
12月に入って、いよいよ2025年も終了という感じになってきた。
私が地元に居た時は主婦パートの女性と共に働くことが多く、彼女たちはこの時期になると急に出勤日数が減ったり、早退することが増えた。
その理由は…
「年間収入が130万円超えないように調整するため」
である。
いわゆる「年収130万円の壁」 だ。
この壁を意識しながら働いている人は非常に多い。
12月が近づくほど「シフト減らしてください」という申し出が増える職場も少なくない。
なぜ、「年収が130万円を超えると困る」と言われるのか?
この壁を引き上げようという声が繰り返し上がるのは、どのような思惑があるのか?
そして、実際に壁が引き上げられたらどうなるのか?
今回はその背景と予想を見ていきたい。
・「年収130万円の壁」とは何か?

まず、「年収130万円の壁」についてだが、これは「社会保険の扶養から外れる基準」を指す。
具体的には、会社員の配偶者がパート勤務などで年収130万円未満であれば、配偶者の「社会保険の扶養」、国民年金第3号被保険者に入れる。
その場合、本人は国民健康保険に加入する必要がなく、自分で健康保険料や年金保険料を支払わないで済む。
ところが、年収が130万円を超えると、自分自身が健康保険・厚生年金に加入しなければならず、給料から毎月の社会保険料が天引きされ、手取りが減る。
このように、130万円を1円でも超えた瞬間、手取りが大きく減るケースがある。
具体的には、
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健康保険料:年間で十数万円
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厚生年金保険料:年間で20万円以上
これらを支払うことになると、パート収入に対する可処分所得率が非常に低くなる。
だから、多くの人が「収入を増やしたいのに、壁があるせいで働けない」という状況に陥るわけだ。
この構造だけを見ると「最低賃金に近い時給でパート労働をすると扶養に入っていた方が圧倒的に得」という判断になるのも理解できる。
いわゆる「働き控え」の典型例である。
こうした働き控えを解消するために、「年収130万円の壁を引き上げよう」という主張が度々登場する。
政治家や経済界にとっては
「労働力不足の中で、フルタイムで働けない人の労働時間をもっと確保したい」
「働き控えをなくして 経済活動を活性化させたい」
「企業側の人手不足を緩和し、生産性を高めたい」
という理由もあるのだが、ここでは労働者目線で考えてみたい。
たとえば、年収の壁が130万円から180万円まで引き上げられたとしよう。
それまで年収130万円を超えないよう働き控えをしていた人たちも、179万円までは働くことが出来るので、より多くの収入を得ることができる。
そして、何といっても、年収150万円で働いていた人は、配偶者の扶養に入ることが出来て、これまで毎月の給料から差し引かれていた社会保険・厚生年金の保険料の支払いがなくなるため、その差額が手取り増となる。
社会保険の支払いについては、配偶者の扶養家族になって、彼が加入する保険に入るわけだから、1円も負担する必要はない。
年金については厚生年金の2号から、国民年金の3号に切り替わることで、将来手にする年金額は減額される可能性も高いため、「すべてがハッピー」とは言えないが、支払う金額は0円である。
扶養内の制限額が引き上げられると、主婦パートの多くは、社会保険料の支払いを避けることが出来て、家計は大助かり。
これが扶養の壁引き上げによる最も分かりやすい効果と言えよう。
よかったね~
・その穴を埋めているのは誰なのか?

