本当に東京の暮らしは快適で地方の生活は息苦しいのか?②

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・「職場」という「世間」が閉鎖的なのは東京も同じ

もう一点、確認しておきたいことがある。隣に住んでいる人の素性もよく分からない東京では地域の目を恐れる必要はないかもしれないが、「自分を抑圧する世間=地域共同体」というわけではない。

「職場」という「世間」が息苦しいのは東京でも同じである。

私が以前、派遣社員として働いて職場では、たまたま私がいた部署に新入社員(正社員)が配属されたことがあったのだが、彼は「これからお世話になります」と言って部署の人たちにお菓子を配る「菓子折り」を行っていた。

(もちろん、私は丁寧に受け取りを拒否した。)

彼が自発的にそのようなことをしたのか、それとも会社の教育担当にそうするように言われたのかは分からないが、これは世間の掟の一つ「贈与・互酬の関係」の表れである。

実際にそうなのか、それとも勝手に怯えているだけなのかは分からないが、これを怠れば、職場の人間関係から村八分にされることにつながるという強力な(そして息苦しい)世間の力が存在していることが分かる事例である。

また、東京の会社は法令順守だが、地方の会社は封建的で人権意識が低いと言う人もいるがこれも違うと思う。

たとえば、私が上京して初めて働いた職場の上司は陰で「大王」と呼ばれている男だったのだが、その由来は女性社員に対して度の過ぎたセクハラを行う「セクハラ大王」という名から生まれたものだった。

そのセクハラとは自称フェミニストがほざく「被害者が苦痛を感じたものはすべてセクハラだ!!」というようなものではなく、かなりきわどいもので(というよりも、客観的に見れば完全に黒)、具体例は

Yシャツの第一ボタンを開けていた女性社員に「ボタンが開いているから俺が留めてやる」と言って、しつこく首を触る。

・朝礼で乳がんの検診を啓発するピンクリボン運動の話をしていた女性社員に「俺が検診してやるから胸を触らせろ」と、どっかの都議会のような野次を飛ばす。

・他の従業員の前で「君と結婚したいけど、俺には妻と子どもがいるからセフレになって下さい!」と大声で告白(?)する。

・中に入れるのがダメなら、口で抜いてと頼み込む。

その様子を見た私は「東京の職場でもこんなことがあるのか?」と思って唖然とした。

私が地元で働いていた時は、「女なんかにこんな大事な仕事を任せられるか!!」という女性蔑視の発言をする人間は珍しくなかったのだが、ここまで露骨なセクハラを行う人間はいなかった。

・地方では感じなかった東京の息苦しさ

職場という世間が息苦しいのは東京でも地方でも同じだということは説明した通りだが、東京には私の地元の田舎やその県の都市部では感じなかった息苦しさがあった。

たとえば、お金である。

ご存知の通り、東京にはたくさんのお金が溢れている。

まあ、私もそのお金の匂いを嗅ぎつけて集って来た人間の一人なのだが…

だが、「お金が溢れている」ということは、それだけ「お金に振り回される」ということでもあるし、そのお金を巡って苛烈な競争に晒されることにもなる。

私は以前、派遣社員として全国で若年者向けの研修会や説明会を開催する会社で働いていたことがある。

その使用会場を予約する電話をかけることも私の仕事の一つだったのだが、その時のやり取りが

早川:「XX年〇月△日の8時から17時まで予約できますか?」

担当者:「はい。その日でしたら予約可能です」

早川:「それではその日の予約をお願いします」

担当者:「はい。ありがとうございます。それではXX年〇月△日にお待ちしております」

早川:「はい。よろしくお願いしまーす」

で完了すれば楽なのだが、使用するのが1年後である場合もあるため、

・予約を承った担当者の氏名は?

・何月何日までならキャンセル料は発生しないのか?

・請求書はいつ頃、発送してもらえるのか?

・支払期限はいつまでなのか?

・予約を確定した証明書は発行してもらえるのか?

などをしつこいくらい聞きだす必要があった。

東京周辺の会場ではそのようなことを聞かれることが珍しくないのか、簡単に対応していたが、地方の会場を担当者にこの質問をすると「えーと、ちょっと待ってください」と言って、責任者らしき人に何度も確認してから答えていた。

おそらく地元の人が、その会場を使用する時はそこまで細かい打合せを行わず、電話一本で予約を完了し、使用料金も使用後に請求書を受け取って、後日に支払っているのだろう。

だから、事前にここまでしつこく確認を求められた場合はマニュアル外の対応になるため、その都度、責任者に確認していたのだと思われる。

「ビジネスだから仕方ない」と言えばそこまでだが、私は彼らにこのようなことをしつこく問い詰めるのが嫌でたまらなかった。

相手が親切で腰の低い対応をするほど、自分のやっていることが申し訳なかった。

逆にふんぞり返った態度で「え? その日に予約したいの? あー、残念だけど、その日はもう予約が入っているよ」と言う人が相手である方が、こちらも気楽に話せるのでホッとした。

