日雇い派遣で見た世界④:地獄を生き抜くための希望

前回の記事で書いた日雇いの現場で酷い目に遭った時の話は、嫌な経験であったにせよ、今となっては笑い話のネタとなるものであった。

今日は日雇い労働で味わった笑い話にもできないほど悲惨な経験の話をしようと思う。

・毎日が初めての仕事なので体力的にも精神的にも疲れやすい

当たり前だが、日雇いの仕事はほとんどが初めての職場である。

そのため、毎日が入社初日のような経験を味わうことになる。

日雇いの仕事はほとんどが肉体労働であり、この作業に慣れるまでは体へ負担がかかることが多い。

しかも、その慣れとは単に「日頃から体を動かしています」というようなものではなく、その業務に特化した体の使い方でなければならない。

除草の仕事をしていた時に、ボクサーとして活動している人と一緒に働いたのだが、彼は体調不良を訴えて午前中で早退することになった。

その時は「この仕事はスポーツをやっている人にとってもこんなに大変なのか!?」と驚いたのだが、よくよく考えればそれは当たり前である。

ボクシングと除草では体の動かし方や負荷のかかる筋肉が全く異なる。

だから、彼のように普段から体を鍛えている人であっても「肉体労働は何でもこなせます!!」とはならないのである。

それから、分からないことだらけなので、何度も社員を探して聞きにいかなければならない。

前回の記事で紹介したような最悪な社員たちがいる職場でなくても、それを毎回聞きに行くことは精神的に疲労する。

仕事が終わった時は大して動いていないはずなのに物凄く疲れを感じることが多かった。

・交通費がどんどん消えていく

の記事に書いた通り、日雇いの仕事は都心部から離れた場所にあることが多いため、そのような職場へ行くと交通費が高くなる。

ちなみに、私は往復で1500円というのが最高額であった。

給料が即日手渡しなら、働いて得た金額が交通費を下回ることはないため、何とも思わないのだろうが、大半の職場は翌月払いである。

そのため、毎回10002000円程度の額をチャージしていると、「こんなに交通費を払うなんて、給料日までいくら貯金を使うことになるのだろう?」と不安になることが多かった。

・次の仕事先が気になってスマホから目が離せない

私が仕事を探す時は条件の良さそうなものに一日平均34件応募するのだが、この応募のバランスが意外と難しい。

手当たり次第に10社も20社も応募すれば、確実にどこかに引っかかるだろうが、そんなことをしたら、募集人員の割に応募者が少ない不人気な職場に回される確率が高い。

これを回避するために、最初は条件のいい職場に応募して、そこがダメなら条件の悪い職場でも妥協するという作戦を使ったのだが、その場合は第1希望の職場に採用されるかどうかは前日まで分からないことが多い。

そして、もしも希望の職場に採用されなかったら、すぐにキープしておいた別の職場に応募することになる。

そのため、電車で移動する時や休憩時間は常にスマホから目が離せなくなる。

実を言うと、これまで私は電車や職場の休憩時間では息を吐くようにスマホをいじる人のことを軽蔑していた。

しかし、この経験から「もしかしたら、あの人も当時の私と同じようにスマホの操作に生活がかかっているのではないか?」と思えるようになった。(おそらく大半はどうでもいい案件だろうが)

・仕事の準備に費やす時間が長い

繰り返しになるが、日雇いの仕事は遠隔地になることが多い。

そのため、必然的に通勤時間が長くなり、朝は早く起きなければならないことが多い。

しかし、早起きの理由は通勤時間の長さだけではない。

日雇いでは毎日、初めての場所へ行くため、途中で迷子になる可能性が高い。

電車の遅れの場合は自分の責任ではないため、遅刻の理由にもなるかもしれないが、「もしも遅れたら、その会社からは二度と紹介されなくなるのではないか」という不安もあった。

常勤の仕事であれば、普段は真面目に働くことで、たまに遅刻しても許されることはあるが、日雇いでは挽回の機会がない。

そのため、私は少なくとも30分前には到着できるように出発した。

…のだが、日雇い派遣では集合時間が仕事開始時間の30分前であることが多い。

しかもバスで通う職場は、待ち合わせの駅にやってくる送迎バスの最終便が始業時間の1時前である場所もあった。

会社は「職場まで直接歩いて行くのなら、10分前の到着でも構わないという方針なので、1時間前出社を強要しているわけではない」と逃げ道を用意しているようだが、これはあまりにも悪質だと思う。