しかし、この「得をしているように見える仕組み」には重要な副作用がある。
社会保険料は「働く人」本人と企業が折半で負担している。
年収の壁引き上げによって、社会保険に加入していた労働者が配偶者の扶養に入ると、それまで労働者本人と、彼らの勤め先が支払っていた社会保険料は誰が負担することなるのか?
それは他の社会保険加入者である。
つまり、年収の壁が引き上げられると、生活を支えてくれる家族(主に夫)がいる人は、配偶者の扶養に入ることが出来、手取りが増えて得をすることになる。
一方で、扶養に入れてくれる人がいない単身者、低所得で結婚出来ず扶養してくれる人がいない人、非正規でフルタイム勤務している若年層は、制度の恩恵を受けられないどころか、そうした人たちの手取り増のために、社会保険料の支払いを肩代わりさせられ、より多く保険料が天引きされ、手取りが減ることになる。
経済的に立場が弱く、一人で生きるしかない人ほど、社会保険料で損をする。
前回の記事でも取り上げたが、2026年4月から始まる「子ども・子育て支援金制度」は「実質的な独身税だ!」と大騒ぎになっている。
しかし、構造的には 130万円の壁引き上げの方がずっと独身税に近いと言える。
というわけで、私は年収130万円の壁引き上げには反対である。(もっとも、社会保険の「扶養」という制度そのものにも反対なのだが、それは一旦置いておく)
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扶養に入れる人(主に既婚女性):保険料が安くなる。
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扶養に入れない人(単身者や低所得者、シングルマザー):その穴埋めをさせられる。
という弱者からの搾取構造が、きわめてハッキリしているためだ。
にもかかわらず、不思議なことに、年収の壁を引き上げようとする政治家や団体に対して、
「格差の再生産だ!」
「低所得者にしわ寄せが来ている!」
という批判はほとんど上がらない。
むしろ、
というような英雄扱いされていることすらある。
社会保険料の引き上げよりも、そちらの方がよっぽど恐ろしいことなのだが…
・「手取りが増える」というマジックワード

もちろん、130万円の壁引き上げによって、得をする人が出ることは事実である。
そういう人たち(ご家庭)にとっては、まさしく「手取りが増える」状態になる。
悲しいことに「手取りが増える」と説明されると、自分が損をする側であっても、「自分にとっても有難い改革」だと勘違いして賛成してしまうバカが少なからずいるのだろう。
こんな「自己責任論」のようなことは言いたくないのだが…
そんな甘言に騙されるから、あんたは搾取され続けているんだろう!!
と一喝したくなる。
実態として起きているのは、「誰かの優遇を維持するために、別の誰か(多くは弱い立場の人)が負担を押し付けられる」という社会保険制度の歪みである。
それでも「手取りが増える」という甘い響きが前面に出てしまうと、人は制度の全体像が見なくなり、自分が負担させられる側であっても、批判することなく受け入れてしまう。
2025年7月の参議院選挙で参政党が「社会保険料の引き下げによって国民の手取りを増やす!」という政策を主張すると、その後も多くの政党が追従して同じようなことを言い出した。
一方で、闇雲な減税や社会保険料の引き下げを否定して、「現状維持」を訴えた自民党は大敗、石破首相は辞任へ追い込まれた。
この結果から分かる通り、
「毎月の社会保険料の負担が大きいから、少しでも引き下げて欲しい!!」
「自分が働いて得た給料から天引きされた金が、見ず知らずの人のための使われるのは納得できない!!」
と憤慨している者は少なくないのだろう。
だが、社会保険によって手厚く守られている人は、決して高齢者や病人ばかりではない。
何回言っても分からないアホもいるが、「正社員だから保障されている」と誤情報が蔓延している怪我や病気、産休・育休で長期間働けない時に給与の一部として得られるお金は、会社が給与として支払っているのではなく、社会保険から拠出される公的な給付金である。
私自身は全く支持していないのだが、このように安心して働ける社会保障制度こそが、日本型雇用信者が崇めている「安心している働ける環境」ではないのか?
社会保険料の引き下げは、こうした制度を否定して縮小することに繋がる。
にもかかわらず、「手取りを増やす!」というフレーズを耳にしたら、自分たちを支えてくれる制度の破壊に賛同する大バカ者もいるのだ。
そんな社会では、保険料の引き下げにより少しでも増えた手取りを元に各々が民間の保険に入って、自衛のために備えるしかない。
なんという新自由主義社会であろうか。
というわけで、この記事では、一連の流れを「令和版の小泉・竹中改革」と名付けた。
自分が搾取される側になるのに、103万円の壁引き上げに賛成している者もこれと全く同じだと言えよう。
もしくは、私の元同僚みたいに自分はそのような生き方をしていないにも関わず、そうした現実を受け入れるのが嫌で、「自分も日本人の標準的なコースを生きている」と思い込んで、自分も得をする側にいると勘違いしているのかもしれない。
「あなたの手取りが増える!!」
そんなまやかしを真に受けて、物事の本質を見誤ってはならない。









