国民年金第3号の廃止に躊躇する唯一の理由

前回の記事で社会保険の適用が拡大されているという話をしたので、今日もその延長で年金の話をしようと思う。

・適用拡大は誰のため?

昨年(2022年)10月から、社会保険の適用範囲が拡大されたが、このこと自体は5年程前から何度も行われてきている。

少々古い資料だが、2016年以降の拡大のイメージはこちらのページが分かりやすい。

社会保障制度改革の動向等について 2ページ(財務省主計局給与共済課 令和元年614日)

その思惑通りになったのか、こちらの資料を見ると、厚生年金等の加入者である「被用者年金被保険者」が増え、国民年金の13号の加入者が減少していることが分かる。

公的年金被保険者に関する分析 ー国民年金第1号被保険者を中心とした分析ー 2ページ (厚生労働省年金局数理課)

このような政策のおかげで、多くの非正規労働者が社会保険に加入できるようになり、将来受給できる年金額も増えた。

めでたし、めでたし。

…と言いたいところだが、このような社会保険への加入者を増やすという政策は、陰謀論みたく、穿った見方も出来なくはない。

ひとつ目は「現役世代ではなく、あくまでも現在の受給者や、制度的な建付けを守るための措置に過ぎないのでは」ということ。

日本の年金は現役世代の収入から保険料を国が天引きし、受給年齢になったら返還する積み立て方式ではなく、現役世代から国が徴収した保険料を受給者に年金として支給する賦課方式を採用している。

当然、財源が不足したら、現役世代の保険料を上げるか、支給年齢の引き上げ、もしくは支給額の引き下げを行う必要がある。(もちろん、そのすべてが同時に行われることもある)

それらすべてを回避した上に、あたかも弱者の味方面も出来る作戦が、厚生年金の適用を拡大して、少しでも多くの保険料をかき集める奇策なのではないかと。

もちろん、「現役世代が将来少しでも多くの年金を貰えるために」というのは建前で、実際は今の制度が崩壊しないための一時しのぎ程度の認識で、問題を先送りしているだけに過ぎない。

「彼らが受け取るタイミングになったら、その時はその時でどうにかなるさ~」

「その頃には、もう自分はこの世にいないから」

とでも言いながら。

(※:あくまでも私の邪推です)

そして、もう一つは国民年金第3号被保険者を少しでも減らすため。

・苦渋の決断を迫られる傍で

この国の年金制度では、20歳以上の国民は全員に(保険料の支払いが免除されることはあっても)加入義務がある。

フルタイムで会社勤めをしている人は、保険料が給料から天引きされる形で会社の保険に加入するが、それ以外の人は国民年金に加入することになる。

国民年金の加入者は「第1号被保険者」と呼ばれ、厚生年金の加入者であれば「第2号被保険者」と呼ばれている。

それに加えて、国民年金に「第3号被保険者」という区分がある。

厚生年金の加入者の配偶者が年間収入130万円以下であれば、加入出来て、保険料を負担することなく、老後に国民年金を満額受給できる。

教えて!公的年金制度 公的年金制度はどのような仕組みなの?|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

分かりやすいイメージとしては、「夫が経済的に養っている専業主婦、もしくは短時間勤務の妻は年金を払わなくても、将来は受け取ることが出来る」というもの。

ちなみに、この制度が導入された1985年に会社員の厚生年金保険料率は、10.6%から12.4%へと約2割も引き上げられたため、彼(彼女)らが払っていない保険料は、他の加入者が肩代わりしていることになる。

年金改悪で狙い撃ちされる専業主婦 「第3号」廃止で“保険料二重取り”の思惑 | マネーポストWEB – Part 2 (moneypost.jp)

もちろん、この制度には批判的な声も少なくない。

たとえば、「女性の社会進出を拡大する方向にあるこのご時世、女性を家庭に留めることを促す制度は時代に合わないのではないか?」とか。

その他にも、一人親家庭や、配偶者一人の収入で家族を養う余裕がなく、多くの収入を得なければならない人が馬鹿正直に年金を納めなければならない一方で、あえて働かないことを選ぶ人が得をする究極の金持ち優遇&正直者が馬鹿を見る愚策であるとか。

