
2026年2月末、アメリカとイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始した。
【解説】 なぜアメリカはイランを攻撃したのか、地上部隊を送るのか、米本土への反撃はあるのか――今わかっていること – BBCニュース
中東情勢はもともと緊張状態にあったが、今回の攻撃によってその対立は一段と深刻化している。
アメリカとイスラエル、そしてイランの関係は長年にわたり険悪なものだった。
特にイスラエルにとって、イランは自国の存続を脅かす最大の敵の一つとみなされてきた。
イラン政府はイスラエルの存在を否定するような発言を繰り返し、また中東各地の武装勢力を支援してきたとされている。
一方、アメリカもまたイランの核開発を大きな脅威として捉えており、長年にわたって制裁や圧力を加えてきた。
・戦争に反対するアメリカの保守派

今回の件で、まず私が気になったのは、日本とアメリカの「保守派」における軍事行動への考え方の違いである。
日本で「保守」と呼ばれる人々は、「憲法改正! 防衛力強化! 集団的自衛権!」を掲げ、比較的海外での軍事行動を支持する傾向がある。
「アメリカ様が白と言ったら、黒いものでも、『白』と言え!!」と言わんばかりに、今回もアメリカの軍事行動を肯定する。
ところが、アメリカの保守は必ずしも、このような立場の人ばかりとは限らない。
ジョージ・ブッシュに代表されるネオコン派(介入主義)は「アメリカは世界の警察であり、国際社会の秩序を維持するためには、積極的に軍事力を行使する必要がある」という立場を取ることが多い。
これについては、日本の保守派と近いスタンスと言える。
しかし、保守派の中にも、海外への軍事介入に強い疑問を持つ人も少なくない。
それは「非介入主義」、または「アメリカ・ファースト」と呼ばれる思想である。
典型的なのがドナルド・トランプの主張である。
彼は選挙期間中から
「アメリカは世界の警察ではない」
「他国の争いにアメリカの税金や兵士を使うべきではない」
と繰り返し主張して、彼の支持者もこの意見に大いに共感した。
遠い海外のことなど気にする前に、先ずは国内問題を解決して、アメリカ人の暮らしを考えるべきという思想が根幹にある。
だが、今回のイラン攻撃に関しては、その方針と矛盾している。
つまり、「海外の戦争には関わらない」と言っていたはずの政権が、実際には中東で軍事行動を行っているのだ。
この言動不一致により、アメリカのイラン攻撃はアメリカ国内の保守派の中からも批判が出ているという。
日本で暮らしていると、「保守=戦争支持」と考えてしまいがちだが、アメリカではこのように「保守派」の中にもいろいろなスタンスがあるので、その点については注意しないといけない。
・それはあなたが最も嫌う人の常套句では?

