奇跡的な偶然が重なって寝坊を回避する

今年の始め、火曜日についてこんな記事を書いた。

平日に仕事をしている人は、日曜の夜から月曜日の朝にかけて憂鬱な気持ちになる。

このブログでも取り上げた「サザエさん症候群」という言葉があるように、そのような人は決して少なくないと思われる。

ところが、私は月曜の朝よりも、火曜日の朝の方を警戒している。

なぜなら、しょっちゅう寝坊してしまうからである。

おそらく原因は、連休明けの仕事初日という疲れによるものだが、日曜日の夜になかなか寝付くことが出来ず、ついつい夜更かししてしまい、その反動で深い眠りに入ってしまうことも多い。

私は毎朝、携帯(以前使っていたガラケー)のアラームで目を覚まし、万が一起きられなかった時のために、その10分後に目覚まし時計のアラームが鳴るようセットしている。

普段は携帯のアラームだけでほぼほぼ起床できるが、火曜日だけは頻繁に寝過ごしてしまう。

夜になって、翌朝に備え携帯のアラームを確認すると、アラームは鳴ったが、停止のための操作がされなかったことを告げる通知が出ているので、設定ミスではなさそう。

こんな時は、毎晩「無駄だ」と思いながらも、保険のためにセットした目覚まし時計のアラームのおかげで何度も命拾いしている。

ところが、1年ほど前から、目覚まし時計の設定もうっかり忘れることが増えた。

おそらく、月曜の夜は眠りに就く前から頭がボーっとしており、目覚ましのセットも怠ってしまうのだろう。

一度、携帯のアラームに気付かなかっただけでなく、時計のアラームもセットし忘れてしまい、40分も寝坊してしまったことがあった。

辛うじて、定時に間に合ったが、あの時は本当に心臓が止まるかと思った。

またしてもそんな危険な朝を迎えそうになったが、思わぬ偶然で回避できた。

・意外な音で目が覚める

今週の火曜日、私は聞き慣れない音で目を覚ました。

その音とは、普段は置時計として使用している時計のアラームである。

私は枕元に一台、食事やパソコンを使う時に使うテーブルに上に1台の計2台の時計を所有している。

テーブルの上の時計はアラーム機能こそあるものの、完全に置時計となっているため、普段はアラームを鳴らさない。

しかも、その音が枕元ではなく、少し離れた場所から聞こえたので、鬱陶しいと感じながらも、起き上がって、スイッチをOFFにした。

そして、手に取った時計を見て、今の時刻が起床時間よりも15分遅いことに気付いた。

例によって、寝過ごしてしまったのだ。

この日も携帯のアラームは気付かずにスルーしてしまい、普段使っている時計はセットし忘れたのか、同じく気付けなかったのかは不明だが、私を起こすには至らなかった。

そんな中で、私を目覚めさせてくれたのが、テーブルの上の時計だったのである。

普段は目覚ましに使用しないこの時計のアラームを入れていたのは、いくつもの偶然が重なった結果である。

最初のきっかけは、日曜日の夕方のこと。

目覚まし時計の電池が切れていることに気付いた。

必要な電池は持ち合わせがなく、購入する必要がある。

その日は昼過ぎに買い物に出かけていたので、「その前に電池切れになっていたら、ついでに電池も買えたのに…」とタイミングが悪いことに苛立った。

普段から使用している時計が使えないことに不安を感じつつ、その日の夜は普段テーブルの上に置いている時計を目覚ましとして使用することにした。

翌朝はいつも通り、携帯のアラームだけで目が覚めたため、代打の時計を目覚ましとしての力を披露する場面はなかった。

イレギュラーな買い物はついつい忘れがちになるが、その日の仕事終わりに無事電池も購入できた。

ところが、帰宅直後はバタバタして、電池の取り替えは就寝直前まで忘れていた。

前日と同じく、代役の時計を手に取って、アラームを入れたところで、ようやく「あ、そういえば電池を買ったんだった」と気付いて、電池を交換。

普段と同じように、こちらの時計を目覚ましとしてセットして、もう一つの時計はテーブルの上に戻した。

これで、翌日はいつもと同じ朝を迎えるはずだった。

・どれか一つでも欠けていたら生まれなかった奇跡

だが、翌日の私が普段と同じ朝を迎えることが出来なかったのは前段で触れた通りである。

昨日、電池交換に気を取られて、アラームを切り忘れてしまったが、そのおかげで、15分の寝坊で済んだ。

目覚まし時計は単にセットし忘れただけならともかく、もしかしたら、鳴っていたものの無意識にスイッチを切っていた可能性もある。

万が一、後者だった場合、ほんの少しでもタイミングがズレていたら、私は起きられなかっただろう。

  • もし、テーブルの上の時計のアラームを切り忘れていなかったら…

  • もし、電池を買ったことを思い出さなくて、そのまま枕元に置いていたら…

  • もし、帰宅直後に電池を取り替えて、テーブルの上の時計のアラームを入れることすらなかったら…

  • もし、電池を買うことを忘れていたら…

  • もし、日曜日の夕方に電池切れにならなかったら…

どれか一つでも欠けていたら、枕元から離れた場所で、普段は聞き慣れない音が鳴って目を覚ますという絶妙な状況は生まれなかった。

その結果、私は寝坊により、仕事に遅刻するという大失態を犯していたかもしれない。

この記事に書いた通り、人の運命は些細な偶然で大きく変わるものである。

朝寝坊未遂から、不思議なことに思いを巡らせるのであった。

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