ブログで仕事の記事を書くことはやっぱり身バレのリスクと隣り合わせである

ブログを始めておよそ2年半が経過した。

私はこのブログを書いていることを家族にも、職場の同僚にも一切打ち明けていないし、今後もそうするつもりはない。

その方が、一切のしがらみがなく、自分が思うことをストレートに書けるから。

そんな私だが、先日、初めて身バレの恐怖を味わった。

といっても、それは夢の中での話だが…

・本当はそんなことを思っていたんだあ…

夢の中で、私はいつものように会社に到着した。

だが、同僚たちの様子がいつもとは違う。

こちらが挨拶をしても、一切口を利いてくれず、全員から無視される。

当たり前だが、こんなことは初めてである。

課長がようやく口を開いた。

課長:「早川さん。これを見てくれ!!」

課長はそう言って、私に数枚の資料を渡した。

それはまさしくこのブログをプリントアウトしたものだった。

ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、

バレたぁぁぁ!!

課長は同僚の前で私に詰め寄る。

「このブログを書いているのは、間違いなく早川さんだよね?」

「この記事のネタって(この会社の)○○さんの話だよね?」

「早川さんって、いつもそんなことを思っていたんだあ…」

う~ん。

もはや、ここまでか…

そんなところで目が覚めた。

あぁ、本当に夢で良かった。

今回の悪夢をきっかけに、身バレについて考えることになった。

・今の職場の話をする時は細心の注意を払っているが…

私がこのブログを始めたのは2018年の12月である。

当初はペンパルサイトを通して得た外国の話を紹介することが主題であり、知人から私がブログを書いていることを知られても、大した影響などなかったのだが、次第に、身近な話を取り上げることが増えた。

特に仕事社会について私のプライベートオピニオンを表明したり、実際に経験したできごとを取り上げることで、徐々に他人から知られたら日常生活に支障を及ぼす可能性が出てきた。

社会人は結果がすべてはウソ」、「他人の責任を厳しく追及する人間に責任感があるとは限らない」、「自立も自己責任も一切必要ない」といった過激な主張などは特にそうである。

職場で顔を合わせる人たちに、私がこんなブログを書いていることを知られたら、夢の中の課長のように「本当はそんなことを思っていたんだあ…」と言われることは確実である。

最悪、会社に居られなくなってしまう。

それだけは絶対に避けたい。

というわけで、職場の話を記事にする時は多少の脚色を加えることも少なくない。

たとえば…

・関係者の年齢や性別を変える。

・別の職場で経験したエピソードも適度に混ぜ合わせる。

このような工夫をいくつかしてきた。

これは身バレ防止の初歩である。

だが、このような小細工を施してきたのはあくまでも、現在も働いている職場での話である。

すでに退職した職場に関しては、個人情報に触れない限り、ほとんどありのままのことを書いていた。

仮に該当記事の関係者が目撃して、「この早川って、まさかアイツのことじゃないか!?」とバレたところで、大都会東京では仕事の関係で遭遇することなど二度とないだろうし、地元からはすでに何年も前に離れている。

しかし、「過去の職場のことは何でも自由に書いていいのか」と言われればそうではない。

なぜなら、親しくなった同僚と世間話をする際に、ブログに書いた過去の職場のできごとをうっかり話してしまい、そこからボロが出る危険性があるからである。

もしも、過去の職場の話もそれなりに脚色をしていれば、そんなにポロっと口から出ることはない。

さすがの私も、同僚と話を合わせるために、実体験でもないことをスラスラと話せるほどウソをつくことに慣れてはいない。

だが、それが実話であれば、うっかり漏らしてしまう危険がある。

具体的な話をすると、以前、バレンタインの義理チョコに関する記事を書いたことがある。

改めて要約すると、

・私が20代前半の時、214日に職場の女性からチョコを貰った。

・その職場は男女の比率がおよそ10:1だったため、一人の女性がいくつものチョコを渡していた。

・それを見た私は「彼女は一体、いくら投じたのだろう…」という心配から、ホワイトデーにお返しのクッキーを渡すことにした。

・しかし、あの日のチョコは会社から支給されたものを配ったもので、彼女が自腹で買ったものではなかったことを打ち明けられた挙句、受け取りを拒否され、大恥をかいた。

・このような悲劇を防ぐため、職場における義理チョコという悪習は即刻廃止すべきである。

この話は私の実体験であり、自虐ネタとして笑いが取れるため、以前から多用することがあった。

しかし、一度だけ、ブログでこのエピソードを紹介した後に、職場でこの話をしてしまったことがある。

その時はまだブログのアクセス数もほとんどなく、その職場もすでに退職しているため、身バレすることはなかったが、今考えると大変危険な行為だった。

・当初の抵抗感と警戒感は次第に消失した

ブログで書いたエピソードは絶対に職場で口に出せない。

逆に、職場で同僚に話したエピソードは退職するまでブログに書けない。

元々、職場では同僚とおしゃべりすることがない私だが、それを考えると、ますます無口になってしまいそうである。

前段でも少し触れたが、ブログを始めて半年ほど経った頃から、徐々に職場での実体験を取り上げるようになった。

初めこそ、「上司や同僚の話をすると、本人に知られるのでは…」と躊躇していたが、記事を重ねるごとに、当初の抵抗感はすっかり消え失せてしまった。

だが、同時に警戒感も失ってしまった気がする。

特に最近はいじめパワハラ問題を扱った時に、派閥のボスやマネージャーX氏を取り上げ(ディスり)過ぎた感が否めない。(全く反省も後悔もしてないけど)

もしも、彼らが、このブログで自分たちが悪役として取り上げられていることを知ったら、どうするだろうか?

多分、気付いても何もしないと思う。

個人情報や会社の機密情報を暴露したことで、会社が損害を被ったのなら、組織ぐるみで抵抗してくるだろうが、たかだが、匿名でエピソードを紹介されたくらいで、会社が動くとは思えないし、個人で専門家を雇い、抵抗する労力もないだろう。

しかも、自分の醜態を暴露されているのだから、そのことを他人に知られたくないと思い、同僚に「ねえ。これ書いているのって、あの時のアイツじゃない?」という相談することすら躊躇うのではないだろうか。

派閥のボスのように仲間がいて、メンバー全員を批判しているケースでは、仲間内で被害者意識を共有し、慰撫し合うことも考えられるが、退職後も連絡を保ってきた元工場長の話では、私が退職した数ヶ月後には、グループ内で内部抗争が発生して、3人が退職したようなので、今さら昔の好み(よしみ)で徒党を組んで、私に牙を向けることもないだろう。

マネージャーXに関しては…

別にどうでもいいや。

職業的な地位がなければただのおっさんですから。

というわけで、これからも仕事関係の記事では若干のアレンジを施すことはあっても、これまで通り、歯切れのいい記事を書いていくつもりである。

しかし、人は思わぬところで見られている。

もしかして、私が「この人は頻繁にこのブログを訪れてくれる」と思っている人が実は顔見知りで、私の足元を抄うチャンスを伺っている可能性もなくはないので、慎重さを忘れないように気を付けたい。

スポンサーリンク