10年前の私はこんなブログに憧れていた

今年の1月にこんな記事を書いた。

その記事では、今使っている家電の多くが買い替えの時期に差し掛かっており、パソコンもその例外ではないことを紹介した。

・早めの引っ越し準備

あの記事を投稿して3ヶ月経つが、パソコンの調子は悪くなる一方である。

クリックしてもなかなか読み込みを開始しなかったり、使用中のアプリが突然終了するといった、以前では見られなかった症状も頻発してきた。

使用年数はまだ5年程度で、先代、先々代の8年に比べると日は浅いが、東京での生活を始めて以降、テレビもゲームもない暮らしを送っているため、パソコンを酷使したことは否定できず、いつ限界を迎えてもおかしくない。

というわけで、本格的にパソコンの買い替えを計画し、それに先駆けて、新しいパソコンに移行する必要のないファイルの整理を始めた。

そこで、気になるフォルダを見つけた。

そこには、先代のパソコンで「お気に入り」に登録していたブックマーク(URL)のショートカットが入っている。

移行作業の際に一旦すべてのURLを出力し、必要と思われるものはすぐに新しいパソコン(=現在使用中のもの)に登録したが、数年間アクセスしていなかったサイトのものは手を付けずにいた。

今のパソコンを購入した5年前の時点でさえ、「不要」と判断したものだから、それらのショートカット集は最有力リストラ候補である。

だが、目を通していると、先代のパソコンを使用していた時のことを思い出して、懐かしい気持ちになった。

余談だが、このショートカットは、当時はまだ現役バリバリだったInternet Explorerから出力したものであったことも当時のことを偲ぶ要因だった。

登録した日付が10年以上前だったり、今ではすでに存在しないURLと化したものもいくつかあった。

今の私は、当時と比べ、生活環境も、趣味嗜好も大きく変わった。

だからこそ、今はもちろん、5年前ですら、それらのサイトはブックマークを行わなかった。

しかし、今はただただ当時のことが懐かしい気持ちである。

「あの時は、よくこのサイトにアクセスしていたよなぁ…」

そんな気持ちでフォルダの中を眺めていると、思い出深いサイトを見つけた。

・毎日のように通い詰めた日々

そのサイトとは、今から10年近く前に、私が頻繁に訪れていた2つのブログである。

ひとつ目は「ガラパゴスニート」というユニークな名前の管理人が、日本の労働環境の劣悪さを厳しく非難し、海外脱出を勧めるブログだった。

私が初めてそのブログに訪れたのはこの記事を見つけた時である。

当時の私はこの記事で紹介したコンビニのバイトで疲弊していた時であり、「店員と客の関係は対等」、「過剰な接客など不要」という言葉には大いに励まされた。

そんな経緯に加え、海外脱出を企てていたこともあり、そのブログはとても魅力的に思え、以降も定期的に訪れるようになった。

そして、もうひとつは脱社畜系の思考を展開していたブログである。

このブログは先ほどのものと比べると冷静な切り口であるが、同様に日本の働き方に異議を唱えていた。

著者は東大の工学部を卒業して、大学在学中に企業した経験もあるようだが、年功序列や終身雇用のような生き方を否定して、起業や自己啓発を煽るのではなく、逆に「出世」や「やりがい」といった甘い言葉に唆されず、無理して働かない生き方を勧めていた。

このブログは私が見つけた2012年後半から、2013年前半にかけて、ほぼ毎日更新されており、私も毎日のようにブログを訪れていた。

このサイトは公開後すぐに多くのアクセスを集めたようで、1年後には書籍も出版されることになった。

だからこそ、開設して2年にも満たない2014年の中頃に突然、投稿頻度が月2,3本まで落ちた時は驚いた。

2つのサイトは今も健在だが、5年前の時点では、ほとんど更新されていなかったため、今のパソコンにはブックマーク登録していなかった。

だが、今回、改めて記事に目を通したことで、当時のワクワクしながら毎日通い詰めていた時のことを思い出した。

・今の自分は10年前の自分を救えるのだろうか…

使い古された言葉だが、時が経つのは早いもので、そんな思い出からすでに10年が経過しようとしている。

当時はまさか自分が、彼らと同じようにブログを書くことになるなど思いもしなかった。

親しい友人も悩みを相談できる相手もいなかった当時の私にとって、彼らは憧れだった。

ブログでは、彼らの生き様が紹介されていたわけではなかったので、生き方を教示されたわけではない。

だからこそ、憧れたのかもしれない。

彼らが、ドヤ顔で自分の成功体験をひけらかす(見せびらかす)ような人間だったら、居酒屋で部下に自慢話や説教をするクソ親父のような「ウザい奴」程度の認識に留まっていただろう。

私が彼らに憧れていたのは、生きる勇気を与えてもらえたからである。

彼らの何気ない主張が、どれだけの励みになり、つらい日々を乗り越えることができる希望となったことだろうか。

「彼らがブログの更新を止めた今、彼らの役割を引き継ぎのは自分だ!」などとは恐れ多くて言えないし、彼らのことを「師匠」や「先輩」のように崇めるつもりもない。

だが、指をくわえて眺めているだけではなく、誰かに何かを伝える立場になったことは事実である。

10年前の自分がこのブログを読んだら、救われる気持ちになるのだろうか?」

そんなことを意識しながら、記事を書いている今日この頃である。

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