ペンパルサイトで知り合った人と数年振りに再会して感じたこと

先日、ペンパルサイトから私宛のメッセージが届いたことを知らせるメールが入った。

メッセージの送り主は見慣れない名前だったため、初めて会う人からのメールかと思っていたが、サイトにログインして送り主の詳細を確認すると驚いた。

送り主は5年前に頻繁に連絡を取っていたものの、ここ数年は完全に音信不通になっていた相手だったのである。

・国は違っても大差ない職場環境

今の彼のプロフィールがこちら

居住地:アメリカ(イリノイ州)

年齢:29

性別:男性

職業:保育施設の用務係

私たちが知り合ったのは5年前の201511月である。

彼はイリノイ州の田舎に住んでいる。

彼曰く、そこにはいい仕事が全くない。

知り合った時の彼は保育施設の用務係として勤務していたが、以前は高齢者向けの介護施設で働いていた。

その仕事は低賃金の肉体労働だったため、退職者が続出して、働き始めて日が浅い彼がいきなり責任者役を任されるなどひどい職場だった。

私は介護職に従事した経験はないが、老人介護施設を経営する会社の食品工場で働いていたことはある。

その職場は本社の退職者が多すぎるという理由で、私の勤務先の社員が頻繁に人事異動で引き抜かれていた。

噂では私の勤務先と関わりがある人に限定しても、1年で20人近くの人の出入りがあり、介護部門ではそれ以上の人が動いていたとかなんとか…

彼とそんな話をして、「介護職が大変なのは洋の東西を問わないことなのだなあ」と意気投合した。

彼は実家のある田舎に住んでいて、学生時代の友達の多くは就職や進学で街を離れたため、親しい友人がいなかったが、これも私と同じだった

今でこそ、かつての友人と再会できたが、当時はその友人ともすでに5年近く疎遠になっていた。

彼はそんな私にこんなアドバイスを送った。

4年振りに再会したアメリカ人:

あなたが彼と会いたいと思っているのなら、ぜひともそうした方がいい。

私は高齢者の介護をしていたため、死期が迫っている人と話をしたことがあるが、一番多い後悔が「酒や仕事や女のおっかけに没頭しないで、もっと友達との関係を大切にすべきだった」というものだったから。

彼の連絡先を知っているのなら、手紙を送り続けていれば、彼もいつかは返事を書いてくれるのではないか?

その1年後、様々な偶然が重なって友人と再会することになったわけだが、これには間違いなく彼の言葉が影響していた。

・空白期間などお構いなし?

私たちは頻繁に連絡を取っていたが、次第にネタ切れとなり、3ヶ月が経過した頃からは数ヶ月に一度近況を報告し合う程度になった。

そして、1年も経たない内に、その返信も来なくなった。

彼のオンラインの履歴を見てみると数ヶ月に一度はログインしていたようだが…

まあ、これはペンパルサイトの付き合い方としてはよくあることである。

そんなわけで、彼との関係は完全に終了したと思っていた。

その彼がおよそ4年振りにメッセージを送ってくれたわけだが、突然のことで驚いた。

経緯としては私が1年前に送った定期連絡のメッセージへの返信であった。

しかも、4年におよぶブランクについては一切触れず

4年振りに再会したアメリカ人:「やあ、調子はどうだい? 僕は先週、同僚の誕生パーティーに参加したんだ」

というように、あたかも私が先週送ったメールに返信しているようだった。

あんた、その前に説明することがあるでしょう!?

いや、別に怒っているわけではないが、そう言いたくなった。

彼から最後にメールが来たのは4年前なのだから、私は今の彼がどんな生活をしているのかは一切不明である。

私が空白期間のことを彼に尋ねると「ごめん、ごめん。そうだったね」というような様子で、私に最後に返信してからのことを説明した。

当時の彼は保育施設で用務係の仕事をしていたが、勤務先から労働条件を一方的に変更されたことに激怒し退職。(アメリカでもそんなことがあるのか!?)

その後は親戚のつてをたどり都会へ働きに出て、配送の仕事に就く。

その仕事も給料は恵まれず、毎日一人で決まった仕事を淡々とこなす日々だった。

そんな生活を1年ほど送っていたが、帰省していた時にたまたま買い物先で昔の同僚と再会した。

そして、彼の元職場は人手不足で困っており、以前労働条件を一方的に変更した上司もすでに退職していることから、彼に復職を頼んだ。

彼はそのオファーを受けて以前の職場に復帰。

住まいも実家に戻って、以前と同じような生活に戻っていた。

ちなみに、4年間音沙汰がなかったのに、突然メッセージを送ってきた理由は、メールボックスを整理していると、私が送ったメッセージに返信していなかったことに気付いたからであり、特に用があるわけではなかったらしい。

・友情とは場のつながりの延長に過ぎない?

彼のハチャメチャな振る舞いには驚かされたが、それでも私は嬉しかった。

彼が私のことを覚えていてくれて、あたかも昨日会ったばかりの友人のように接してくれたから。

これは私が子どもの頃から思っていたことだが、どんなに仲良くした友人であっても、クラス替えや部活動を始めることによって日々の生活が変わってしまうと、次第に疎遠になり、これまで蓄積した関係もまるで最初から存在しなかったような雰囲気が生まれ、喧嘩別れをしたわけでもないのに、友人関係が消滅してしまうことが多々あった。

友情なんてものは学校や職場のような「同じ場所で同じ時間を過ごすことによってしか成立しない」ものなのだろうか?

「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉がある。

同じ仕事をしている時は仲間だと思っていた相手も、実はお金を介した関係や、お金を得るという目的のために付き合っていたに過ぎず、退職などで利害関係が消滅してしまえばただの他人になってしまう。

でも、それは仕方がないことである。

一緒に仕事をする相手は選ぶことはできないし、職場にいる時はそれだけで仲間のように錯覚してしまうため、普段は魅力がない相手でも親近感を感じてしまう。

そのような関係では、距離が離れて冷静になると本当の気持ちに気付くものである。

しかし、職場や学校の中だけでなく、その領域を超えて(プライベート)でも仲良くした相手であっても、場の切れ目が縁の切れ目になってしまうのは悲しい。

私が学校を卒業した後、元同級生の家に数年振りに行くことがあった。

玄関の呼び鈴を鳴らすと元同級生の母親やお兄さんが出てくることが多く、私は彼(彼女)の存在を認識できた。

しかし、彼らとのやり取りでこんな寂しい思いを経験することが多かった。

元同級生の家族:「お名前は?」

早川:「昔、○○君と同級生だった早川といいます」

元同級生の家族:「えーと、あの子とはいつ同級生だったのでしょう?

早川:「中学生の時です」

元同級生の家族:「○○!! 早川君って子が来たよ」

この手のやり取りで、相手方の親族から「昔、○○と同級生だった早川君!? 随分と大きくなったね!!」などと再会を喜ばれたことは一度もない。

私の風貌があまりにも変わり果てたのなら仕方ないのかもしれないが、

「私はあなたとも昔、面識があったから知っているでしょう?」

そう言いたかったのは一度や二度ではない。

そして、元同級生も玄関で対面した親族のように私の存在を認識できないということはなくとも、どことなく距離を感じてしまい、かつてのように気さくに世間話をすることはできなくなってしまう。

一度離れたら、同じ関係に戻れないというのは本当に残念である。

というよりも、彼はなぜ4年の空白を経ても、普通に返信してきたのか?

私は喜びを感じつつも、そのことが疑問なのであった。

次回へ続く