なぜか派遣社員の私が新入社員に仕事を教えることになりました③

前回の記事はこちら

・一歩目が踏み出せない

私は新入社員のニシヤマ(仮名)に対して無関心を装っていたが、彼と仕事だけでなく、個人的な話をしたいと思っていた。

別に彼のプライベートに立ち入るつもりはないが、自分が大卒で大企業に新卒採用で働いたことがなく、そのような知り合いもいないため、それがどのような感覚なのかを直に聞いてみたくなった。

私の方から勇気を出して踏み込むべきだが、何から話したらいいのか分からん。

世間話から話すべきか?

この会社で働くことを決めた理由から聞いてみようか?

いや、この会社は子どもや学生が「将来の夢」として憧れるような仕事をしているわけではないため、志望動機の大半は「大企業だから」「安定していると思ったから」に違いない。

しかし、それが事実だとしても公に出来ないため、ウソの理由で塗り固めるだろう。

そんな茶番は面接のやり取りだけでうんざりするほど経験しているはずである。

それでは、大学の時の話はどうだろうか?

あ、それだと大卒でもない私が話についていけないから、その後の展開に困る。

だとしたら、高校時代の部活の話?

でもそれだと、野球やサッカーやバスケのようなメジャーなスポーツならともかく、何かよく分からない文化系の部活だったら、相手は答えづらいに決まっている。

そもそも、今まで仕事の話しか一切しなかったのに「何で突然親しくなろうとしているんだ?」と彼に変に思われるかもしれない。

他の社員に対しては無口で不愛想なのに、新入社員に対してだけは馴れ馴れしく話しかけているとしていると周りに思われるかもしれない。

その上、彼の私生活を聞いた後、私のことを聞き返されたら返答に困ってしまう。(参考記事

そんなことを考えていたら、あっという間に1ヶ月以上が経過した。

・きっかけは突然やって来た

そんな日々を送っていた時、郵便局の場所を案内するために、彼と一緒に外出することになった。

これは絶好のチャンスである。

これまでも、彼に仕事を教える際に何度か二人で事務所の外へ出たことがあるが、私たちが働いているフロアは小規模なもので、その上、換気のために常にドアを開けており、事務所から離れた場所にあるはずの給湯室の話声も聞こえてくる。

そんな状況だったため、事務所から離れても、一切気を許せなかった。

というわけで、今回のように完全に同僚の目から逃れられる機会はとても貴重である。

だったのだが、なかなか会話のきっかけが見つからない。

私が口にできたのは「この道を右に曲がります」とか「この道は歩道が狭いから気を付けてください」という事務的な案内だけであった。

そんな時、信号待ちをしていると、ふと地元のことが頭をよぎり、信号が変わったことに気付かないことがあった。(その様子はこの記事にも書いてある)

私の様子を心配した彼は、私に何か考え事をしていたのかと尋ねてきた。

そこで私は地元の話をしたのだが、そこでようやく、彼と仕事以外の話ができるようになった。

そこから、彼も徐々に私と個人的な話を交わすようになった。

彼曰く、私に聞きたいことがあったそうなのだが、私が仕事以外の話を一切喋らないため、仕事中の私語を許さない人間だと思っていたようで、仕事の話をする時も一貫して無表情で褒めることも怒りを表すことも一切ないため、どんな人物であるかを判断するきっかけが見つからなかったようである。

そこで、私も今までの経緯を彼に打ち明けることにした。

私が今まで頑なに仕事中に世間話をしなかったのは、会話が筒抜けであるため、他の社員に聞かれて、「普段は無口なのに、新入社員の彼に対してだけはおしゃべりなんだと思われたらどうしよう」と気にしていたからである。

そして、仕事に関しても一切無表情だったのは、元々の性格に加えて、これまでの経験から変なプレッシャーを与えたくないと思っていたからである。

また、彼の仕事に対してしつこく口出しせずに、一線引いた場所から静観することが多かった理由は、この記事で書いた通り、ろくでもない教えたがり屋ほど、偉そうな顔で他人の仕事に口出しして、求めてもないのに余計なアドバイスを送りたがることが多く、そのような人間になりたくなかったからであった。

