反フェミニストが専業主婦希望の女性を叩くパラドクス

私は、「日本的」と呼ばれることの多い男が一家の大黒柱として正社員で働き、女は家庭を支える専業主婦になるという性別役割分業モデルが好きではない。

したがって、「専業主婦になりたいから結婚する」という動機を前面に出す女性に対しても、好意的な感情を抱いていない。

それは女性蔑視や女性嫌悪からではなく、このモデルが個人の生き方を過度に固定し、男女双方にとって息苦しい社会を生み出してきたと考えているからである。

自分の価値観で他人の結婚動機をとやかく言うことは不適切だとは重々承知しているが、立場や論理においては一貫性を持たせているつもりである。

しかし、近年のネット空間で流通している「専業主婦希望女性叩き」には、どうしても看過できない強い違和感がある。

・なぜか理想の女性を攻撃している

ブログやYouTube、ニュースサイトのコメント欄を見渡すと、結婚して専業主婦になりたいから、高収入の男性と結婚したいと願う女性を嘲笑や軽蔑の対象として描くコンテンツが数多く存在している。

そこでは彼女たちは、

身の程をわきまえない

わがままで高望み

男を給料運び屋としか見ていない

結婚できずに年だけ重ねていく哀れな存在

といった形で、執拗に貶められる。

そうした批判は私自身も同意する点はある

経済的条件だけを前提に結婚を語る姿勢が、健全なパートナーシップを生むとは思えないからだ。

ところが、問題はそこから先にある。

こうした専業主婦希望女性を叩く人々の過去の発言や動画、記事を辿っていくと、多くの場合、彼らが明確にアンチフェミニストの立場を取っていることが分かる。

「男女平等反対!!

女性の社会進出反対!!

選択的夫婦別姓反対!!

「フェミニストは日本を破壊する!!」

といった主張を展開しているケースは、決して珍しくない。

彼らは表向きには「伝統的家族観」や「日本的価値観」を擁護しているように見える人々である。

先程のような専業主婦希望で高年収男性を求める女性も、しばしば「フェミニスト」と呼ばれ、批判されている。

しかし、冷静に考えれば、この呼称は明らかにおかしい。

「結婚したら専業主婦になりたい」と考えている女性は、男女の役割分業を前提としており女性の社会進出を求めておらず経済的自立よりも家庭内役割を重視している

それは一般的に想定されるフェミニズムとは真逆の立場である。

それにもかかわらず、彼女たちは「フェミニスト」と名指しされ、攻撃の対象になっている。

本来なら、彼らにとって「理想の女性像」ではないのか

ここで大きな矛盾が生じる。

ある時は「女の社会進出なんてお笑いだ!!(=女は家庭に入って夫を支えろ)」と言いながら、またある時は「専業主婦希望の女は甘えている!!(=てめえも稼げ!)」と叩く。

当たらない上にしれ~と予報を変える天気予報並みに立場がブレブレではないか?

・思想よりもプライドを優先

アンチフェミニストの主張をそのまま受け取るなら、結婚したら専業主婦になって家庭に入りたいと願う女性こそ、彼らが理想として掲げてきた女性像そのものであるはずだ。

男が外で稼ぎ女が家庭を守るというモデルを肯定するなら、彼女たちを応援こそすれ、罵倒する理由など存在しない。

むしろ、「妻にも正社員として働いてほしい」などと言う甲斐性がない現代の日本男児を一喝し、社会でお金を稼ぐ大変さも、家庭を守る大切さも知らずに「仕事と家庭を両立させたい」などと甘ったれたことを言う女性を叱りつけて 女性の社会参加などという愚行を推し進める政治家や官僚を打倒するという点で、専業主婦志向の女性とアンチフェミニストは、目的を共有しているとすら言える。

論理的には、共に手を取り合うのが筋である。

それにもかかわらず、共闘関係は成立しない。

なぜか。

彼らが守りたいのは、伝統的家族そのものではなく、「自分より下にいる女」というポジションに過ぎないからである

この視点に立つと、彼らの行動は一貫しているように見える

彼らは「男性と同じように働くなんて無理です〜」 と白旗を上げ、男性の庇護下に入る形で専業主婦になる女性は大歓迎だ

彼女たちは、相手を選別せず条件を提示せず男性の価値を疑わない存在として振る舞う。

一方で、「専業主婦になりたいから、高収入の男性と結婚したい」と語る女性は、相手を選別し条件を出し男性を比較するという立場に立つ。

この瞬間、彼女たちは「保護される存在」ではなく、「選ぶ側」になる。

それが彼らにとって、決定的に許しがたいのだろう

表向きには同じ価値観を掲げていても、自分が選ばれる側に立てるか?」、「自分が優位に立てるか?」という感情が脅かされると、思想的一貫性は簡単に崩れる。

だから、思想的に正しくても、感情が邪魔をして共闘関係を築けない。

これが、アンチフェミニズムを掲げながら、専業主婦希望の女性と共闘するのではなく、叩いてしまう矛盾の正体である。

この文脈で理解すれば、彼らにとってフェミニストとは何か?」という問いの答えも見えてくる。

それは思想カテゴリではない。

「自分を不快にさせた女」を一括処理するための、感情ラベルにすぎない。

だから、専業主婦希望でも社会進出希望でも関係なく「フェミニスト」になる。

「専業主婦になりたいから、高収入の男性と結婚したいけど、だけど婚活が上手くいかない人」と「女性の地位に甘んじることなく、男性並みにバリバリ働こうとしたけど挫折した女性」という一見すると正反対の立ち位置にいる人たちでも、彼らにとっては一律に「調子に乗って男に楯突いたフェミの末路」として嘲笑う対象になるのだ。

