日雇い派遣サバイバーの日記③:溺れ死にしないために

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2ヶ月以上失業状態が続いているクボタ(仮名)は就職活動の合間を縫って日雇いの仕事をすることになった。

最初は現場の社員に恵まれることも多かったが、次第に「日雇い」の負のイメージを目にすることが増えてきた。

そして、就職活動も上手く進まない。

そんな中、かつて登録した派遣会社A社(仮名)に希望を託した彼の日雇い生活は4週目に突入した。

・日雇い生活4週目の仕事

:タクシーの洗車

:棚卸

:工場でライン作業(2度目)

今週は先週仕事案内を依頼した派遣会社Aから紹介された仕事の職場見学が2件ある。

そのため、日雇いの仕事は2週間前と同じく3社の就労に留まった。

・同じ場所で働きたい

4週目最初の仕事はタクシーの洗車である。

先週は引っ越しや、夜勤の仕分け作業など初めて経験する仕事でひどい目にあったが、最後に(現場は違うが)一度経験した仕事を選んだ結果、良い現場に巡りあえて、自信を取り戻すことができたため、験担ぎで同じように一度経験した職種を選んだ。

今回の職場は客扱いをするタクシーの洗車であるため、工事用車両の清掃とは違い内装も丁寧に掃除することが求められたが、排水はごく一般的なホースを用いたため、前回の車両清掃の時よりも体への負担は少なかった。

そして、作業終了時刻の1時間前に仕事を終えたが、給料は所定の時間分が振り込まれた。

次の仕事は棚卸である。

大手の玩具会社の倉庫で、21組で在庫数をカウントしていく。

相方も彼と同じく日雇いの労働者だったが、この職場で何度も働いたことがあるためか、職員とも顔なじみで、時に職員をも上回る知識を持っていた。

相方は無口で一人のペースで黙々と作業をすることを好む人だった。

そのため、この職場でクボタがやったことは彼の後ろをついて周り、彼が数えた商品名と在庫数を記録しただけである。

これまでで一番楽な仕事だったが、相方の姿を見たクボタは思った。

「自分も彼のように同じ職場で働きたい」

そうすれば、仕事に慣れて、職員からきつく当たられることはないだろうし、今のように仕事前日に交通経路を調べたり、初めて利用する通勤経路に怯えて集合時刻の30分前に到着するような段取りを組む必要もない。

そう考えた彼が次に選んだのは2週目に働いた工場(ライン作業)での仕事だった。

この職場はほぼ毎日のように10人近く募集していたため、数日前から立候補すれば、高確率で採用されそうである。

相変わらずどんな仕事をやっているのかは定かではなかったが、言われたことを無難にこなせば、職員から罵倒されることはないし、体への負担も大きくない。

だが、この職場は自宅から遠く、最寄り駅からもバスで20分近くかかる場所にあるため、「これからもできるだけこの職場で働きたい!!」とは思えなかった。

・土壇場で救いの女神に裏切られる

仕事は無難に終えたクボタだったが、今週の勝負所は先週派遣会社から紹介された仕事の職場見学(実際は違法面接)である。

1社目は事務の仕事であり、職務内容は申し込み書類の審査業務である。

電話対応も一切ないが時給は1600円であり、日雇いの仕事とは比べ物にならない程の好案件である。

コツコツ業務が得意な彼はぜひとも手に入れたい仕事だったが、面談担当者との話がどうも噛み合わない。

主に彼が聞かれたことは

「休日の趣味は何ですか?」

「これから10年後はどのようなビジョンをお持ちですか?」

などおおよそ派遣社員に対する質問とは思えない話ばかりだった。

「プライバシーの侵害甚だしい公私混同であるし、そもそも将来のことなど考えていたら、派遣の単純労働など就くわけないし…」

即不採用を言い渡されはしなかったが、直感的に「これはダメだな」と悟った。(正式に不採用の連絡が入ったのは1週間後だった)

