迷惑行為をやめさせる方法を考える④(理不尽な上下関係編)

前回まで3度に渡り、誰もが「それは間違っている!!」と思いながら、ついついやってしまう迷惑行為と、私なりに考えたそれを止める方法を取り上げてきた。

最終回である今日のテーマは「理不尽な上下関係」である。

・被害者としての経験は語るが、加害者としての経験は語らない闇

暴力や無茶苦茶な要求にも従わざるを得ない上下関係が最もはっきりと表れる世界は学校の部活動である。

報道で取り上げられるような被害者が自殺してケースはそう多くないにせよ、度が過ぎた上下関係のせいで、退部したり、転校せざるを得なくなってしまった人は人生を大きく狂わされることになる。

私が注目したい点は、自分が後輩として被害にあった時の経験を雄弁に語る人は多くても、自分が先輩(加害者)として行った横暴な振る舞いを語る人がめったに出てこないことである。

おそらく、どんな世界であれ「昔、生意気な新人がいたから、俺は先輩として***や、***して、挙句の果てに***なことをしてやったぜ!!」などと公に語れば、炎上してしまうため、経験はあるが口に出さないのだろう。

要するに、心の中では「そのようなことはやったらいけない」と思っているのである。

このことから、理不尽な上下関係は「いけないと分かっていても、ついやってしまう」ことのひとつと言える。

しかし、開始早々に弁解させてもらうが、前回までとは異なり、今回は「これさえやれば解決できる!!(だろう)」というような具体的な解決案を見つけることはできなかった。

というわけで、完璧でなくとも、私が考えたそれなりに効果がありそうな方法をいくつか紹介する。

:「体育会系」という名称を剥奪する

理不尽な先輩後輩の関係が最も極端に表れ、後の人生に影響を与えるほどに培養される場所は学生の運動部である。

転部や転校を行わなければ、中学、高校は3年間、大学は4年間(実働期間はそれよりも少し短い)、その人間関係に組み込まれ、しがらみから逃れられなくなる。

それだけでも大変な思いをすることになるが、学校を卒業して、運動部の世界から離れると、そのような理不尽な関係と縁を切ることができるかと言われればそうでもない。

入社したばかりの新入社員に対して、こんな言葉をかける会社員がいる。

ブラック企業先輩社員:「ウチは体育会系の会社だから」

ここで使われている「体育会系の会社」とは、会社が従業員に対して、スポーツに励むことを推奨しているわけでもなければ、社風として電話やメールといった文明の利器に依存せず、自分の足で何度も客先へ訪れることを優先していることでもないことはすぐに察しがつくだろう。

そう、「体育会系の会社」とは、従業員向けの丁寧な研修など一切存在せず、予算や人員の問題は「気合や根性」という名の精神論で片付けられ、ミスをすれば人格を否定するような罵声が飛び、新人はひたすら耐えることを強制する会社、もっと言えば、「徹底的にいじめ抜くことで育てる会社」という意味である。

だが、私はそのような会社を「体育会系」などと呼ぶことに大きな抵抗がある。

育てるにせよ、退職に追い込むことが目的にせよ、部下を徹底的にいじめ抜くことは「体育会系」ではなく、れっきとした「弱い者いじめ」である。

そもそも、「いじめながら育てることが体育会系」などという理屈は、真面目にスポーツをやっている人に大変失礼ではないのか?

そんな品性下劣なゲス野郎のことを「体育会系」など自称させてはいけない。

「自称:体育会系」や「弱い者いじめ体質」などという他にふさわしい名前で呼ぶべきである。

これは「体育会系」を自称する企業だけでなく、現役の運動部でも同じことである。

「いじめながら育てることが体育会系」などと考えている人間にはスポーツをする資格はない。

:若い時からきちんと教育する

初めに断っておきたいが、私は政治や社会の問題を議論する際に、なんでも教育のせいにする論調を好まない。

その手の議論は大抵、「自分の素晴らしいアイディアを子どもに教えさえすれば、誰もが(自分が考えた通りの)素晴らしい行動をするはずであり、そうならないのは、『親のしつけが悪いからだ!!』『現場の教員が無能だからだ!!』」などという次元の低い下らない話に終始する。

だが、そのような前提を差し引いたとしても、教育に問題があると言わざるを得ないと感じることもある。

以前、某プロスポーツ選手(仮名:A)がこんな発言をしていた。

A選手:「自分は大学4年生の時に主将として、部内に蔓延る理不尽な上下関係を一掃しました!!」

それ自体は拍手喝采の素晴らしいことなのだが、私には気がかりがあった。

実は彼の大学の先輩に当たる10歳ほど年上の選手(仮名:B)もかつて同じような発言をしていたのである。

両者の発言にウソがないとすれば、B選手が主将として理不尽な上下関係を根絶したものの、A選手が主将となるまでの10年間に、一旦は消滅したはずの上下関係が蘇ったことになる。