・韓国に心酔する女性を嫌いながら韓国人男性との結婚に激怒する謎

うした構造は、国籍の話題になると、さらに露骨に表れる。

日本人女性との結婚を目指す韓国人男性に対する嫌悪は、その典型例だ。

私には韓国人の友人がいるのだが、彼はこれまでも、結婚相手を探すために韓国人男性と日本人女性のお見合いパーティーへの参加や、日韓交流マッチングアプリの利用を試みた。

その度には私は大反対してきた。

理由は「外国人と結婚した~い」と願っている者は、性別、国籍問わず、自国民から相手にされず、その責任をすべて自国の異性に押し付ける他責思考の人間だからであることが圧倒的にあることが多いからである。

友人である彼にはそんな相手と結婚してもらいたくない。

しかし、韓国人男性と日本人女性の結婚を斡旋する団体は少なくないことから、こうした出会いの需要は間違いなく存在しているのだろう。

彼の記事を書く際にそのようなサービスを少し覗いてみることにしたら、このような動画を見つけた。

日本で婚活する韓国人男性急増 “結婚相手が見つかるまで何回も来日” 結婚相談所に申し込み殺到|TBS NEWS DIG

いつもであれば、動画を埋め込むところだが、今回注目したいのはコメント欄なので、あえてURLを貼っている。

35歳の韓国人男性が日本人女性と結婚したいと考えて、お見合いのために来日。

彼によると韓国の結婚文化では、男性が家を用意するのが当たり前で、それが結婚の足枷になっている。

日本人女性との結婚であれば経済的負担も減少して、「一緒に頑張ろう」と言ってくれる姿勢もあるので(本当か?)、彼のように日本人女性と結婚することを希望している男性も増えているよう。

この動画に対して、多くの批判(というか激昂)コメントが集まっている。

「『安く済むから』なんて日本人女性に失礼だ!!」

「女を安く買うという発想が家父長制による女性蔑視だ!!」

「暴力と暴言で女を支配しようとする魂胆が見え見えだ!!」

「どうせ付き合う時は優しくても、結婚したら本性を現す!!」

「なんで日本女性を見下している姿を楽しそうに報道するんだ!?」

といった具合で、賛同コメントを探す方が難しい。

それ程までに「日本人女性と結婚しようとする韓国人男性」への嫌悪感は凄まじい。

しかし、よくよく考えるとおかしな話だ。

YouTubeには、韓国に対して異常な敵意を示しあらゆる分野で日本は韓国に勝っていると誇示しK-POPや韓国男性アイドルに熱を上げて、「韓国の男性は素敵~♡」とメロメロになっている日本人女性を哀れみ、彼女たちを自国の恥のようにみなし「日本から出ていけ!」と貶すコメントが溢れている。

ということは、そんな劣等国である韓国文化になど傾倒している浅はかで、国辱で、尻軽な彼女たちを嫁として引き取ってくれる上に、現実の韓国の厳しさを叩き込んで、幻想から目覚めさせてくれる韓国人男性は、彼らにとって感謝すべき存在であり、非難される理由全くないはずである。

「不束者ですが、どうぞ面倒見てやってください」と言いながら、彼女たちを快く送り出してあげれば良い。

普段は韓国を褒めるような人を「在日だ!!」、「日本人じゃない!!」と罵倒しているのだから、そんな彼女たちが韓国人と結婚して、日本から出て行くことは彼らにも望ましいに違いない。

だが、実際には、

家父長制的思考だ

女性を見下している!!」

と、なぜか普段は自分たちを嘲笑している人たちの常套句を持ち出して猛反発する。

どうしてかな~?

ここでも、彼らにとって重要なのは、論理性や一貫性よりも、彼女たちが「自分ではなく、見下している韓国人男性」を結婚相手として選んだという事実への怒りの方なのだ

重要なのは国籍でも思想でもない。

自分の自尊心が傷ついたかどうか?」

ただそれだけである。

・男性原罪論批判と同型の誤り

このような状況を踏まえると、彼らにとって重要なのは、論理の筋思想的一貫性ではない。

自尊心の保全である。

思想や価値観は、そのための道具にすぎない。

「フェミニスト」を自称する過激派が、「男性というだけで罪」、「すべての罪の原因は男にある」という「男性原罪論」を展開して、その度にアンチフェミニストから厳しく批判されている。

私もその批判自体は正しいと思っている

不当な一般化であり、差別的だからだ。

しかし、専業主婦希望の女性も社会進出を望む女性も、自分の自尊心を脅かす女性を「フェミニスト」とレッテルを貼って、一括りにして叩く彼らの節操のない態度は、構造的に同じ過ちではないのか?

属性や立場で人を裁き、個別の言動を見ないという点で、両者は同じレベルなのである。

両者の言動は思想を語っているように見えて、実際には感情の処理しかしていないという点に尽きる。

立場や価値観に基づいて批判することと、自分の意に沿わないものを日頃から否定している立場に当てはめて、都合よく批判したり、嘲笑することは別である。

その区別が失われたとき、どんな思想も空洞化し、攻撃のための言葉に成り下がる。

アンチフェミニズムの専業主婦叩きというパラドクスは、その典型例だと言えるだろう。

スポンサーリンク