新卒採用と恋愛結婚はよく似ている

前回前々回は、41日に行われる入社式へ参加した人たちへ向けた内容だった。

新入社員へ贈りたい言葉シリーズは昨年限りで終了した」と言いながら、結局同じような流れになってしまっている。

今日は新入社員へ向けた言葉ではないが、全く関係ないとも言えないテーマをお送りしたい。

・お見合い結婚は弱者の救世主ではない

4年前の2020年に書いたこちらの記事で、恋愛結婚を憎み、お見合い結婚の復活を待望する人たちについて取り上げたことがある。

彼ら曰く…

  • 昔の日本には、お見合い結婚という素晴らしい制度があったため、誰もが自分の身の丈に合った相手と自然に結婚して、安定した生活を送ることができた。

  • だが、恋愛結婚が普及した結果、生活力以外のモテ要素を備えていないフツー(「普通」)の人が結婚できなくなったし、感情だけで結婚や離婚をする浅はかな人が増えた。

  • 未婚率や離婚率の上昇、さらに少子化の進行を食い止め、誰もが安定した結婚生活を送れるようにするためには、恋愛結婚を正とみなす風潮の是正と、お見合い結婚の復権を!!

、「自分が結婚出来ない理由を社会のせいにしたい」という本音を隠して、客観的に社会問題を論じているつもりでいるが、その主張はかなり無理がある。

先ずは「お見合い結婚VS恋愛結婚」という対立軸を想定しているが、この両者全く矛盾しない。

なぜなら、お見合い結婚は、親族(特に父親)同士が縁談をまとめ、当事者は結婚する日まで顔合わせをしない「アレンジ婚」とう。

きっかけこそ、第三者の仲介があるのかもしれないが、結婚までには、お互いに相手を選ぶ、つまり、「どちらかが気に入らなければ別れる」というプロセスを経るのだから「好きな相手を選んで結婚する」という恋愛結婚の一種と言える。

「出会ったきっかけはお見合いだったけど、交際を始めて相手を好きになった結果、結婚を決めた」という夫婦に「結婚のきっかけは?」と訊ねたら、一人は「自分たちはお見合い結婚だった」と答え、もう一人は「恋愛結婚だった」と回答が異なるケースもある。

もちろん、「出会いはお見合いだけど、結婚を決めたのは相手のことが好きになったから」という形は、お見合い婚、恋愛婚のどちらも解釈できるため、双方の言い分にウソはない。

彼らが恋愛婚を敵視して、お見合い婚を好むのは、「恋愛婚=映画やドラマのようなキラキラした恋愛」と考え、「自分にはそんな恋愛は無理だ…」と腰が引けているからなのだろうが、「この人が好き」という純粋な思いで結婚することだって、れっきとした恋愛婚である。

次に、「フツーの人にとって、お見合い婚は優しくて、恋愛婚は厳しい」という主張は本当なのだろうか?

お見合いの場合、先ずは釣書、もしくはプロフィールに、個人情報、家族構成、場合によっては収入を記載し、顔写真も同封して、相手に承諾してもらわなくてはならない。

素性がはっきりと分かり、結婚後の生活をイメージしやすいというメリットはあるが、そこで判断されるのは、外見や年収、勤め先といった情報のみであり、ここで相手が望む基準値に達していないと、顔合わせにすら至らないドライでシビアな世界なのだ。

これは、「ハイスペック」と呼ばれる特定の人物に面談の申し込みが殺到して、残りの大多数の人は相手が見つからず、売れ残ってしまうマッチングアプリや結婚相談所の問題点と何が違うというのだろうか?

一方で、恋愛婚の場合、成就までの道のりが不安定かもしれないが、お互いに「好き」、「一緒に居たい」という感情さえあれば、誰でも結婚はできる。

言い換えれば、お見合い結婚であれば、書類選考に落ちて、到底面談まで至らないであろう「低スペック」(この言い方は嫌いだが、この場は文章のリアル感を持たせるためだと思って勘弁して頂きたい)の人でも、結婚できるチャンスがある。

「自分が結婚できないのは、結婚に恋愛を持ち込むようになった今の社会が悪いからで、お見合いという機会さえ与えてもらえれば絶対に自分でも結婚できる!!」

と本気で考えている人は、結婚相談所に登録して、ありままのプロフィールを記載したら、面談の申し込みが殺到するような「ハイスペック」な人たちなのだろうか?

そもそも、「異性としてモテる魅力はないけど、結婚したら、良き夫・妻として、安定した家庭を築ける(はず)!!」という根拠のない自信はどこから湧いてくるのか疑問である。

「低スペック」が故に、「結婚できない!!」と嘆いている人に必要なのは、出会いでも、外見を見繕うはき違えた「自分磨き」でもなく、純粋に人を愛する気持ちだと、なぜ気付かないのだろうか?

