で親と同居する家庭(下の図の「その他の親族世帯」)が減ったわけではない。
(人口統計資料集(2018)のデータを基に作成)
私は以前、「誰もが自分の家庭を持つことができた皆婚社会とは、親族の絆を断ち、自分たちだけが豊かになることを優先した悲しい社会だったのではないか?」と主張したことがあったが、当時は人口学的特殊性の観点からその2つは全く矛盾しなかったのである。
この場で該当記事の主張を訂正させていただきたい。
もしも、彼らの多くが2人兄弟であれば、親元を離れて夫婦水入らずの家庭を営むことができる人は多くなかっただろう。
また、設ける子どもの数に関しても、彼が自分たちの親と同じく4人の子どもを育てていれば、少子化の進行を遅らせることはできたかもしれないが、近代家族の原則である「子どもは親が責任を持って育てる」ことが達成できたのかは怪しい。
父親が一家の主として一人で世帯収入を賄うとか、母親が一人ですべての子育てをするとか。
当時の家族は「本来あるべき家族らしい家族」のような理想郷として描かれていたが、その家族は、親の資産を引継ぎ、子どもにはツケを回すことで成り立たせていたに過ぎない。
言い方は悪いのだが、彼らは今の幸せを満たすため、資源を食い尽くしていたのである。
70代後半になると、そのモデルは徐々に雲息が怪しくなってきた。
その原因は、石油ショックに発する経済成長の終了だけでなく、2人っ子革命の第一世代である50年代前半生まれの人たちが結婚適齢期に入った70年代後半では、兄弟の数が減ったため、多くの人が親の面倒を見てくれる「田舎のお兄さん」の存在を失ったことも大きい。
それでは、近代家族の理想である「互いの親から独立して自分たちだけの家庭を持つ」ことが難しくなる。
ちょうどその頃から、今にもつながる少子化の第2波に突入した。
「家族らしい普通の家族」とは1950年代から70年代半ばまでの約20年間、人口転換期という時代が見せた一時(ひととき)の微笑みに過ぎなかった。
当時と同じ「理想的な家族」を作ろうと考えても、状況も環境も異なるため不可能なのである。
だが、それ以降もこの社会は「家族の戦後体制」(温かい普通の家族)に固執し、そのモデル以外の生き方を頑なに認めようとしない。
その結果、家族のあり方は変わらないが、そこへ入れる人数は減った。
言い換えれば、従来型のシステムは小さく縮んだ。
これが「縮んだ戦後体制」である。
・流行に浮かれた後遺症
ここから先は私が思うことを述べさせていただきたい。
著者の主張はほぼ賛成なのだが、私が疑問を持った点は2つある。
ひとつは、この記事で書いたため今回は特に触れないが、「近代家族」が戦後の日本で広まったことは事実であっても、実際にそのような生き方をしていた人たちが人口の大多数であったのかは定かではないということ。
そして、もうひとつは「家族の戦後体制」という呼び名である。
戦後に生まれ、今日に至るまで「理想の家族」のように考えられているから間違いではないが、今年(2021年)で終戦から76年を迎えるわけだから、それはその間の1/3に過ぎない25年間しか機能していなかったことになる。
それが「伝統的」ではないことは確かだが、すでに半世紀前から衰退が始まっているため、「新しい」とも「現代の」とも言えない。
一言で表すなら「流行」であり、白黒テレビや駅前商店街、大量生産・大量消費品と同じく高度経済成長期という一時代に流行ったものに過ぎない。
だが、その流行は今日においても、確実に私たちの生活に影響を与え続けている。
特に悪い面で。
「一人で暮らしていくことに不安はないの?」と心配して言ってくれているのであれば(余計なお世話であっても)まだしも、
「未婚者は人間にあらず」
「家族を持たない者は幸せになる資格がない」
などと、どれだけ困難であっても特定の家族観しか認めない人間(しかも、消費の面においては現代社会の恩恵を当然のように受けている)がいかに品性下劣で、無自覚に人のことを傷つけているかはこの記事に書いた通りである。
経済成長期に広まり、現在では、(それに固執する人によって)大きな害がもたらされている。
つまり、「家族の戦後体制」とは公害問題と非常によく似ているのである。
「目の前の豊かさばかり追い求める自己中心的な行動でいいのか?」
「その身勝手な考えが未来を奪う!!」
これは経済優先による環境破壊への警告であるが、近代家族を謳歌していた人たちにこの言葉をそっきりそのまま突き付けよう。
当時の人たちが、下の世代を無視して、自分たちだけが豊かになることを追及した結果生まれたのが「家族の戦後体制」なのだから。
経済成長の代償は環境問題だけでなく家族にも及んでおり、それは現代においても「唯一絶対の正しい家族」として、人の心を蝕み続けている。
「ゲーム脳」などよりもはるかに恐ろしい脳内汚染である。
かつて、農業や自営業が主産業だった前近代社会では子どもは労働力であったため、貧乏であることと、子どもを作らないことは一致しなかった。
むしろ、安価な労働力を確保するために貧乏人ほど子どもを作るメリットがあった。
この時代に、たとえ農業や自営業の家庭でも、同じような感覚で、貧乏人がたくさんの子どもを産もうと考えていたら
「お前、いつの時代の人間だよ!?」
「あなたは時空乱流に巻き込まれて過去からやって来たのですか?」
と言われるだろう。
そんな牧歌的な話ではなく、ストレートに
「バカか、お前は!?」
と言いたくなるだろう。
そのような時代に合わない貧乏子だくさんの家庭を目指す人を愚かだと思うのなら、半世紀前から衰退が始まっているモデル以外を頑なに認めないことも同じくらい愚かであると気付いてほしい。