
先週の休日の昼、最寄りのマクドナルドで昼食を取ろうとした。
何が何でも「マクドナルドを食べたい!!」という動機があったわけではなく、単に買い物のついでだった。
店に入ると、予想通りかなりの混雑である。
お昼時だから仕方ない。
セルフレジに並びながら注文操作をしていると、スタッフが大声がこんな呼びかけをした。
「ただ今、店内は大変混雑しておりますので、早めにお座席の確保をお願いします!!」
セルフレジと有人レジは近い距離にあるんだから、そんな大声を出さなくても、全員に聞こえるって…
彼のやけに切迫して注意喚起にはそんな感想を抱いた。
・店員は誰に向けて注意しているのか?

注文を終えた私は番号札を取って、すぐに席を確保しようとした。
確かに席はほぼ埋まっている。
しかし、店内を見渡していると、別の意味で「ああ、やっぱりか…」と感じた。
店内は主食であるハンバーガーを食べている人よりも、ドリンク一杯だけを置いて、ノートパソコンで作業しているバカ、分厚い本を読んでいるアホ、スマホを充電しながら動画を見ているカスに占領されている。
要するに、食事の場というより無料ラウンジのような使われ方をしていた。
私は運よく、残り2席というギリギリのタイミングで席を確保できた。
だが、その直後には、注文を終えたにもかかわらず座れずに立ち尽くす客が何人も出てきた。
その光景を見て、先程のスタッフの大声の呼びかけの意味が腑に落ちた。
あれは決して「これから注文する人は先に席を取ってください」という案内ではなかったのだろう。
本音は長時間店内を占領している客に向けて、こう言いたかったのだ。
「他の客が困るから、食べ終わったらさっさと出ていけ!!」
もちろん、そんな言い方はできない。
あのような大バカ者は「自分が悪いことをしている」などとは微塵も思っていないため、直接注意すればクレームになったり、SNSで炎上させようとすることは火を見るより明らかだ。
だから、あんな形でしか訴えざるを得ない。
その歯切れの悪さが、かえって状況の深刻さを物語っていた。
・コンビニの入口に群れる暴走族と同じ

そもそも、私には、他の客が明らかに席の確保に苦労するであろう混雑する時間帯に、ドリンク一杯で平然と長時間居座れる神経が理解できない。
もちろん、店としては禁止していない。
ルール違反でもない。
だが、「許されている」と「迷惑ではない」は同義ではない。
それでも彼らは、悪びれる様子もなく画面を見続け、本を読み続ける。
自分が誰かの機会を奪っているという想像は、最初から存在しないかのようだった。
店側が対策に動くのは時間の問題だ。
そうなれば、おそらくこんな対策が打ち出されるだろう。
- 混雑時の時間制限
- コンセントの撤去
- 店内飲食の追加料金
- そもそも店内飲食をやめる
迷惑客のせいで、「快適だった空間」が削られていくのは、いつもこの流れだ。
こんなことになるのなら、迷惑を出入り禁止にすることで、店内のサービス水準を維持してほしい。
実際、数年前に相模原市で、地元の中学生があまりにもやりたい放題していることに業を煮やしたマクドナルドが該当中学校の生徒を一律に出入り禁止にする旨を掲示した。
この件では、ネットで多くの支持が集まったではないか?
加害者たちは「自分は悪いことはしていない!!」と被害者ヅラをするだろうが、甚だ考え違いである。
あいつらの存在はどんなに良く例えても、田舎のコンビニの入口にたむろしているヤンキーか暴走族レベルだろう。
彼らを見て、「ダサい!!」、「カッコ悪い!!」、「他の客の迷惑!!」と言わずに、気持ちに寄り添える人だけが、飲食後やドリンク一杯で長居する客を擁護してください。
・モラルの低い客が廃止の一因となった飲食スペース