・新卒一括採用こそ出来の悪い学生に優しい!?

恋愛婚は「フツーの人に厳しい」と批判されているが、お互いの気持ち次第では、お見合い婚では顔合わせにすら辿り着けない人でも結婚できるチャンスはある。

これって、何かに似ていないだろうか?

今から15年ほど前、リーマンショックによる影響で、世界的に景気が悪化した。

日本も例外ではなく、失業者の増加や、新卒者の内定取り消しが相次ぎ、その際に日本の「伝統」のように言われている新卒一括採用の弊害についても多く語られるようになった。

そこでは、「たまたま不景気で企業が採用を控えた年に学校を卒業することになったら、就職の機会が著しく奪われ、以後もなかなか職に就けないこと」はもちろんだが、企業側の選考基準が不透明である点も批判されることになった。

社風や人事部(中小企業の場合は社長)の主観のように基準が曖昧で、学生側から見れば、「どうしたら、入社できるのか?」が不明確で努力のしようがなく、不採用を言い渡されたら人格を否定された気分になってしまう。

また、面接も一回ではなく、企業によっては二次、三次と何度も続く。

人によっては考え方が違うかもしれないが、最終面接まで進んだものの、そこで不採用の通知を受けた時のダメージは計り知れないだろう。

はっきり言って、採用に至るまでのハードルが高過ぎて、選考基準も不透明で、職を得るためには、学生時代の成績だけでなく、人間力やコミュニケーション能力のようなものまで兼ね備えたごく一部のエリートしか職に就けない気がする。

それに対して「海外では、新卒一括採用なんてバカなものはなく、欠員補充形式で、応募に必要な資格やスキルがはっきりしているから、普通の人が気楽に職探しに挑むことが出来る」と言われることが多い。

それは事実かもしれないが、「本当に日本的な新卒一括採用がダメで、海外の方が素晴らしいのか?」については議論の余地がある。

こちらの記事をはじめ、これまでに度々取り上げてきたが、「日本社会のしくみ 小熊英二(著) 講談社」という本がある。

この本の第二章に日本と海外の働き方の違いについての説明がある。

海外、特にアメリカでは、企業が労働者を採用する際に、学歴(※)と職歴が重視されているのだが、その理由は選考基準を透明化して、年齢、性別、人種による差別の禁止を徹底するためであるという。

(※:この「学歴」とは、「大卒」、「大学院卒」のようなステータスではなく、経理職の募集に対する会計学のように職務と結びついた専門学位のこと)

当然、どんなにポテンシャルが高くて、将来性があって、仕事に対する熱意があって、採用担当者が惚れ込んだとしても、応募資格を満たしていなければ、門前払いされる。

もしも、担当者の主観で「この人は選考基準を満たしていないけど、大変見込みがあるから」と言って採用したら、不採用となった応募者から、人種や性別等を理由に「不当な差別を受けた」と訴訟を起こされかねない。

これは「差別を禁止する」という視点で見れば、素晴らしいことだが、経験や職種と結びついた専門的な学位を持たない者にとっては、職を得るチャンスが全く与えられないことになる。

一方で日本的な新卒一括採用の場合は、評価基準が曖昧であるものの、裏を返せば、一流大学卒業でなくても、専門的な学位を持たなくても、大企業に就職できるチャンスはある。

このように、日本型の新卒一括採用にも良い面もあり、「海外の方が優れている」とか「勉強以外の面も兼ね備えたエリートしか就職できない」とは一概に言えない。

・まとめ

日本の新卒一括採用による就職方法は、選考基準が曖昧だったり、内定を得るまでに何段階ものステップを踏まなくてはならず、採用されることが難しい。

だが、海外の方式では応募資格がなく門前払いされる学生にも、エントリーする資格は与えられ、経験がなくても採用されるので、「非エリートにも優しい」とも言える。

これは、一見「恋愛弱者に厳しい」というイメージがある恋愛結婚が、実は、お見合い結婚では書類選考で弾かれて、顔合わせにすら至らない「低スペック」の人たちも、結婚出来るチャンスがあることと非常によく似ている。

人間はあらかじめ恵まれた環境を用意されると、その有難さが当たり前となり、自分がいかに恵まれているからに気付かず、他所の世界の良い面のみが目に入ってしまう。

だが、自分には不利に思える新卒採用も、恋愛結婚も「幅広い人に門戸が開かれている」という点では良い面もあると言える。

そのような恵まれている面に目を向けて、仕事も恋愛も頑張って欲しい。

冒頭でも触れた通り、「新入社員へ贈りたい言葉シリーズは昨年で終了する」と宣言した。

その言葉通り、4/2,4/3は投稿を行わなかったものの、投稿を重ねるごとに、結局同じような展開になってしまった。

来年はどうなることやら…

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