これらの要因から、日雇いの仕事では開始時刻の2時間以上前から家を出発しなければならないことが多かった。

その上、帰宅したら、今度は翌日の仕事のために勤務地と通勤ルート、時刻を調べなければならない。

仕事で疲れた日にはこの作業がけっこうしんどい。

仕事に丸一日費やしているような感じで、家へ帰ったら英語の勉強をしたり読書をしたりする余裕は全くない。

・日雇いの仕事では生計を立てることが難しい

日雇いの日給は1万円もらえればラッキーでせいぜい18千円。

ちなみに、日雇い労働者は原則初めてそこで働く人たちなので、2時間に1015分程度の休憩を設けている職場が多い。

それは有難いことなのだが、休んだ分は給料が減ってしまう。

だから、東京都内の仕事でも、9時間拘束で日給が7000円代の仕事も多かった。

そして、毎日違う職場で働くとなると、頑張っても週4日程度が限度である。

そのため、給料は手取りでは月に15万も満たない。

これでは生活費は赤字になり、どんどん貯金が減っていく。

一方で、おそらく出費は普通に働いている時よりも増える。

先ほど説明した通り、日雇いの仕事では開始時刻の2時間以上前に家を出ることが多いため、自然と朝食は買い食いが増える。

また、毎回交通費をチャージする必要もあるため、財布の中の出費は1週間で1万円を超えていた。

・「いつまでこの生活が続くのか・・・」という絶望感

日雇いの仕事は経済的にも精神的にも安定しない。

その上、出費は増えるため、日雇いの仕事を続けても貯金はできない。

はっきり言って、続けたところでろくなことはないのだが、私が一番大変だと思うのは、この仕事をこなしながら就職活動をしている人たちである。

日雇いは仕事に入れるかが不確実であるため、なるべく早めに仕事を確保しておきたい。

しかし、詰めすぎると本命の仕事の面接へ行くための空きがなくなってしまう。

土日は基本的に面接に行かないから入り時だろうが、休日は学生とも仕事の枠を争うことになる。

そして、最も大変だと思うのは就職が上手くいかない度に「この生活がいつまで続くのか?」という不安と絶望感に満ちてしまう点である。

自分がこんな状況に陥れば、間違いなく頭がおかしくなるだろう。

私の場合は3週間乗り切れば次の定職に就くことができると分かっていたので、トンネルの出口は常に見えていた。

しかし、就職先のあてがなく、生計を立てるために日雇いで働いている人たちは私など比ではないほど、毎日がサバイバルだと思う。

・戦争モードと平和への希望

日雇いの仕事をしながら就職活動をする人のことを書いていると、私がかつてシェアハウスに住んでいた時の元同居人であるカメダ(仮名)のことを思い出した。

私が彼に「日雇い労働をしながら就職活動をすることは大変ではないか?」と何気なく聞いたらこんなことを言われた。

(元同居人)カメダ:「確かに仕事は大変で、何も食べない日もあるけど、今は戦争中だと思って生きているから意外と耐えられる

そうか。

安定した仕事に就くために、日雇いで食いつなぐことは戦争を生き抜くようなものなのか。

平和な時であれば、「いい仕事がしたい」、「楽しいことをして遊びたい」、「いい物を食べたい」と思って、それが満たされない現実に不満を感じてしまう。

だけど、戦争中は毎日生きることに必死なのだから、そんな高望みをする余裕はないし、辛いことがあっても「今は非常時なのだから、そんなことで落ち込んでいられない!!」と思って割り切ることができる。

それに戦争はあくまでも一時的なものなので、今は苦しくても、この生活が永久に続くわけではない。

戦争を生き抜けば必ず平和が訪れる。

その時が来ることを信じて、彼らは毎日必死に生き抜くのだろう。

彼らが日雇いの仕事を続けることができる唯一の支えは「今の苦しみはあくまで一時的なもので、この苦境を生き抜けば違う世界が待っている」という希望なのかもしれない。

彼らが少しでも早くこの地獄から抜け出せることを祈っている。

・まとめ

というわけで、就職活動をしている人ほど悲惨ではないにせよ、私は日雇いで働いた期間は体力的にも精神的にも苦しい思いをした。

ちなみに今回のシリーズのタイトルは元々「日雇い派遣で地獄を見た」にするつもりだった。

しかし、出口が見えずに日雇いで働いている人に比べれば、私のような経験を「地獄」と呼ぶにはあまりにもおこがましい。

5年前に日雇いで働いた時もある程度余裕があったため、そこまで仕事に入れ込む必要はなく、せいぜい小遣い稼ぎ程度の仕事だった。

だから、私は日雇いでつらい目に経験はあっても「地獄を見た」とまでは言えない。

とはいうものの、この期間の出来事は思い出したくないことの方が多く、今年の夏はつらい思い出と共に幕を閉じた。

日雇いで働いていた時だけではない。

その後の気持ちの整理にも時間がかかった。

この際、告白しておくが、9月以降にブログの更新が滞りがちになってしまったのは、9月から新しい仕事を始めたことと、日雇い労働の後遺症でブログに手が回らなかったからである。

日雇いの経験は出来れば封印したかったが、この記事で紹介したように日常的な苦痛はいずれ忘れてしまい、いい記憶だけが残ってしまう。

日雇いで働くのはもうコリゴリだが、そのうち、「日雇いの仕事をやっていた時はあんなに生き生きと働いていたのに…」と記憶が捻じ曲がる日が来ないとも限らない。

それは何としても避けたい。

だから、その痛みを忘れないうちに記録しておきたいと思いブログに書くことにした。