その他にも、同じ主婦でも、どうして自営業者の妻のような国民年金の加入者の配偶者は(「国民年金第3号被保険者」という名前にもかかわらず)加入できないのか等。

そして、政治家や官僚だけでなく、社会全体が「現役世代の保険料値上げか?」、「受給要件引き上げか」という苦しい選択を迫られている中、いつまでこんな能天気でクソ甘ったれた制度を温存しておくつもりなのだろうか?

おそらく、国もこんな既得権の権化のような制度は解体すべきだと思っているが、正直に「廃止」という言葉を出せば反発されることは間違いないことから、厚生年金の適用拡大という形で、まずは短時間労働者を締め出そうとしているのだろう。

やり方はともかく、第3号被保険者制度を廃止へ向かわせること自体は理解できなくもない。

なお、この破廉恥な制度を考えた人がいかにユニークな思想の持ち主であるかは、以前こちらの記事でも取り上げたので、興味がある方はご一読頂きたい。

・長時間労働の抑止力

さて、散々コケにしてきたことからも分かる通り、私も国民年金第3号被保険者制度は段階的に廃止すべきだと考えている。

ただ、「無条件に即刻廃止すべき!!」とまでは言えない。

こんな制度であっても、必要かもしれないと感じたことが過去に一度だけあった。

10年前、当時の私は留学費用を稼ぐために、この記事で紹介した職場で働いていた。

ある日の休憩中、小学生の子どもを持ち、扶養内で勤務をしている女性が、60代の同僚と家計について話をしていた。

彼女は15時間で週4日勤務をしていたのだが、将来のお金のことを考えると、もう少し勤務を増やしたいと考えていた。

そうすると(時給が低い田舎の単純労働と言えど)年間収入が130万円を超えてしまい、夫の扶養から外れてしまう。

その結果、手取り額が減ってしまう可能性があるが、彼女がそれ以上に恐れていることは、彼女がそれ以上に恐れていたことは「労働時間の上限なく働かされるのではない?」ということ。

彼女は以前の職場でも、勤務開始当初は夫の扶養内で働いていたため、年収を130万円以内に留めるべく勤務時間を抑えていた。

しかし、収入を増やしたいと思い、夫の扶養から外れた途端、年収130万円のラインが消えたことで、(1日の所定労働時間が増えただけでなく)残業時間も上限がなくなり、彼女は正社員同様に仕事が終わるまで帰られなくなったという。

つまり、扶養内で働いていた時は年収130万円の壁が残業防止のセーフティーになっていたのだ。

また、これは彼女の推測だが、扶養を抜けた途端残業命令が増えたのは、130万の壁が消えただけでなく、社会保険に入ることで、会社が社会保険料の半分を負担することになり、少しでも元を取ろうと考えていることも原因なのではないか?

その話を聞いた同僚女性も多いに共感し、過去の職場で実際にそのような出来事があり、あえてフルタイムを希望せずに、短時間勤務の仕事を掛け持ちで働くという選択をする人もいたとのこと。

これはあくまでも「ブラック企業」という言葉が今ほど普及しておらず、従業員の権利もないがしろにされることが多かった10年前の話である。

だが、今行われている社会保険の適用拡大が、もしも、この時代に行われていたら、悲鳴を上げるパート労働者が続出したのではないだろうか?

残業時間については過去に比べればそれなりに是正されているとはいえ、インターバル規制や週最大48時間規制のような物理的な制限は設けられていない。

そんな中、会社を納得させた上で、残業命令から身を守ることが出来る唯一と言っていい程の武器が、年収130万円の壁と言えるのではないだろうか?

雇用主による従業員の社会保険料負担逃れや、国民年金第3号被保険者制度は大いに問題だが、残業時間の規制を行うまでは、社会保険の適用拡大も、国民年金第3号も、廃止には賛成出来ない。

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