もう一つ気になったのが、イランへの攻撃理由である。
アメリカ側は「イランの核兵器開発を阻止するための自衛的な行動」であると説明している。
つまり、イランが核兵器を完成させてしまえば、アメリカやイスラエルは重大な脅威にさらされる。
その前に危険を取り除く必要があるという理屈である。
しかし、このような「自衛のための先制攻撃」という考え方は、国際法の観点から見るとかなり微妙な問題を含んでいる。
現在の国際秩序では、国家が武力を行使することは原則として禁止されている。
例外として認められるのは、国連安全保障理事会の決議による場合か、あるいは他国から武力攻撃を受けた場合の自衛権である。
…というのが、政治や国際問題の話なのだが、私が気になったのはそのような専門的な話ではなく、もっと単純な「脅威を感じるから、自衛のための先制攻撃」という言葉が出て来たことである。
この言葉は2003年のイラク戦争の時も聞かれたことであり、その主張の賛否については論じるつもりはない。
だが、私はこの言葉を国防や国際紛争とは全く別の場面で使われていたことを思い出した。
それは、日本のインターネット空間でジェンダー問題についての議論の場である。
近年、日本ではSNS、とりわけXなどで「フェミニスト」を自称する人々による過激な言説が目立つようになっている。
もちろんフェミニズムそのものは女性の権利を主張する思想であり、それ自体は特別なものではない。
しかし、問題になっているのは、その中でも特に過激な主張をする一部の人々である。
彼らの主張を見ていると、しばしば「おじさん叩き」と呼ばれるような内容が登場する。
中年男性を一括りにして、「キモい、汚い」という嫌悪感を表す言葉に留まらず、「女性にとって危険な存在だ」と断定するような言葉が並ぶ。
そして、その理由として、
「女性は常におじさんからの脅威にさらされている」
「自分たちは身を守るために活動しているのだ」
という説明がなされる。
つまり、「相手が危険な存在かもしれない」という前提を置き、その脅威が現実化する前に攻撃することを正当化する。
それって、さあ・・・
アメリカがイランやイラクを攻撃する時に使った「自衛のための先制攻撃」という説明と同じじゃないの?
不思議なのは、こうした過激派フェミと武力行使を支持するマッチョな「保守派」は不倶戴天の敵であること。
普段はお互いに憎しみ合っているはずなのに同じ理屈を主張するって、どんな皮肉なんでしょう(笑)
対話を拒否して、すぐに暴力に訴える姿勢もよく似ている。
さらに興味深いのは、過激派のもう一つの常套句である「女性が被害を受けたと感じたら、それはすべてセクハラである」という言い方である。
もちろん、実際にセクハラ被害が存在することは疑いないが、「感じたかどうか」だけを基準にしてすべてを判断するという考え方は正しいとは思えないし、こうした考えには批判の声も少なくない。
そして、その主張に最も異を唱えているであろう人たちが、
「専守防衛なんてくだらん!!」
「自分たちが脅威を感じたら、それは侵略行為である」
「やられる前に躊躇なく敵基地攻撃を!!」
と言って軍事行動を正当化するのである。
「争いは同じレベルの間でしか起きない」という言葉を聞いたことがあるが、まさにその通りなのかもしれない。
差別や偏見に満ちて男性叩きを繰り返すツイフェミには「お前の頭はトランプか?」、侵略戦争肯定派には「お前の頭はクソフェミか?」と言ったら、互いに少しはお利口になるかもしれない。
・理想郷を破壊されたのになぜか喜ぶ

さらに奇妙な現象は続く。
日本のネット空間には、イランの最高権力者だったハメネイ師が反政府活動を弾圧したり、女性の権利を徹底的に奪う極悪非道の指導者であることを根拠に、
「アメリカの攻撃のおかげで、イラン国民は暴君から解放されたんだ!!」
「国際社会がどんなに綺麗ごとを言おうが、イラン国内ではハメネイ師の失脚を歓迎する声が大きい」
という理屈を根拠にアメリカを擁護する自称「保守」派もいる。
一見すると、とても人権・人命尊重派の立場を取っている気がするが、これまたよくよく考えるとおかしな話である。
なぜなら、彼らは普段、(日本)政府や社会に対して批判的な人のことを
「日本を悪く言う奴は反日だ!!」
「嫌なら日本から出ていけ!!」
と攻撃的な言葉で罵り、女性の社会進出や選択的夫婦別姓に断固として反対し、男性家長が一家の大黒柱として働き、女性が家を守るという「伝統的な」価値観に固執して、日本社会の遅れを批判する国連を悪の圧力団体とみなしている。
そんな彼らにとっては、アメリカなんかよりも、イランの方がよっぽど理想の社会であるはずである。
そんな理想郷が攻撃されて、なんで喜んでいるんでしょうかね?
このような状況を見ていると、ふと疑問が浮かぶ。
果たして「思想」や「イデオロギー」というものは、現実世界では本当に意味があるのだろうか?
人はしばしば、自分の立場に都合の良い理屈を後から見つけてくる。
そして、その理屈をあたかも普遍的な正義であるかのように語る。
けれども実際には、その論理は状況によって簡単に入れ替わる。
今回のイラン攻撃をめぐる議論を見ていると、そんなことを強く感じた。
思想の違いをめぐる激しい論争の裏側で、人間の思考のパターンは案外似たものなのかもしれない。









