海外の「風来坊」たち

先週はゴールデンウィークだったが、私は最低限の買い出しを除くと、特に外出はしなかった。

振り返ってみると、コロナとか関係なく、私には長期休暇を利用して、どこかへ遠出したり、思いっきり遊ぶという習慣は全くなかった。

前回の記事で少し触れたが、2年前は10連休だったこともあり、実家に帰省していたが、その時も上京前に働いていた職場や、地元の友人のような馴染みの相手と顔を合わせただけで、「ゴールデンウィークの旅行」という感じではなかった。

その中でも例外的だったのは20代半ばにフィリピンへ留学していた際のできごとである。

「国外で生活しているのだから、その日は祝日ではないのでは?」と思われるかもしれないが、その時がたまたま日本ではゴールデンウィークに当たる時期だったため、私はその時のできごとを「ゴールデンウィークの思い出」として記憶している。

・フィリピンで出会った「寅さん」

私がフィリピンで経験したゴールデンウィークの思い出とは、コスプレイベントに赴いたことである。(ちなみに私はコスプレをしていない)

日本にいる時はそのようなイベントに参加することなど絶対にないが、同じ学校の留学生が地元の祭りで曲芸を披露することになり、私も他の仲間たちと一緒に彼を応援することになった。

彼はそこで外見からは想像できないほど器用な持ち芸を披露して喝采を浴びていた。

その後も、私たちは他の参加者のコスプレパーティーなどを楽しんだ。

これまでそのようなイベントに参加することが無かった私には何もかも新鮮だった。

2日後の日曜日、宿舎で大がかりな空調のメンテナンスが行われることとなり、入居者全員で点検が終わるまで外出することとなった。

その日は全員で地元の大型ショッピングセンターに繰り出した。

多くの学生はゲームや買い物に興じていたが、私はとても疲れていたため、早めに待ち合わせ場所のレストランへ向かった。

すると、先日見事な曲芸を披露した彼がすでに到着しており、彼と身の上話をしながら時間を潰すことにした。

当時の彼は40代半ばで、20代が中心の留学生仲間では異質の存在だった。

そんな彼のあだ名は「寅さん」である。

由来は彼が憧れている「男はつらいよ」の主人公から取っている。(ちなみに本名は全然違う)

そんな寅さんであるが、彼は大学を卒業したもの、実はこれまでに一度も正社員として働いた経験がない。

大学卒業時が就職氷河期だったこともあるが、彼は会社に縛られる生き方を極端に嫌って、卒業後もフリーターとして働いていた。

その後、独学で商売を始め、ネットビジネスで食い扶持を稼げるまでになった。

そこである感情が生まれた。

寅さん:「ネットで仕事ができるのなら、日本国内に留まる必要はないじゃないか?」

そう思って、昔から憧れだった「寅さん」のように、いろいろな場所を旅しながら生活をしていこうと決意した。

彼の海外放浪生活は私と会った当時で6年目に突入していた。

それまで訪れた国は40ヶ国を超え、それぞれの国で知り合った人とは今でも連絡を取り合っていた。

たとえば、フィリピンに訪れたのはこの時で3度目であり、前回までの滞在で、すでに現地の人と顔なじみになっていたようである。

先日のイベントへの参加も、その現地の友人が斡旋してくれたようである。

ちなみに、今回のフィリピン滞在は1ヶ月間だったが、その前はタイで3ヶ月程現地の友人宅で居候しており、次はインドネシアへ向かう予定である。

彼によると、放浪生活を可能にしているのはネットビジネスという、居住地に縛られない働き方よりも、このようなローカルな人間関係のサポートによるものが大きいらしい。

・アメリカ人の「フーテン」

「寅さん」と同じく「流れ者」を表すものに「フーテン」という言葉がある。

これは私の主観だが、「寅さん」という名前には「自由に生きる人」「風来坊」というイメージがあるが、「フーテン」に関してはただ単に「定職に就かずにブラブラしているダメ人間」というネガティブな感情が込められている気がする。