派遣会社から紹介されたもう一つの仕事は施設の受付業務である。

実はこの仕事を提案された時、彼は一度断った。

この仕事は早番・遅番の2パターンの勤務があり、土日祝日も関係なく働かなくてはならない。

そして、時給は1400円である。

だが、彼が断った理由は勤務条件ではなく勤務開始日だった。

その仕事のスタート日は彼が電話連絡を受けた20日程後だった。

一刻も早く日雇いの生活から足を洗いたかった彼は多少の待遇の低さや自分がやりたいと思う職種ではないことは我慢できたが、さすがにその仕事開始日は遅すぎる。

そう思って一度は断ったが、営業担当から再度連絡があり、勤務開始日は前倒し可能との返事があり、オファーを受けることにした。

今回の(違法)面接は前回と違い良好だった。

そして、翌日、営業担当から連絡があり、先方の感触も悪くないとのことだった。

のだが、そこでこんなことを相談された。

営業担当:「勤務開始日ですが、『翌月の1日から』と言われたらどうしますか?」

これには驚いた。

彼は当初打診された勤務開始日が遅すぎるということで、提案を断ったのだが、前倒し可能ということで、面談まで進んだ。

それがここに来て、就業開始日はその日よりもさらに1週間以上後だと言われたのである。

これにはショックだった。

「騙された!!」とか「なめられた!!」というような怒りではない。

職場見学直後に、まだ合否の結果が出ていなかった他社との優先順位を営業担当から尋ねられた彼は「職種や時給などの勤務条件よりも就業開始日を最優先に考えている」と伝えた。

それに対して営業担当は「ええ!? こだわるところはそこですか!?」と驚いていた。

だが、彼はこの地獄のような日雇い生活を一刻も早く抜けことが最優先だった。

今は辛うじて生き延びているものの、この生活は船から海に投げ出され、足をバタつかせながら助けが来るまで必死に耐えているようなものである。

この状況が続けば間違いなく溺れ死する。

平時であれば、見向きもしないような仕事であっても、この状況下では救いの女神のように感じて飛びついた。

しかし、その女神は浮き輪を投げ入れる直前に「あんたはまだ頑張れるから、もう少し自力で頑張って!!」と言って、背中を向けて遠ざかって行った。

彼はこう返事をした。

「『スタートがその日から』というのであれば、今からでも別の仕事を探します」

こう宣言することで、先方も考えを変えるかもしれない。

揺さぶりも込めて、そのように返事をしたが、その日の夕方、営業担当から交渉決裂の連絡が入った。

・日雇い生活5週目の仕事

:販売店への配送(2度目)

:イベントスタッフ×4

クボタの日雇い生活は5週目に突入した。

先週はついに日雇い生活脱出が目前まで迫っていたが、土壇場の所で裏切られたため、より絶望感に苛まれることになっていた。

だが、その時の経験は彼の中にある言葉を生んだ。

「今の自分は大海原に投げ出され、足をバタつかせながら助けが来るまで必死に浮いているようなもの」

彼はこの言葉を自分に言い聞かせて、この生活を乗り切ろうと決意した。

さて、この週の最初に就いた仕事は3週目に一度働いた販売店への配送である。

前回はドライバーの横柄な態度が気になり、できれば2度と働きたくないと思っていたが、その後に経験した仕事が酷過ぎたためか、相対的にマシに思えた。

それに仕事自体が苦しかったわけではない。

幸い、今回ペアを組んだドライバーは好人物であり、彼も前回の経験からある程度の仕事をこなせるようになったためか、前回よりも穏やかに仕事ができた。

やはり日雇いと言えども、馴染みの職場で働けるに越したことはない。

・苦しみを分かってくれるのは経験者だけ

日雇いの仕事を1ヶ月以上続けているクボタは徐々にこの働き方のノウハウを身に着けていた。

だが、本人の中に生まれたものは日雇い生活に慣れた余裕ではなく、「この生活がいつまで続くんだ…」という不安と絶望感である。

先週は仕事の苦労はなかったが、就活が上手くいかなかったためか、ますます精神的にしんどくなってきた。

気付けば、電車で移動中している時はいつもスマホで日雇い労働が体験談を探していた。

もちろん、その理由はどのように今の生活を生き延びるのかを知りたかったからである。

就職活動をしながら働くにはどのような仕事がベストなのか?

彼らはどのようにこの生活を抜け出したのか?

しかし、そのような実利的な理由だけでなく、彼は自分と同じ立場の人と繋がりたかった。

日雇い生活で常に孤独を抱えていた。

これは単に「助けてくれる人がいない」とか、「日雇いの現場で共に働く人は初対面の人ばかりだから不安」いうことではなく、自分の苦しみを理解してくれる人がいないからである。