それを聞いた彼は大笑いしていた。

・旅立ち

それ以降の私たちは、時折仕事に関する雑談をするようになった。

彼は父親が大企業のサラリーマンで母親はスーパーでパートの仕事をしている典型的ともいえる日本型家族で育った。

そして、学生時代のアルバイトも1社しか経験していない彼にとっては、私のようにいくつもの仕事を転々として生きている人間は初めて目にする存在であり、自分が知らない世界の話を聞きたがった。

というわけで、私はこれまで経験した仕事や私が絶対にこのようにはなるまいと決めたクソ上司(または同僚)列伝をよく彼に話した。(当たり前だが、ここで調子に乗って自慢話や説教などをしてはいけない)

それから、事あるごとに、私がブログで何度も伝えてきた「偉そうなことを言っている人間も実のところ大した仕事をしていない」ことを伝えた。

彼と楽しく会話ができるようになったことは良いことだが、その時はすでに課長に仕事を教え終わる期限だと告げられていた3ヶ月目に入っていた。

そして、彼はお盆休み明けから、元々配属される予定だった支店へ異動になる内示が発表された。

こんなに楽しく話ができたのなら、私の方からもっと早く踏み出せば良かったのではないかと思ったが、もしかしたら、ある程度仕事上の信頼関係が築かれる前だと、彼も警戒して、今と同じような話ができたかどうかは分からないため、この方が良かったのかもしれない。

彼が私と同じ職場で働いた最終日の勤務終了後、彼との間にこんなやりとりがあった。

ニシヤマ:「これからは別の場所で働くことになりますけど、早川さんから教わったことは業務だけでなく、仕事観についても大いに参考にさせていただきます。貴重なお話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。社会人として最初にお仕事を教えていただいたのが、早川さんでとても幸運でした。」

早川:「ハハハ、それはとてもうれしいのだけれども、派遣社員から仕事観を教わったなんてことを聞いたら、たぶん正社員か反感を持たれるから、向こうでは絶対に口にしない方がいいですよ」

ニシヤマ:「そうなんですか、ハハハ」

こうして彼は新天地へと旅立った。(といっても、これまでの職場から電車で数駅しか離れていない場所なのだが…)

・今回のまとめ

そうして、私は以前の生活に戻った。

「彼は今どんな職場で働いているのだろう?」

仕事中もそんなことをよく考えている。

彼との3ヶ月を振り返って感じたのはとにかく疲れたということ。

教えるための資料作りから、段取りの計算、彼が仕事を理解できているかの確認など気を使うことが多すぎた。

今まで私に仕事を教えてくれていた方は皆様こんな苦労をされていたのですね。(もっとも、その苦労に耐えかねて、私に苛立ちをぶつけた人に対しては同情しませんけど)

私のスタンスとしては、仕事なんてものは生活の糧に過ぎないのだから適当でいい。

このブログでもそのことを幾度となく発信してきた。

しかし、筋金入りの口下手で、コミュニケーション能力が低い私は(自分が派遣社員だという立場であることを差し引いても)、ブログで文書を書くような勢いで、彼にそのことを伝えることができなかった。

伝える方法もタイミングの取り方も全く分からない。

というわけで、言葉で伝えることができないのなら態度で示そうと思い、彼に質問されても一切嫌な顔をしないことと、彼が失敗した時に「大丈夫ですよ」と声をかけることを意識した。

そして、彼に仕事のプレッシャーをかけないために、常に定時退社と休憩時間は全く仕事をしないことを心掛けた。

最終的には彼と雑談ができるようになったことで、私の意図を直接口で伝えることが出来たが、それができなかった場合はどうなったのかは分からない。

それでも、彼にそのことを伝えた時に言われた「確かに『質問しづらい』とか『早く仕事を終わらせなきゃ!!』というプレッシャーは全く感じず、『分からないことがあった時はすぐに早川さんに聞けばいい』と思えました」という言葉を信じよう。

彼はこれから先、何年もこの会社で働くことになるだろうが、私は契約期間の定めがある派遣社員に過ぎない。

そのため、彼の成長を見届けることなく会社を去ることはほぼほぼ確定している。

ちなみに、彼とは個人の連絡先の交換など一切行っていない。

もしかすると、彼とは二度と会うことはないかもしれない。

そう考えると、彼と共に過ごした3ヶ月間がとても感慨深くなった。

つい先日まで、彼が座っていた席にはもう彼はいない。

そこを見ると感傷的になるところなのだが、ここ数ヶ月は彼に任せきりだったため、すっかり腕が落ちてしまった業務に追われて、そんな余裕がない近頃の私であった。