B選手が卒業した後に、腹の底まで腐りきった人間が主将に就任して、意図的に復活させた可能性もあるが、自分の手を染めてまで、わざわざそんなことをする人間がいるとは考えられない(いたとしても、そんな人は主将に選ばれない)ため、これは自然に生成されたと考える方が妥当だろう。

AB両選手の出身校はその分野では強豪校として有名で、全国から力のある高校生が多く集まっていた。

ここから先は私の推測に過ぎないが、その大学に入学してきた選手の多くは中学・高校時代から自称体育会系の世界にドップリと浸かっていたのだろう。

彼らにとってはそのような関係こそがデフォルトルールであり、B選手のような考えの方が例外である。

つまり、大学に入ったことで理不尽な上下関係が生まれたのではなく、彼らにとってはこれまでの経験の延長に過ぎない。

そのため、そこに集まる選手が過去に自称体育会系の考えに蝕まれてしまえば、たとえ、善良な大学生が自分の代で断ち切ろうとしても、当人やその意志を継ぐ人たち全員が卒業してしまえば、これまでの悪習はすぐに蘇ってしまう。

大学レベルでこれらの悪習を断ち切るには、一人の勇気ある学生の行動だけでは一時しのぎに過ぎず、それ以前の段階から改善しなくてはならない。

それだけ、この問題は根が深い。

:敬語と過剰なビジネスマナーを廃止する

で少し触れたが、悪質な上下関係は学生の運動を超えて、企業社会へも持ち越される。

その振る舞いを正当化するための合言葉が「ウチは体育会系の会社」なのだが、「体育会系」という思考を媒介しなくても、「金を払う方が偉い」という考えだけで理不尽な上下関係が生まれる。

上司や受注先に対しては作り笑顔でへつらい、どんなわがままでも受け入れるが、部下や店員のように金を払う立場の人間に対しては、些細な言動にさえ執拗に因縁をつけて、常に自分の顔色を伺うことを要求する人間がいる。

その理不尽で、お金が流れる方向によって態度を豹変させる哀れな姿は自称体育会系の弱い者いじめと1ミリの違いもない。

「金を払う方が偉い」という考えには拝金主義の精神も含まれているだろうが、彼らにとって最も重要なのは厳格な身分秩序である。

「自分は金を払う立場の人間なのだから、それだけで尊敬されるべきだ!!」

彼らはそう思い、常日頃から、「自分よりも弱い立場である相手が、自分のことを丁重に扱っているか」という下らない行動に注意を張り巡らせている。

不幸なことに日本語には敬語(「です」「ます」口調のような丁寧語の意味ではない)という悪しき文化が存在する。

そのため、言葉の端々だけでも、常に相手のことをどのような立場であるのかを推し量られ、「失礼クリエイター」こと「(インチキ)マナー講師」はその服従を形で表す作法を次々と開発(捏造)し続ける。

もしも、金を受け取る立場の人間がその線引きを一歩でも間違えたり、不文律を破ったりすれば、彼らの中では「不敬罪」とも言うべき重大な背信行為のように感じてしまい、勝手な被害者意識から、しつこく謝罪と反省を要求するのである。

それは後輩の何気ない行動に「カッ!!」となって、ボコボコに殴る理不尽な先輩と全く同じ怒りである。

敬語やビジネスマナーは不当な支配だけでなく、「その掟を守らなかったことによる罰則」という名目で理不尽な制裁も正当化するのである。

このようなビジネス上の悪しき習慣も撤廃しなければならない。

先輩・後輩の関係を消滅させることとは、直接関係ないかもしれないが、理不尽な上下関係の当事者の多くは学生であり、彼らに「大人だって同じことをやっているではないか?」と足元を見られてはならないし、先ずは大人の方が手本となるべく変わらなくてはならない。

なお、いじめと他者を執拗にコントロールしたがる人間の心理と行動について詳しく知りたい方は、この記事で紹介した内藤朝雄氏の著書をご覧いただきたい。

・まとめ

今日まで4回に分けて「(社会のルールとして)それはいけない」と分かっているものの、ついついやってしまう悪行とその対策方法を考えてきた。

最後にもう一度復習しておこう。

あおり運転編

あおりだけでなく、原因となる交通違反も厳しく取り締まる・

歩きスマホ編

歩きスマホ免許を作って、能力のある人に対しては認める。

酔っ払い編

勤務先に安全配慮義務を負わせる。

・理不尽な上下関係編

→①体育会系と弱い者いじめの区別を付ける。

若い時からきちんと教育する。

先ずは大人が変わる。