信頼できる上司とは仕事が出来る人ではなく、真面目で誠実な人

先日、某学習支援会社の広告を見た。

私は数年前に、その会社でキャンペーン案内の架電の仕事をしていたことがある。

「キャンペーン案内」と言えば真っ当な仕事のように聞こえるが、要は相手の事情など完全無視した飛び込みの営業である。

この記事でも触れた通り、私は結局、一週間も持たずにバックレたのだが、バックレたことよりも、こんな仕事に手を染めていたことの方がよっぽど黒歴史であり、消したい過去である。

仕事内容はもちろんのこと、社員の質も低く、自意識過剰で井の中の蛙という視野の狭い人物が多かった。

特に、初日にオリエンテーションを取り仕切ったマネージャー格の人物が。

・どの口が「人間力が大切」と言えるのだろうか?

勤務初日、私たちは社員の女性から、管理体制や勤怠ルール、入職書類の記入など基礎的な説明を受けた。

そこまではごく普通の会社だった。

この会社が本性を見せたのは、その後のオリエンテーションの場でのことである。

後に我々の業務を取り仕切ることになるマネージャーが、会社の概要を説明し始めたのだが、その後はすぐに自慢話へと転化し

「我が社に必要なのは、言われた作業をこなす指示待ち人間ではなく、コミュニケーション能力を含む人間力が高く、主体性を持って仕事に取り組める社員だ!!」

「学生の面接をやっていると、偏差値が高い大学に通っていても、退屈な話しか出来ない学生ばかりで、その能力が欠如している!!」

という傲慢な勘違い経営者・管理職にありがちな説教へと発展した。

その時点で、すでに脱出を検討せざるを得ない、会社組織としての腐敗臭がプンプンしてきた。

さらに、この男は私たちが業務内容を詳しく理解しないと知ると、その場に同席していた、最初に簡単な説明をした女性を

「彼らが何をするかを理解していないのはお前がちゃんと説明していないからだ!!」

「とにかく、お前がちゃんと仕事をしないからだ!!」

と罵倒した。

こんな自意識過剰でパワハラ全開な男が、なぜ他人に「人間力」など求めることが出来るのだろうか?

どうせ、まともな人が会社に見切りを付けて退職したため、同期で最後まで残っていたこの男が消去法で管理職へと昇進し、それを「自分は仕事が出来るから出世したんだ!!」と勘違いしているのだろう。

こんな裸の王様の下で働くこと死んでも御免蒙る。

・勝手なことを言うリーダーをフォローする上司

私はそんな会社を数日でバックレることになったものの、その決断は全く後悔していない。

とはいえ、あの時言われた「人間力が大事」という言葉自体はまんざら捨てたもんではないと思う。

もっとも、その対象は彼が言っていた新入社員ではなく、上司に対してだが…

私はこれまで転職をしまくって(訂正:今でもしている)、何十人という上司の下で働くことになった。

その中でも「理想的な上司はどんな人だっただろう?」と思い返した時に、それに該当するのは、仕事が出来る有能な人ではなく、誠実であり、常に部下を守ろうとする人間として尊敬できる人たちだった。

仕事が出来るハイスペック(スキル)な仕事仲間は大勢いたが、「彼らが『理想的な上司』として記憶に残っているのか?」と言われれば、そんなことはない。

迷惑架電の仕事を辞めて、ちょうど一年が経った頃、私は派遣の仕事として、書類審査の業務に就いていた。

大量募集で採用された仕事ということもあり、就業開始後一週間は、担当職員の指揮の下、全員でマニュアルを読んだり、サンプルを使った研修に費やしていた。

その時、職員が何度も強調して言ったことは「最初はゆっくりでも良いから、一件、一件確実にやっていきましょう」ということ。

その発言は私も含む、多くの人を安心させることになった。

一週間の研修も終わり、「さあ、今週から業務開始だ!!」という月曜日の朝、全体朝礼が行われて、そこで、研修を担当した職員の上司に当たるプロジェクトリーダーが挨拶をすることになった。

その人物は自信に溢れた表情でこんなことを言った。

リーダー:「この仕事はスピード感が求められるため、小さなことにこだわって全体の作業を遅らせるのではなく、とにかくテキパキとこなしてください!!」

え!?

