
先日のことである。
毎日ネットで視聴していた昼ドラを最終話まで見終えたので、少しの間はYouTubeで動画を漁ることにした。
するとこんな動画を見つけた。
昭和43年(1968年)に製作された、国鉄の貨物輸送を特集した番組である。
半世紀以上前、日本の物流を支えていた人々の姿を記録した映像である。(プロジェクトX風に言う)
・日本の物流を支える人たち

番組のメインテーマは、オホーツク海と太平洋の境目付近で収穫された昆布が納沙布岬に陸揚げされ、それが貨車に積み込まれ、鹿児島まで運ばれるという壮大な物流の物語である。
北海道から本州へ渡るため、貨車は函館へ向かい、そこから青函連絡船に積み込まれて青森へ。
さらに日本海縦貫線を通り、吹田で九州方面行きの貨物列車に組成され、出発から一週間後、定刻通り鹿児島へ到着する。
当時はまだ蒸気機関車が現役で走っていた時代であり、物流の主役はトラックではなく鉄道だった。
映像に映るのは、運転士や車掌だけではない。
昆布を収穫する漁師、貨車に積み込む作業員、土砂崩れで不通となった路線の復旧にあたる職員、深夜に青函連絡船へ貨車を搬入する人々、操車場で入れ替え作業を行う作業員、終着駅で荷下ろしをする人たち。
さらに番組では、東北本線の複線化工事、弘前のりんご農場、塩釜港、野辺山の野菜畑、みかん農家、東京市場での鮮魚特急貨物列車の荷下ろしなど、全国各地の物流現場が紹介されていた。
おそらく番組制作者の意図は、「日本の物流はこれほど多くの人々によって支えられている」ということを伝えることだったのだろう。
貨物列車一本の背後には、数え切れない人の手がある。
その連鎖こそが経済を支えているのだ。
しかし、現代の視点でこの映像を見た私が感じたのは、少し違う印象だった。
そこに映っていたのは、今よりも不便で大変な労働環境の中でも、たくましく、生き生きと肉体労働をしている人々の姿だった。
空調の整っていない現場、重機が今ほど発達していない作業環境、週6日勤務が当たり前の時代。
蒸気機関車の煤にまみれ、重い荷を担ぎ、深夜にもかかわらず黙々と働く姿があった。
鹿児島へ到着する間近のシーンで、ナレーションが彼らを台詞が表現していたのが印象的だった。
「機関士や機関助士、運転車掌、彼らはあたかも貨物列車のような男たちだ」
「無駄話ひとつするわけでもなく、ただ黙々と働いている」
もちろん映像は演出されている。
苦しさや疲労は切り取られていない部分もあるだろう。
それでも、そこには確かな「労働の密度」があった。
身体を使い社会を物理的に動かしているという実感が画面越しにも伝わってきた。
その姿には鉄道ファンや昭和のノスタルジーに憧れている人でなくても、多くの人が心を動かされ、見入ってしまうことだろう。
・どこが人生イージーモードやねん?

よく聞く言説でこんなものがある。
「当時は年功序列や終身雇用があり、明日への希望があったから頑張れた!」
この映像が撮影された1968年(昭和43年)は、まさにそうした将来の希望が溢れていたとされる時代だったのだろう。
しかし、映像に映っていた人々は、本当にその世界の住人だったのだろうか?
都市部の大企業に勤める正社員男性であれば、その恩恵を受けていたかもしれない。
だが、漁師や農家、港湾労働者、操車場の作業員、深夜に荷役を行う人々は、必ずしも「終身雇用の安定モデル」の中にいたわけではない。
農家や養鶏所では女性も多く働いていた。
「私は女だから、結婚して男に養ってもらうもん!」なんて甘ったれた考えではなく、家族総出で生産を支える姿があった。
彼らにとっての「安定」は、会社制度ではなく、身体と地域と家族の結びつきだったのではないか?
「昔は今よりも人生がイージーモードだった」と語る人がいる。
「経済が成長し続け、給料が上がり、将来が明るかったから、どんなに無能でも生きていけたんだ!」
しかし、その言葉を口にする人がタイムマシンでこの時代に降り立ったらどうなるだろうか?
週6日勤務、長時間労働、空調も乏しい現場、和式トイレ中心の衛生環境、情報インフラの未整備。
そして、多くの仕事は肉体労働。
スマートフォンもインターネットもない。
冷暖房の効いたオフィスや完全週休二日に慣れた身体の人が、この環境に適応できるだろうか。
おそらく多くの人は、数日で音を上げるだろう。
ノスタルジーは観光なら成立するが、定住となれば話は別である。
我々が昭和の労働者たちから学ぶ姿は「昔は将来の明るい見通しがあったから、頑張れた」という幻想ではなく、そんなものなくても、前を向き、ひたむきに体を動かすことではないのか?
・一番動画を見せたい人たち

前回の記事で触れたが、この国には「肉体労働に外国人の受け入れなど不要だ」と豪語する人たちがいる。
彼らは「高度成長期からバブル崩壊前までの日本は世界中から尊敬される素晴らしい国だった」と主張することが多い。
確かにあの時代、日本は急速な経済発展を遂げた。
しかし、その土台を支えたのは、映像に映るような無数の現場労働者である。
もし本気で「昔の日本」への復権を訴えるのであらば、彼らにはぜひこの動画に登場する人々を見習ってほしい。
年功序列や終身雇用といった制度的保障がなくとも、肉体労働や深夜労働を黙々と引き受け、外国人には真似できない正確で丁寧で時間厳守の作業を自らの身体で行っていただきたい。
かつての貨物列車を運転する人たちのように、ネットで文句を垂れるなどの無駄話は一切せずに、ただ黙々と働く。
理想を語るなら、その理想の重さも引き受けるべきであり、彼らはきっと喜んで働いてくれることだろう。
昭和の日本が持っていた活力を否定するつもりはない。
しかし、その活力は決して「イージーモード」の上に築かれたものではなかった。
そこには汗と煤と深夜作業と、無名の人々の積み重ねがあった。
あの映像を見て私が感じたのは、懐かしさ以上に、「理想を語るなら、現実を直視せよ」というメッセージだった。
過去を尊敬するなら、そこにいた人々の労働の重みも同時に尊敬するべきである。
そうした尊敬の念と覚悟がある者だけが、「あの頃に戻るべきだ!」と主張すべきではないのか?
そして、今を生きる私たちが目指すべきは、過去への回帰ではなく、その経験を踏まえた上でのより良い社会の構築ではないだろうか。









