「自分」という一人称を使う時に感じる気まずさ

このブログで何度か私と年が近く日本語が得意な韓国人男性が登場したことがある。(登場記事:

そんな彼が先日、日本語に関する面白い話をしてくれた。

・ビジネスの場で「自分」はNG

彼は私にこんなことを尋ねた。

「ビジネスの場で『自分』という一人称を使うことはおかしなことなのか?」

以前、彼が職場で自分のことを「自分」と呼んだところ、

「基本がなっていない」

「日本人の上司はそれを許さないだろう」

「お前みたいな奴らが言葉を乱すんだ!!」

などと罵詈雑言を浴びせられたことがあったらしい。

そのことについて上司に相談すると、こんなことを言われたらしい。

「たしかに、ビジネスでは『わたくし』が一般的だが、『自分』を使うことはマナー違反ではないし、日本人でも使う人は結構いるよ。だけど、少し硬い印象を与える恐れがあるかな」

このようなどっちつかずの回答に納得できなかった彼は、日本人の私にも意見を求めてきたのである。

それについて私の意見を述べると、

・ビジネスの場で相手が「自分」という一人称を使っても私は全然気にしない。

・実際に、私も職場で自分のことを「自分」と呼んだことがある。

・だから、「自分」の使用は全然問題ないと思っている。

・だが、私はこれまで、社外の人に対して「自分」という一人称を使ったことはないため、無意識の内に不適切と考えているのではないかと思っている。

このように、結局、彼の上司と同じく微妙な回答になってしまった。

この答えでは、彼は満足しないだろう。

そう思って、

「なぜ私はあの時、職場で『僕』でも『私』でもなく、『自分』という一人称を使ったのか?」

について深堀してみることにした。

・職場で「私」と言えなかった相手

結論から言うと、私は相手との距離が上手く把握できない時、もしくは意図的にぼやかしたい時に「自分」という一人称を使っていた。

もう10年以上前のことだが、あるテレビ番組で「『君』、『あなた』といった二人称は分かるけど、一人称の使い分けが分からない」と悩む外国人(男性)にこんなアドバイスをしていたのを見たことがある。

「一人称は二人称とセットで使い分ければいい」

一人称と二人称のセットとはこのよう具合である。

・あなた:私

・君:僕

・お前:俺

「あなた」と呼ぶ相手は丁寧に接しなければならないため「私」を使う。

相手を「君」と呼ぶ時は友達関係だから「僕」で大丈夫。

「お前」と呼べるほど親しい相手に対しては距離感ゼロでいいので「俺」と言っていい。(最近は、親しい間柄であっても「お前」と呼ばれることを嫌う人も少なくないが)

このように、「私」、「僕」、「俺」はどのような相手に使うべきかがはっきりと分かる。

実際に私は、20代前半のような若い時こそ、職場で「僕」を使うことが多かったが、今では完全に「私」一択である。

20代後半になると、年下の人と共に働くことが増えるが、幸い(?)、非正規の仕事を転々としている私は、「後輩」と呼べる存在ができることはないので、年下の相手であっても、ですます口調で話し、一人称も自然と「私」になる。

そんな私だが、自分のことを「私」と呼ぶことをどうしても避けたくなる場面に遭遇した。

以前、このブログで私と同じ年齢のA子(仮名)という女性と働いた時の話をした。

当時の私は20代後半。

すでに、職場では自分ことを「私」と呼んでいた。

だが、同級生の彼女に対して、「私」という畏まった一人称を使うことに妙な気恥ずかしさを感じ、逆に彼女から「気取っている」と思われる気がした。

同じ年といっても、その職場で知り合うまでは全くの他人で、子どもの時からの知り合いでも何でもなかったのだが…

だからといって、この時のような休憩中の会話ならともかく、30近い年齢の私が、仕事中に「僕」というにはあまりに幼稚過ぎる気がした。

そこで、彼女に対してだけでは、「自分」と呼ぶことにした。

「あ、それは自分がやりました」

「A子さんが先ほど自分に送っていただいたメールでは…」

というように。

そうすることで、「私」という畏まった言い方と、「僕」という幼い言い方の間を取る作戦に出たのである。

というわけで、他の人には「私」と言っていた中で、彼女に対してだけは「自分」を用いていたのだが、今にして思えば、そんなことをしたら、彼女の方が「何で私にだけは、そんな言い方をするのだろう?」と感じ、余計に気まずくなっていたことだろう。

「私」や「僕」を使うことが気まずいから「自分」という一人称を使った結果、そんなことになるなんて本末転倒ではないか?

・他人から見ればどうでもいい悩み

このように、職場で自分のことを「自分」と呼ぶ時は、相手との距離間が上手く掴めなかったり、関係性をはっきりさせたくない時である。

私の場合、それが自分と同じ年齢の同僚と会話をする時だった。

これはあくまでも私の持論に過ぎないのだが、これまでに目にしてきた「自分」という一人称を使っていた同僚も、同様に相手との距離感が苦しそうに見えた。

たとえば、私が上京後始めた働いた職場の同僚で、この記事で登場したことがあるフルヤ(仮名)という男性は、私より先に働いていたものの、年齢は私よりも下という微妙な立ち位置だったためか、私に対してだけは「自分」と呼んでいた。

彼も私に対して、「俺」と言うべきか、「僕」というべきかで悩んでいたのかもしれない。

また、この記事で登場した地元でバイトをしていた時の社員B(仮名)は、仕事の指示を出したり、本社からの連絡を周知したりする際は、頻繁に「自分」という一人称を用いていた。

彼は当時27歳。

どちらかというと、冗談が好きな人物であり、自分のことを「私」と言った様子を見たことは一度もない。

そんな彼は、年下の私に対しては「俺」を使うことも少なくなかったが、仕事の指示とはいえ、60歳を超すパート従業員が少なくない中で、そのような言い方をすることに躊躇い、「自分」と呼んでいたのかもしれない。

英語の一人称は文脈によってI ,my,meと変化するが、場面や相手によって使い分ける必要はない。

日本語も同じだったら、私も彼らもこんなに「自分のことを何と呼ぶか?」などという小さなことに悩むことはなかったのかもしれない。

英語を母国語としている人に今日のテーマを話すと「あなたはなぜそんなことに悩んでいるのか?」と不思議に思うことだろう。

いや、外国人に限ったことではない。

多くの女性は職場でも、プライベートでも、常に「私」を使っているから、今回の記事を読んで、「男ってつまらないことに悩んでいるのね」と呆れているかもしれない。

スポンサーリンク