パソコンが使えなかった時のできごと

この記事に書いた通り、2月に2週間ほど、パソコンが故障したことがあった。

どんなことがあったのかを簡単に説明しよう。

設定を変更していると、急に動きが遅くなったため再起動した。

しかし、10分ほど待っても一向にログイン画面が出てこない。

というわけで、今度は強制終了して、1時間ほど時間を置いて、電源を入れた。

だが、今度はパソコンが完全に起動しなくなってしまった。

このように、私一人の力ではどうすることもできない状況になってしまったため、メーカーに修理を依頼しようとしたのだが、次のような一文が気になった。

「お客様によって改造された製品は修理対応できかねます」

あ!!

そういえば、昨年の夏にメモリを増設のために取り替えていたぁぁぁ!!!

というわけで、メーカーへの修理依頼は断念して、修理業者に依頼することにした。

幸い、その日は土曜日であったため、翌日の日曜日にすぐに店を訪れた。

1週間後、検査報告と見積金額の連絡が入ってきた。

OSに重大な欠陥があるとのことで、再インストールが必要となったが、幸い、一部を除いて保存データは復元された。

お値段は…

私の1ヶ月の食費と同等の金額だった。

それでも、無事に戻ってきてくれるのなら、安いもんである。(元はと言えば、私の操作ミスが原因だし…)

というわけで、故障から2週間後、パソコンは戻ってきた。

そのことについては先ほどの記事で紹介した通りである。

今日はそのパソコンがない生活を送ることになった期間に私が感じたことについて書こうと思う。

・二度と会うことができなくなるかもしれない

パソコンを修理に出して帰宅すると、これからのことを考えることにした。

幸い、スマホとWi-Fiがあるからインターネットから隔絶されたわけではなかった。

しかし、普段スマホでネットを利用することがない私は、そこまでしてネットにアクセスしようとは思わなかった。

私はインターネットを利用する時間は多いが、ネット中毒ではないつもりでいた。

「良い機会だから、少しの間はネットから距離を置いて、勉強や読書の時間を増やそうかな」

そんなことを考えていたが、LINEのことが気になった。

以前の記事でも書いた通り、私のスマホはLINEを使用できないため、パソコンが戻ってくるまでは使えない。

というわけで、先ずは国内の知人にはメールでその旨を連絡した。

続いてはペンパルサイトを通して知り合った外国人にも連絡しなければならない。

直近の1ヶ月の間に連絡を取り合っていた人の数はざっと20人。

彼らには知り合ったペンパルサイトを経由してメッセージを送ることにした。

英字を打つことが面倒だったり、自分が書いた文章を翻訳ソフトでチェックすることに時間と手間がかかるため、基本的にはスマホから利用することないが、そんなことを言っている場合ではない。

パソコンが壊れたためLINEが使えないことを伝える簡単な文章をコピーして全員に送るつもりだったが、ペンパルサイトの多くは同じ内容の文章を立て続けに送ることが出来ない。

おそらく迷惑メールを一斉送信させないためなのだろうが、コピペした文書であっても、その都度、微妙に変更しなければならなかった。

だが、面倒であっても、送ることができるだけマシである。

InterPalsは数年前であっても相手との記録が残っているが、Hi Penpal1ヶ月で消えるため、「え~と、あの時、話した人は…」と後になって探すことができない。(消える前に友達登録をしておけば、相手の情報は保持できる)

ということは、彼らには私がLINEを使えないということを伝えることができない。

彼らが、私がLINEを使うことが出来ないことを知らずに、私へメッセージを送り続けていたら、私に無視されたと思い、そのままブロックされて二度と連絡が取れなくなってしまうかもしれない。

もちろん、彼らがそんな人ではないと信じているが、気がかりは他にもあった。

最悪パソコンが完全にデータ消滅となっても、LINEのアカウントが消滅することはないだろうが、どうやってアクセスすればいいのだろう?

パソコンにLINEを再インストールしても、スマホ版が使えない私は認証ができないかもしれない。

そんなことになれば、パソコンが戻ってきても、私は彼らと二度と話をすることができなくなるかもしれない。

・誰ともつながることができない恐怖

今まで当たり前に会話をしていた人と二度と話が出来なくなる…

心の中では「所詮はネットだけのつながりに過ぎない相手」だと思っていたが、そう考えると途端に怖くなった。

ペンパルサイトを通して連絡が出来た人は、私がLINEを使えない事情を知っているため、パソコンが戻って来たら、以前のように会話できる。

それでも、少なくとも1週間は会話ができなくなる。(結果的に2週間に及んだが…)

そのことも、より疎外感を強めた。

反応してくれる相手がいないだけでない。

パソコンが使えない間は今まで当たり前に目にしていた、誰かのブログやTwitterYouTubeとも隔離される。

ちなみに家にはテレビもない。

そのため、人の声や情報といった社会との接点も失われた気がした。

そんなことを考えているとますます怖くなった。

これが孤立する恐怖なのか?

時間は有り余っているはずなのに、勉強にも読書にも一切頭が回らなくなった。

今までも一人でいることには慣れっ子だったはずなのに…

気が付いたら、スマホでネットサーフィンをしていた。

調べものがあるわけではない。

毎日欠かさずに目を通さなければならない情報があるわけでもない。

しかし、パソコンを使用していた時よりも、長時間ネットを使用していた。

ただ、誰かと繋がっていないと不安だった。

ペンパルを失うことの恐怖も同じだった。

普段は何気なく会話をして、相手の存在を大きく感じることはないが、失って初めてその存在の大きさに気付いた。

2週間後、無事にパソコンが戻ってきた。

幸い、データの大部分は復旧できて、LINEの方もモバイル版の認証が必要だったものの、以前使用していたガラケーを使うことで対処できた。

ペンパルサイトを通して連絡ができなかった人たちは全員再会できて、一人こそ、数日間返事をしないことを問い詰めるメールを送ってきたが、その他の人たちは辛抱強く待っていてくれた。

・孤独の中で自分と向き合う

以前と同じ人間関係を取り戻すことができたが、パソコンが使えない間はスマホで長時間のネットサーフィンに入り浸るだけの生活は不健全だと感じて、その期間に自分の内面と向き合うことにした。

今の私は東京で一人暮らしをしている。

なぜ、地元を離れて、東京へ出てきたのだろう?

高い給料を得る仕事に就くため?

それも理由の一つだが、それがすべてではない。

一番の理由は地元で暮らし続けても、満足できる人間関係を築くことができないと判断したからだった。

東京へ出れば、違った生活を送ることができるかもしれない。

そんな希望があった。

一時期は望んでいたような深い関係を持つことができるかもしれない相手も現れた。

しかし、土壇場のところでバックレられた。(その時の話はこの記事で紹介)

結局、上京して数年が経過しても、当初の望みを叶えることが出来ずに居たところ、パソコンが使えずオンラインの関係も経たれたことで、今まで騙し騙し通していた問題点が露になったのかもしれない。

これからの人生で、やりたいことは何なのか?

また、何をすべきか?

東京へ移り住んだ後も望んでいた生活は送れていないが、地元に戻ったところで、親族や人間関係に恵まれた「地元型」の生活を送れることはおそらく不可能である。

「大企業型」の生活に至っては論外である。

その答えは1年近く経った今でも見つけ出していない。

(「地元型」や「大企業型」の意味についてはこの記事をご覧いただきたい)