「日本人が英語を話せない理由」として「授業で文法ばかり教えていて会話を一切教えない」という理屈がよく挙げられる。
よく聞くもうひとつの話が、「授業中に日本語を使うことの弊害」である。
「英語は日本語を通して学ぶのではなく、とにかく英語を話すことでしか身に付かない!!」
「そのためには義務教育の段階から、授業中は日本語の使用を一切禁止すべきだ!!」
そんなことを声高に主張する人間もいるが、そんな理屈は机上の空論に終わると思う。
今日は私がそう思う理由を話させてもらいたい。
・英語ペラペラで同級生から尊敬の眼差しを浴びる
先日こんな夢を見た。
夢の中の私は中学3年生の時のクラスにいた。
どうやら今は英語の授業中らしい。
担当教師はお馴染みの日本人の先生(仮名:T氏)だが、日本語を一切使わずに英語で生徒に質問し、生徒一人ひとりが順番に答えている。
同級生は拙い英語ながらも、しっかりと自分の意見を伝えている。
いよいよ私の番が来た。
私は心臓の鼓動を感じるほど緊張しながらもサラリと答える。
同級生は拍手喝采、ある者は驚きながらこんなことを言う。
英検準1級を持っている私にかかれば、中学校の授業など屁みたいなものだ。
…といい気になったところで目が覚める。
「なんだ、夢か…」
これは夢の中の話であり、もちろん、現実にはこのようなことなど起こらなかった。
私が英検準1級を取得したのは20代半ばの時であり、中学生の時はI/My/Me/Mineの区別はもちろんのこと、一人称/二人称といった英語以前の知識すらサッパリだった。
中2の時は真面目に課題を提出していたことによるお情けもあり5段階評価の「3」を貰っていたが、3年になると人間関係で投げやりになり、そのような真面目さもなくなったことで、成績は「1」に落ちた。
当然、授業内容も理解できるはずがなく、夢で見たような、授業中にカッコよく英語で答えて、同級生から尊敬の眼差しを浴びるなど有り得なかった。
私が独学で英語を学ぶ決心をしたのが21歳の時。(その時の話はこちら)
その頃はまだ地元に住んでいたが、付き合いがある同級生は一人もおらず、後に再会することになる友人のマサル(仮名)を除いて、私が英語を勉強していたことを知る人間は一人もいない。
私は同窓会に参加するつもりはなく、唯一知っているマサルもあのような状態だから、独学で英語を身に着けた今の私の姿など今後誰も知ることはないだろう。
・退屈な授業だったけど感謝
私が中学生だったのは今から15年以上前である。
当時の授業の様子を細かく憶えているわけではないが、やっていたことは文法知識の説明を聞かされたり、フレーズの一部を取り替えてオリジナルの文章を作ったり、単語の書き取りというような至ってシンプルというか、他の教科と大きく相違ない内容だった気がする。
もちろん、授業内容は、たまに外国人の助っ人が参加することはあったものの、基本は日本人教師であるT氏が日本語で行っていた。
つまり、私が夢で見たような授業はありえなかった。
授業時間を一言で表すと「退屈」である。
しかし、今になって振り返ってみると当時の退屈な授業に感謝している。
その退屈な授業のおかげで、私はかろうじて「英語嫌い」で踏みとどまることができた。
もし、夢で見たように、日本語が一切使われず、その上、英語での発言を求められる授業だったら、英語が苦手だった私は完全にクラスの晒しものにされ、英語嫌いを通り越して、水泳の授業を完全にボイコットした時と同じく、英語の授業の時は保健室にでも逃亡していただろう。
当時の私が「英語で答えろ」と言われても、それは水泳の授業で「泳げ!!」と言われても、泳ぎ方を知らないから困ることと同じだからである。
私が「日本語を排して、英語だけで授業を行えば皆ペラペラになる」という主張が机上の空論だと考えているのは、彼らが英語が得意な児童・生徒だけを想定しているからである。
エリート(気取り)のお坊ちゃま・お嬢様の世界ならともかく、一般庶民の子どもからしたら、義務教育にそんなものを持ち込まれたら、英語の授業は体育の授業並みの弱肉強食の地獄絵図になり、ますますスクールカーストの格差が拡大することだろう。
彼らは学生時代から英語が得意で、夢の中の私と同じように自分が周囲から脚光を浴びる青写真しか想像できないのだろう。
「もしも、英語の授業で日本語の使用が禁止になったら、自分も体育が得意な同級生のように、周りからモテモテになるはずだ!!」
みたいな願望も込みで。
「英語が話せない日本人」という問題を本気で解決したいのなら、教育現場にケチをつける前に、「TOEICのように読み書きの試験で高得点を取れば、英語ペラペラ」みたいな意味不明な理屈を本気で信じているバカな大人の根性を叩き直すことが先だろう。
最後は今回の記事でブログ初登場となった当時の英語教師T氏について少しだけ話させてもらいたい。
彼女は私が2年生の時から英語の授業を担当することになった。
2年生の時は成績のことで温情をかけてもらったこともあり、比較的良好な関係だった。
しかし、3年生になった時は、クラス内の人間関係に加え、同じクラスのカンダ(仮名)(この記事に登場)と悪友としてつるみ、課題の提出もいい加減となったことで、完全に愛想を尽かされた。
しかも、間が悪いことに、そんな時に彼女は私のクラスの副担任を兼ねることになったのである。
当然、私は授業以外の面においても、彼女から要注意生徒としてマークされることになり、私の中で彼女は完全に「口煩い嫌なおばさん」と化した。
卒業前の最後の1年にそんな関係だったこともあり、私は卒業後も彼女に対して良い印象を持っていなかった。
だが、こうして振り返ってみると、彼女は私のように英語が得意ではなかった生徒にもきちんと配慮した授業を行っていたと感じている。
なお、彼女は私が中学を卒業した2年後に学校を去ることになった。
離任ではなく退職である。
元々、結婚して子どももいて、家庭と両立しながら働いていたようだが、「これ以上は無理」ということで、家庭に専念するために退職したらしい。
というわけど、今後、私が彼女と会う可能性は限りなくゼロであり、あの私が英検準1級を取得したことに驚いてもらうことも、感謝の気持ちを伝えることもできないだろう。
もっとも、彼女が教職を続けていたとしても、私は同窓会に参加するつもりはないから、一緒かもしれないけど。