・10年前と何も変わっていなかった
今からちょうど2年前の2022年2月1日、それまで中学一年生レベルの英語すら全く出来なかった私が英語の勉強に取り組むきっかけとなった話をした。
この場で改めて、その理由を説明すると、就職活動に失敗したからである。
当時の私はハローワークの一週間の新規求人数が10件もないような田舎町の実家に住んでおり、そんな中でようやく見つけ、面接まで進めた仕事だったので、胸を高鳴らせていたが見事に不採用。
その仕事は行政関係の仕事だったので、同じ仕事を募集するのは早くても来年だろう。
もちろん、同じような条件の仕事は他にあるはずもない。
早い話が、もうこんなチャンスは来ないのである。
そして、何より、そんな閉塞感が嫌で堪らなかった。
目の前が真っ暗になった私は、英語を覚えて、海外で楽しく暮らすという夢だけが希望となり、その日以降、毎日英語の勉強に精を出したのであった。
先の記事を投稿した日は、そのきっかけとなった日からちょうど10年という記念の日だった。
「さすがに10年も経つと、若い時の悩みや苦しみを達観しながら説明出来るもんだな」と思っていたが、すぐにそんなこと言っていられない出来事に直面した。
当時の私は3月末までの期間限定の仕事をしており、記事を投稿してすぐに職探しの日々が訪れたのだが、それが上手くいかず、就活に失敗した10年前のことを思い出した。
ようやく最終面談まで進んだにもかかわらず、お祈りすらされない不採用メールを立て続けに叩きつけられた時は、選考結果の郵便が届き、期待に胸を膨らませて開封したものの、文面を読んで地獄へ叩き落された10年前のことを思い出した。
「『先日、派遣会社から送信された不採用通知はミスで、本当はぜひとも来て欲しいとの回答だった』という訂正のメールが来ないかな…」などと有り得るはずがないことを期待しながら、何度もメールボックスを更新していた。
その様子は「こんな社会に完全に見切りをつけて海外へ行くぞ!!」と意気込んでいながら、不採用の返事が届いて数日間は「もしかしたら、『あの時の不採用通知は誤りで、本当はあなたを採用するつもりだった』という手紙や、追加募集の案内なんて入ってないよね…」と縋るような想いで毎日郵便受けを覗いていた10年前と全く同じだった。
・怒りを感じる場面とは?
「自分はあの時から大きく変わった」とデカい口を叩きながら、1ヶ月も経たないうちに、「今の心境や状況は10年前とほとんど同じではないか!?」と思うようになった。
2ヶ月後にこんな記事を書く程だから、さすがに家の中の物を壊したり、不機嫌で他人に当たり散らすことはなかったが、間違いなく動揺していた。
だが、冷静にこんなことも考えた。
地元に住んでいた10年前は、もう同じ条件の仕事に就けるチャンスはしばらくなかっただろうが、今住んでいる東京は好条件の仕事など溢れているではないか?
しかも、今はまだ働いており、貯金も十分にあるので、たかだか一、二社不採用になったところで経済的に困窮することもない。
はっきり言って、絶望する理由はないはずなのだが、どうして、こんなにも嫌な気持ちになるのだろう?
私はこの原因を考えた。
仕事が見つからないにしても、「エントリーした案件が社内選考で落とされた」というケースは一切怒りは湧いてこない。
つまり、この怒りは、面談まで進めたのに採用されなかった時のみに生まれるのである。
まず考えられるのは、派遣会社の対応。
「遅くとも明日までには合否の結果をお知らせします」と言いながら、数日間放置されることはザラである。
会社によっては、職場見学は一社のみの進行で、他の案件はエントリー出来なかったり、自動的にキャンセルされるため、採用に至らなかった時は一刻も早く連絡して、次の仕事を探したいのに、こんなことをされては腹が立つ。
ちなみに、派遣会社は登録スタッフに対して、社会人としてのマナーや常識を守ることや、報連相の徹底を呼び掛けているが、そんな人たちがこんなことをやっているのだから呆れる。
また、派遣先の傲慢ぶりも気になる。
そもそも、採用の権限がないにもかかわらず、候補者を選別を行うこと自体、「悪事」と呼ぶしかないが、今回はそれは置いておく。
転職回数の多さや、経験やスキル不足を理由に渋い顔をされることがあるが、そんなことは派遣会社が事前にスキルシートを送ったから、分かっていたことでしょう?