お金の求めて東京へやってきた私だったが、次第に自分の心が相手を疑い徹底的に白黒つけるようなビジネスの論理に染まっていっている気がした。

そんな時、宮城県の会場を予約することになり「入場の際に提示する許可証は発行されるのか? キャンセルした場合はいつからキャンセル料が発生するのか?」と言うことを聞いたのだが、おそらく年配の男性だと思われる担当者の人がこんなことを言っていた。

「許可証なんてなくても、受付で名前を言ってもらえれば鍵を開けますよ」

「え? キャンセル料? そんなものありませんよ。そんな人を疑うようなことをしたら商売なんてできませんよ」

その言葉は、ビジネスビジネスビジネス、金金金の論理に押し潰されそうになっていた私の心を救ってくれた。

ちなみに、その職場では東京にはもう一つの息苦しさがあることに気づいた。

それは「スピード」である。

東京の会場では1年前からの予約受付が基本であるのに対し、地方では半年前から開始する会場というのが珍しくない。

それから、急遽(といっても大半はどうでもいいことだが)確認したいことがあるために電話をかけても17時で営業が終了しているため、電話がつながらないことも何度かあった。

そのようなことが起こる度に先輩が文句を言っていた。

「これだから、地方会場は嫌なんだ!!」

「こっちの都合も考えてほしい!!」

「地方はのんびりしている」というような牧歌的な捉え方もできるが、それだけのスピードで動かなければ東京では生き残れないということなのかもしれない。

スピードと言えば聞こえはいいのが、それだけ金に使われ、振り回されているということである。

・地方転勤の不安と東京への憧れ

地域という「世間」がない東京にも職場という「世間」は存在する。

しかも、私の経験では、職場の息苦しさは東京の方がきついと思う。

また、東京には正規、非正規を問わずたくさんの仕事があるが、多様な働き方が認めているというわけでもない。

20代後半の私がバイトの面接や派遣の顔合わせと称した違法面接を受けた時も、おそらく旧日本型雇用の体質が染み込んでいるであろう採用担当者から

「何で正社員の仕事を探さないの?」

「ここに数ヶ月の空白期間があるけど、この間は何をしていたの?」

しつこく尋問された。

それは私が地元に存在していた偏屈で特定のモデルしか認めようとしない排他的な「世間」とまるで変わらなかった。

だから、東京では誰でも周囲を気にせずに自由に暮らせるというわけではない。

東京も地方も人間関係の息苦しさは変わらない。

もちろん、東京には車を所有せずに生活できる利便性があって、買い物するための場所はたくさんある。ただし、地方都市にもその程度の利便性はあるので、何が何でも東京にこだわる必要があるのかは疑問である。

東京で働いている会社員が地方転勤を命じられて、「不便な地方にはどうしても引っ越したくない!!」と思って退職を考えることが珍しくないそうだが、移動先が地方でも都市部である場合はそこまで悲観することはないと思う。(物価に合わせて給料もダウンするのなら話は別だが…)

また、地方在住の人が東京に憧れる理由の一つに

「東京には多数の共同体があるので、誰かと出会う可能性が溢れている」

ということがあり、これは事実だと思う。

だから、「地元にはない自分の『居場所』が欲しいから東京に出たい」と思う人もいるかもしれない。

ただし、その機会を生かすことができるのは、あくまでも「社会」(「社会」の定義はこの記事を参照にしてほしい)の相手に対する振舞い方を身に着けている人だけである。

だから、「東京には無条件に誰でも受け入れてくれる優しさがあって、自分が変わらなくても、東京にさえ行けば人生が変わる」と考えることは危険。

また、こんなことを書くと、「東京では職場以外では誰ともかかわりたくない人にも居場所を与えてくれる」という人が出るかもしれない。

それは事実だと思う。

確かに東京では、お隣さんと顔を合わせても挨拶をする必要はないし、極端な話をすれば(マナー違反であるにしても)電車で見知らぬ人とぶつかった時にも謝る必要はない。

そういった意味では職場を除けば、他人のことを一切気にする必要はないかもしれない。

まあ、それを「居場所」と呼べるのかは疑問だが…

というわけで、「東京には地元とは違う世界がある」とか「東京に出てくれば人生が変わる」というような憧れだけで上京しても、「自分が変わろうという意思がない限り人生を変えることは難しい」というのが私の結論である。

・まとめ

今回は話が乱立してしまったが、最後に言いたかったことをまとめる。

・東京であっても、地方であっても「都市部」で暮らすのであればそこまで大きな違いはない。

・「地元の生活が息苦しい」という理由で東京に出てきても、自分が変わらなければ何も変わらない。