たとえば、「日雇いの仕事がしんどい」と不満をこぼすと、アルバイトを勧めてくる人がいる。

もちろん、彼もアルバイトとはこのような状況で繋ぎの仕事となることが本来の姿であることは知っている。

たが、それができないから日雇いの仕事をしているのである。

そんな中で聞かされる「アルバイトをやればいいじゃん」という無責任な助言はどれだけ人の心を傷つけるのだろうか。

彼は、自分の苦しみを理解してくれるのは同じ日雇い生活を経験した人だけであることを確信していた。

本命の仕事がなかなか決まらないことは仕方ないにせよ、繋ぎの仕事を安定させることができればどんなに楽になることだろうか。

・台風にも負けず

そんなことを考えながら働き口を探していると面白そうな仕事を見つけた。

その仕事はゲームの展覧会の案内スタッフで5日連続勤務であり、日給は1万円、50人の大量募集だった。

迷うことなく応募した彼にはすぐに派遣会社から案内が入り、仕事の日程も迫っていたため、早速翌日の登録会を予約した。

のだが、翌日の天気は台風だった。

本来であれば、天候不良によって約束時間に遅れても事情を考慮してもらえるのだろうが、日雇いの仕事は1度でも、信頼を損なうと挽回の機会が与えられないことが多い。

そう考えた彼は前日の夜から何パターンもの交通経路を想定していた。

幸い、当日の朝5時の時点では大きな影響が出ていない経路がひとつだけあった。

天候の変化や混雑が本格化してしまう前に現地入りしようと考えた彼は、開始時刻の5時間前に到着した。

彼の読みは当った。

彼が利用した路線も、他の交通機関の運転見合わせによる乗客の殺到により、待ち合わせ時刻の頃には随分と遅れが出ていたようであり、派遣会社の担当者の方が30分遅れた。

無事登録会に参加することができた彼は、その場で希望していた全日程の参加が決定した。

・大学生に混じって働く

台風対策が功を奏して派遣会社の登録会に無事参加できたクボタは日給1万円という高給の仕事は5日分手にすることができた。

さて、今回の仕事だが、日雇い派遣の例に漏れず、集合時間は始業開始30分前である。

そして、場所は千葉県の海沿いにあるイベント会場であり、通勤時間は1時間を超えることに加え、その路線は遅延のリスクが非常に高い。

その結果、毎日6時前に自宅を出ることになってしまったが、それでも前日と同じ場所で仕事ができるという安心感は大きかった。

仕事内容はゲームの展示会のイベントスタッフとして、観客の誘導や案内を行うのだが、正直言って彼は担当するコーナーのゲームのことを何も知らない。

幸いにもそのことで仕事に支障が出ることはなかったが、同僚との間に壁を感じた。

仕事仲間の多くは大学生と思われ、休憩時に展示されているゲームの話に花を咲かせていたが、30歳手前の彼は10年以上前にテレビゲームを卒業しているため、話の輪に入ることができない。

だが、その方が彼にとって好都合だったのかもしれない。

失業中の身である彼は大学の夏休み期間中のお小遣い稼ぎとして働いているであろう彼らに自分の素性を知られたくなかったから。

後に職場の同僚にこの時の経験を話すと「いいなあ、若い子たちと一緒に働けて」と言われたことがある。

冷やかしなのか、本気で羨んでいるのかは不明だが、彼としては「こっちはそれどころじゃねえ!!」という気持ちだった。

・意外に評価されている?

仲間の多くが10歳近くも年が離れた大学生ということで、社会人としての就労経験があるクボタにとっては「仕事でそういうことやる?」と思うような言動も多々見られたが、ここは我慢である。

(成人しているのかもしれないが)子ども相手にムキになってはいけない。

これまでの経歴はどうあれ今の自分は彼らと同等の立場である。

それに、30歳目前の失業者である自分は彼らからどう見られているのだろうか?

だが、意外にも彼のことを評価してくれた人がいた。

一人目は彼が所属するチームのリーダーである。

彼は9人でチームを組んでいたのだが、そのリーダーが仕事終わりにこんな言葉をかけてくれた。

リーダー:「クボタさんって、何歳なのかは分かりませんけど、間違いなく社会人経験がありますよね? この仕事は大学生が多くて、彼らは平気で時間に遅れたり、報告をしないことが珍しくないけど、クボタさんみたいにしっかりした人がいてくれて助かりましたよ」

もう一人は同じチームで働いていた大学生である。

彼の持ち場では1時間仕事をして、30分の休憩を取るというサイクルで仕事をしていたのだが、彼は常に5分前に現場に戻ってきた。

それは彼にとっていつものことなのだが、たまたま彼の後に休憩に入ることになったのが、日程の途中で参加したメンバーであったため、彼女にとっては彼が気を使って早めに戻ってきているように映った。

彼女はそのさり気ない心づかいが、大人の対応に見えてとても心強かったらしい。

最初は10歳近く年の離れた大学生の中で働くことに若干の抵抗があったが、それも悪くない気がした。

次回へ続く