この光景を見ていて、以前聞いた話を思い出した。
昔は国鉄やJRの長距離列車の多くに食堂車が連結されていたが、今ではごく一部の団体観光列車を除いて姿を消した。
- 採算性の悪さ
- 人件費の高さ
- 長距離列車そのものの削減
- 移動時間の短縮による利用減
このように理由は一つではない。
それらと並んで語られるのが、迷惑客の存在である。
「指定席券を買うよりも、自由席券+食堂車での食事の方が安く済むから」
「窓側席が取れなかったけど、車窓を見たいから」
このような理由で食堂車を利用する客は、安い料理やドリンク一杯だけを注文して、目的地へ到着するまで席から離れようとしない。
その結果、回転率は落ち、採算は悪化。
純粋に食事を楽しみたい客も満席により利用できない。
こうして、「善意を前提にした運営」は成り立たなくなった。
今回のマクドナルドの光景は、その構図と驚くほど似ており、同じ道を辿るのではないかと感じている。
食事の場
↓
居座り客の発生
↓
回転率低下
↓
採算悪化
↓
廃止
違うのは時代だけで、起きていることは同じだ。
食堂車自体は夜行列車などで10年ほど前まで存在していたが、それらはいずれも事前に予約が必要だった。
予約なしで気軽に利用できる最後の食堂車は東海道・山陽新幹線で、それらは今から25年ほど前の2000年に営業を終えた。
平成と共に消え行く「車内販売」、昭和と共に去ったのは食堂車だった | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン
その頃はまだ小学生だった私は、食堂車を利用した経験はない。
だが、その様子は「楽しい旅の思い出」となるようなものではなく、先日マクドナルドで見かけたような迷惑客が幅を利かせるような、ため息をつきたくなるような光景だったのかもしれない。
「食堂車の廃止」と聞くと、「時代の流れ」や「あの頃は楽しかったな~」という思い出話に終始することが多いが、マクドナルドに大量に出現している迷惑客のことを考えると、そのような牧歌的なものではなく、腹黒い人間によって、多くの人間が迷惑して、一つの文化が消滅するという悲しい歴史を感じてしまう。
・それでも原因を作った者は反省しない

暗くなってきた話をさらに加速させるようだが、この流れを生み出したバカ者たちは、決して自分のせいだとは思わない。
もしも、マクドナルドが、コンセントの撤去、時間制限、店内飲食の廃止などのサービス縮小を行えば、彼らは自分がその原因の一部であるとは微塵も考えずにこんなことを嘆くだろう。
「利用者の声を無視した改悪だ!!」
「マックが急にケチになった!!」
「社会が冷たくなった!!」
いや、そうじゃなくて…
お前が原因だろ!?
もう10年以上前からだが、ネット上でこんな言説が多く見られるようになった。
「外国人が日本のルールを守らないせいで、多くの人が迷惑している」
「日本は世界一治安が良い国だったのに、外国人のせいで社会が破壊されている」
だが、今回のマクドナルドの件も含めて、私は正直こう思う。
よその国の人のモラルを悪く言っている場合か?
混雑した飲食店で居座っているのは誰なのか?
公共空間を好き勝手に使い倒しているのは誰なのか?
ネット上で「外国人悪玉論」を垂れ流す者は、口では「外国人だから日本のルールを守らない」と言っているものの、頭の中で目の前の光景をこう整理している。
-
ルールを守っている人 = 日本人
- ルールを守らない人 = 外国人
かつて、イラク戦争を風刺する四コマ漫画を見たことがある。
ゲリラを一掃するためにアメリカ軍が空爆を行ったが、それにより多くの市民が犠牲になることを批判された政府関係者はマスコミにこんな発表をする。
「我々は一般市民を巻き込むことなく、ゲリラのみを空爆しています」
当然、そんなことは不可能だと反発されるが、「それでは証拠をお見せしましょう」と言って、マスコミを連れて現地へ向かい、多くの人が犠牲になった街でこんな説明をする。
「死んでいるのがゲリラ、生き残っているのが一般市民です」
それを聞いた全員がズッコケる。
とんでもない暴論だが、「ルールを守らない人”が”外国人」と信じて疑わない者も、同じレベルの危険思想と言える。
こうした悪魔の囁きに耳を傾けた瞬間、「日本人である自分は、当然マナーを守っている」という自己認識が完成する。
その結果、混雑時に居座っても、他人が困っていても、「自分は常識的な側だ」と信じ続けられる。
先程の「混雑した飲食店に長時間居座っているのは誰なのか?」という私の問いかけに対しても、彼は迷うことなく「それは外国人だ!!」と答えるだろう。
質が悪いったらありゃしない。
今の社会は確実に性善説をやめつつある。
ルールは細かくなり、余白は削られ、サービスは減り、価格は上がる。
だが、そのきっかけを作った人たちは、自分が原因だとは夢にも思わず、今日もネットで「外国人によって日本の治安が脅かされている」と被害者意識に満ちた書き込みをしながら、混雑した店で平然と席を占拠しているのかもしれない。
社会が息苦しくなる理由は、案外とても身近なところにある。
そして、それは「自分は関係ない」と信じている人の数だけ、確実に増えていく。
性善説が終わる時、残るのは不自由さだけとなるであろう。