この「フーテン」という言葉だが、私は数ヶ月前に初めて知った。

しかし、早速役に立つ場面に遭遇した。

昨年の11月に数年間連絡がなかったアメリカ人から突然、メールが送られてきたという記事を書いた。

彼は現在、実家に住んでおり、その家に彼の友人が転がり込んできたという所までは続報で紹介した通りである。

1ヶ月ほど前、彼からその友人について話を聞かされ、このようなことを尋ねられた。

「彼のような人は日本語で何というのか?」

その際に、思わず先ほどの「フーテン」という言葉が頭に浮かんだのである。

ここからは彼の友人である「フーテン」の話をしたい。

私が彼のことを「フーテン」と呼びたくなったのは、彼の華麗な(?)経歴にある。

まずひとつ目、彼は30歳の現在で、高校卒業後から働いているため、すでに10年以上の職歴がある。

はずであるが、彼はこの10年間で5ヶ所もの職場を転々としてきた。

「それくらいなら、日本のフリーターも似たようなものではないのか?」

と思うかもしれない。

だが、その「5ヶ所」というのは勤続年数が半年以上の職場に限定した話である。

職歴のカウントを「1週間以上働いたもの」まで拡張すると、その数は軽く20社は超える。

しかも、経験した職種も「キャリア」とは呼べないほど一貫性がない。

半年以上続いたものは調理、製造(金属加工)、販売、事務の4種で、それ以外のものは建設作業、農業、配送、家電修理、介護と見事なまでの百花繚乱である。

ちなみに最長の勤続年数は1年半である。

これまでいくつもの仕事を転々としてきた私でさえ、それを聞いて唖然とした。

そして、もうひとつの特筆すべき点は「これまで一度も一人暮らしをしたことがない」ことである。

高校卒業後は実家で暮らしていたが、仕事を転々としていると次第に家族からも疎まれるようになり、居心地の悪さから近所のシェアハウスに引っ越した。

その後は仕事に恵まれている都会で働きたくて、学生時代の友人宅とルームシェアを始めた。

だが、そこでも仕事は長続きせず、半年で実家に帰郷。

その後は実家に住んでいたが、職を転々としていたためか、一人暮らしをする余裕はなく、しばらくの間は実家や友人宅で暮らしていた。

その後、かつての同僚だった彼(私が4年ぶりに再会した男性)と偶然出会い、出会う職場で働くことになったものの、自身の仕事が消滅したため雇止めに会い、親しい同僚だった彼の家に身を寄せることになった。

さて、そんな彼であるが、このブログに初登場した昨年の12月の時点では無職だったが、その後は販売の仕事についていたようである。

しかし、その仕事も人間関係が原因で3ヶ月で退職し、再び(というか正確には何度目なのだろうか?)無職となった。

こんな不安定な生活をしているが、彼は意外にも全くお金に困っていない。

貯金は100万以上確保しており、アメリカ版生活保護のような食品引換券であるフードスタンプも受給していない。

居候先への家賃も毎月収めている。

彼にそのような余裕があるのは、支出を徹底的に押さえているからである。

家や車のような高額な出費がかかるものは一切所有していない。

酒やタバコもやらない。

ほとんど遊びに出かけず、「趣味」と呼べるものもない。

彼は自分が競争社会で生きていけないことを学生時代から悟り、徹底的に支出を切り詰め、自らを少ない収入で生きていける体質に作り変えた。

どんなに周囲から蔑まれても、他の人が当たり前に所有しているものを手に入れることができなくても、「生きていくこと」を最優先と考えるようにした。

その結果、彼は職を転々としながらも、友人宅を居候するという手段で生き抜く道を選んだのである。

・流れ者は周囲から愛されないと務まらない?

職歴を見ると見事なまでのダメ人間であるが、居候先で家事、大工仕事をこなしているためか、意外と家族からのウケが良いようである。

先の仕事を3ヶ月で辞めた時も、特に家族からブーイングを浴びることはなかった。

実際に会ったわけではないが、そんなに周囲から愛されるキャラクターなのだろうか…

そもそも、彼らは1年ほど一緒に同じ職場で働いただけの間柄であり、子どもの時からの長い付き合いがあるわけでもない。

にもかかわらず、なぜ、こうも自然に他人の家庭に溶け込めているのだろうか…

そういえば、フィリピンで出会った「寅さん」に対しても同じような疑問を感じた。

私が彼と接して不思議に思ったのは「彼が普通のおじさん」だったことである。

ネットビジネスで生計を立てているのだから、「普通」ではないかもしれないが、彼は外見も中身もこれまで仕事などでかかわってきた同年代の人とほとんど変わらない気がした。

初対面の人でもすぐに心を開くような話術があるわけでも、取り立てて英語が堪能なわけでもない。

それなのに、なぜか海外の各地で「仲間」と呼べる程の親しい友人を作っていた。

自然に考えれば、現地の人間関係に馴染めないから短期間で居住地を転々としていそうなのだが…

彼らのような流れ者はどこからともなく「憎めない」「放っておけない」というオーラを醸し出して、周りの人たちも、理由は分からないが、なぜか「自分たちの仲間の一員」として受け入れてしまい、たとえ一度はその場所を離れても、自然と仲間として認識され続けられているのかもしれない。

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