「研修中に言われたことと違うんだけど…」

そう驚いた人が少なくなかったのか、全体朝礼の退屈な雰囲気の中で、一瞬ざわついた。

もちろん、私もそう感じた一人である。

先週までの研修は、いわば「お客様扱い」で、これからはリーダーが言ったように

「スピードだ!!」

「処理件数だ!!」

「ノルマだ!!」

「チーム間の競争だ!!」

と発破をかけられ、ストレスやプレッシャーを感じながら、上司からの叱責と罵倒に怯えて働くことになるのではないだろうか…

そんな不安が頭を過った。

ところが、全体朝礼が終わり、部内の朝礼が始まると、私たちの上司に当たる職員がこんなことが言った。

上司:「さっきは『とにかくスピード!!』なんて言っている人がいましたけど、慣れないうちから多くの数をこなすことにこだわると、多くのミスが出て、結局最初からやり直したり、クライアントからの苦情にもつながるので、あんな発言は気にせずゆっくり確実にやっていきましょう!!」

その発言のおかげで、場の空気は一気に和らいだ。

現場を知らないリーダーの無神経な発言をナイスフォローし、上司批判をも厭わない彼の姿勢に感銘を受けて、「この人なら安心」という信頼感が生まれた。

その後、数ヶ月、彼の下で働くことになったのだが、この人は決して抜きん出た才能やリーダーシップがあったわけではない。

それでも安心して仕事をすることが出来たのは、あの日の出来事があったからだと思う。

人の上に立つ仕事に必要な「人間力とはこういう時に使うのではないか?

・この人のためなら仕方ない

理想的な上司は有能さよりも、誠実さ」と感じたエピソードがもう一つある。

これは短期の派遣社員として、基幹システムを移行する仕事をしていた時の話。

私の上司になったのは、寡黙な40代の男性だったのだが、この仕事自体が非日常的な業務であるためか、行き当たりバッタリな点が多く、初期段階で伝達ミスがあり、一度完成したものを最初からやり直すということも2,3度あった。

また、彼はExcelの操作が得意ではなく、関数の使い方についてはこんなやり取りも珍しくなかった。

早川:「その場合ですと、これを使って、こうやった方が効率的ではないですか?」

上司:「あ~、なるほど。そうしましょう」

さらに、時間の使い方が恐ろしい程に非効率で、私たち派遣が休憩から戻ってきた後に、その都度確認が必要な単発の業務を指示して、自分が休憩に入ることも多かった。

いや、それだとあなたが休憩から戻ってきて確認してもらえるまで、私たちは先に進めないんですけど…

こんな感じで労力だけでなく、時間も大量に無駄遣いしていた。

毎日、こんな調子だったため、「こんな無能な人の下で働くなんてウンザリだ!!」と憤慨しそうな気がするが、私はそんな感情は一切持っていなかった。

なぜなら、彼は私たち派遣社員を見下すことなく、紳士的な態度で接して、すべての作業の最終確認を行い、私たちの常にミスを庇ってくれていたからである。

その誠実さは上司として、仕事の能力よりも遥かに大切なことだと思う。

段取りの悪さにより生じる残業や二重作業も「まあ、この人にはいつもお世話になっているから仕方ない」と気にならなかった。

まさしく「人間力」である。

「正社員なんだから、そんなことをやるのは当たり前だろ!!」

と思う人も少なくないかもしれない。

私が高校生の時に、アルバイトとして働く中で知った「正社員」という人たちはまさにそんな感じだった。

しかし、世の中にはそれが出来ず、他人のミスは大げさにあげつらい、自らの責任は否定して、基幹労働を非正規に丸投げして、自分の保身しか考えず、手厚い福利厚生の恩恵だけはちゃっかりと受け取る小汚い正社員が少なくないのである。

特に近年ではその傾向が強い気がする。

「信頼できる正社員」として、このブログで何度か登場し、私にとっては「比較的最近の人」というイメージが強いキモトやオカダ(共に仮名、この記事で両名とも登場している)たちですら、すでに10年前の人たちということになる。

彼を見た時は率直に「この時代に、まだこんな人いたんだ」と感じた。

「最近は労働者の人間力の低下が凄まじい」

新入社員の採用時にそう嘆く人は少なくないが、その発言は間違っていないのかもしれない。

もっとも、最初に登場したパワハラマネージャーのように、それを言う当人にそんな資格があるのかはよ~く考える必要があるが…

スポンサーリンク