今の私は3年前に夢見た生活を実現できたのだろうか?

前回前々回の記事でも少し触れたが、今の私は求職中であり、先日、派遣会社から紹介された企業へ職場見学に行った。

その際に営業担当から勤務地、勤務時間、職務内容、時給などの労働条件が記載されている用紙を受け取った。

内容を確認していると、気になる項目があった。

「最長契約期間:202412月」

これは「この仕事はどんなに長くても2024年の12月までしか契約更新の可能性はありませんよ」という意味で、その日は「抵触日」と呼ばれることもある。

派遣の抵触日とは|人材派遣のお仕事なら【スタッフサービス】

一般的に派遣期間は最長3年であり、同じ職場では派遣社員として3年以上働くことができない。

3年を過ぎると派遣先の直接雇用に切り替わるか、職場を去らなければならない。

今回応募した仕事が2022年の1月からスタートする案件だったため、その職場で派遣社員として働くのはどんなに長くても3年後の202412月までとなる。

今日は202412月という数字を見て考えたことについて話をしたい。

3年後は何をやっているのだろうか?

202412月は今から3年後である。

大人にとって3年などあっという間だが、「あなたは今から3年後、どんなことをやっていると思うか?」と聞かれて、即答できる人は多くないだろう。

私もそうである。

ただ、何となく

「その時は3X歳になっているから、仕事に就くのは今以上に厳しくなるだろう…」

と悲観している。

だが、実は私にとって、「3年後は一体何をやっているのだろうか?」と想像するのは初めてではない。

今からちょうど3年前の2018年も全く同じ状況だった。

当時の私はスキルアップのために、東京へ出てきて最初に就いた仕事を退職する決意をして、次の仕事を探していた。

その時も今と同じく派遣の仕事を探しており、今回同様に労働条件が記載された用紙を渡された。

その用紙に書かれていた契約期限の上限は202112月、つまり、今である。

この時も「3年後の自分は一体どんな暮らしをしているのだろう?」と考えていた。

ちなみにその時応募した案件は、長期の一般事務で、時給は1600円、土日祝日休みだった。

これまで、働いた仕事の最高時給は1300円で、数ヶ月の短期の仕事を除いて、土日祝日が休みの職場で働いたこともなかった。

そして、事務職も未経験だった。

そんな私にとって、この仕事は喉から手が出るくらい欲しかった。

これまで憧れていた事務職で働けるだけでなく、土日が休みのため、休日は人と予定を合わせやすくなるだろうし、給料が大きく上がるため貯金も増えるだろうし、今よりもいい住居に引っ越しているかもしれない。

「もしも、この仕事に採用され、長期で続けることができたら、契約が満了になる2021年の12月には今と全く別の暮らしをしているだろうなあ…」

そんな期待に胸を膨らませていた。

・仕事の達成度は30

3年前はこのような明るい未来を描いていたわけだが、今の私は当時期待していた生活を送っているのだろうか?

仕事について言えば、当時の期待に対して30点の出来である。

3年前に応募した案件に採用されることはなかったが、事務職を経験することはできた。

それなりに、スキルと経験を積むことができたし、今では「事務経験必須」と書かれた仕事にも迷うことなく応募できる。

また、時給1600円以上の仕事に就いていたこともある。

この2点においては「当時の希望を叶えることはできた」と言っていいだろう。

しかし、この3年間は常にそのような好条件の職場で働いていたわけではない。

初めて事務職に就いた時は大きく挫折したし、日雇い生活を経験したこともある。

無職期間もあったため、貯金を増やすこともできなかった。

率直に言って、「仕事」単体では30点どころか、10点や5点なのかもしれないが、この3年間で借金生活を送ったり、一度も親に援助を求めることもなかったため、「経済的自立(くらい)は保てた」という意味で30点にした。

・生活の質の向上はもっと低い

それでは、仕事以外の生活面についてはどうだろうか?

貯金を増やせなかった以上、住まいは(東京23区内とはいえ)最寄り駅から徒歩15分の場所にあるワンルームアパートのままである。

入居当初はこのアパートに長居するつもりはなかったため、家具・家電は布団、本棚、冷蔵庫、洗濯用品、調理器具など最低限の物しか揃えなかった。

あまり多くを買い揃えると、引っ越しの時に困ってしまう。

アパートを借りる前は、半年以上シェアハウスで生活していたため、特に不便を感じたことはなかった。

そんなわけで、この3年間は壊れたやかんとポットの代わりとして電気給湯器を買い足しただけで、それ以外の家電用品は全く購入しなかった。

だが、この生活が3年以上続くと、さすがにしんどくなってきた。

こんな狭くて何もない自宅に知人を招くことを躊躇したことも少なくなかった。

もっとも、来訪者自体がほとんどいなかったからそこまで問題にはならなかったが…

ちなみに、3年前の201812月といえば、ちょうどこのブログを始めた時期でもある。

その時は、取得してしまったドメインとサーバーを有効活用する目的で始めたが、次第に数人の仲間を作って、「楽しく運営ができたらなあ…」というささやかな願いがあった。

ブログ開設前の詳しい状況や心境、期待についてはこちらの記事をご覧いただきたい。

しかし、(ブログ仲間とか関係なしに)休日に顔を合わせる友人など一人もできなかったため、その願いも実現できずにいる。

3年前と比べると、低下こそしていないものの、進歩が全くないため、「生活の質の向上」に関しては「0点」だろう。

10年どころか、3年先のことも不透明

このように仕事の面でも、私生活の面でも、3年前に期待していたことはほとんど実現できずにいる。

もっとも、経済的に破産したり、泣く泣く実家へ引き上げたりすることもなかったため、期待外れであっても、最低限の水準は守ることはできたと言えるかもしれないが…

これから、3年後の202412月は一体、どんな生活をしているのだろうか?

先日、職場見学へ行った会社に採用されれば、ある程度の見通しは立つが、この記事を投稿した時点では、まだ返事を貰えていない。

昨年の夏に、10年前の思い出を振り返りながら、10年後への思いを膨らませていたが(その時の記事はこちら)、今改めて思うのは、「10年どころか、3年先ですら、全く想像できない」ということである。

未来のことは不透明だが、それはきっと些細な偶然で大きく変わることだろう。

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