しかも、すでに他社(もしかしたら、自社か!?)の候補者で決まっているのか、明らかにやる気がなく、仕事の説明もいい加減で、参加者も事前は3人と言いながら、1人しか来ないこともあった。
ハッキリ言って、出来レースであり、
採る気がないなら、最初から呼ぶな!!
と言いたかった。
2013年にドラマ「相棒」で、「エントリーシート」という話があった。
第5話「エントリーシート」|相棒 season12|テレビ朝日 (tv-asahi.co.jp)
学生の就職活動がテーマで、事件の被害者となった就職活動中の大学生・北川奈月(岩田さゆり)が滑り止めに受けて内定を貰った会社へ出向き、面接担当者の岩井旬(にわ つとむ)に泣きながら謝って、内定辞退を告げるシーンがある。
岩井は面接で「御社が第一志望」と答えた北川に激怒して
「すいませんじゃねーよ!!」
「こっちはお前一人採用するために、一体どれだけの時間と労力をかけたと思っているんだ!?」
と言って、コーヒーをかける。
彼はさらにそのことを聞きに来た杉下右京(水谷豊)と甲斐亨(成宮寛貴)に「入る気ないなら、『最初から受けるな』って言いたいんですよ!!」と声を荒げる。
私もそんな気持ちで、採用する気がないのに、呼び出した連中にはコーヒーをぶっかけてやりたい気分である。
こっちは仕事を抜けて来たわけで、その時間分は収入が減ったり、有給を消化するのだから、機会ロスがある。
それなのにこんなことをされては堪ったものじゃない。
・蔑ろにされている感じ
少し話が脱線したが、就職活動がなかなか上手くいかない時というのは、このように関係者からコケにされることが多いのである。
そして、なかなか採用されない不満をこぼすと、同情されるどころか、
「もっと頑張れよ!!」
「そんないい加減な会社あるわけないでしょ!?」
「あなたの態度やマナーにも問題があるんじゃないの?」
といった的外れな説教ばかりされる。
応募先から必要とされない不採用という結果に加え、このような無理解が重なると、当然、こんなことを思う。
どいつもこいつも、人のことをナメやがって!!
どこで聞いたかは憶えていないが、「蔑ろにされている感」という言葉があった。
まさにそれである。
職探しが上手くいかない時の何とも言えない怒りや絶望感は、貧困に陥る恐怖ではなく、この「蔑ろにされている感覚」なのだろう。
思い返せば、歩きスマホをはじめ、私がこうも東京の街のモラルの低さに腹を立てているのは、彼らが平気で列を割り込み、エスカレーターを駆け下り、駆け上り、電車を乗り降りする時は突進し、接触しても一切謝罪しない蛮行に対して、自分が蔑ろにされていると感じているからではなかろうか?
彼らが悪いことをしたら、一言「すいません」とさえ言えば、私も東京に対して、ここまで嫌悪感を持つことはなかったのかもしれない。
さて、仕事探しがなかなか上手くいかない時の蔑ろにされている感への対処法だが、一番はたとえ仕事に就いていない無職でも、無条件に受け入れてくれる人を見つけることだと思う。
これはどちらかというと、親や兄弟よりも、孫を可愛がってくれる祖父母のような人な気がする。
その次は、たかだか数社面接で落とされたくらいで、生活が脅かされることがないように貯金を作ること。
そうすれば、たとえ、不採用の通知を聞いても、余裕を持って、
「こんなに優秀な私の素養を見抜けないなんて、まったく虫けら共が…」
と、採用担当者を思いっきり見下すことができる。
仕事探しが上手くいかずに悩んでいる人に、こんなことを言っても、何の参考にならないかもしれませんが、少しでも気を楽にしてもらえたら幸いである。