なぜか派遣社員の私が新入社員に仕事を教えることになりました②

前回のあらすじ。

派遣社員として平穏な生活を送っていた私だったが、コロナの影響で人員配置の急変があり、就業先に急遽配属された新入社員に仕事を教えることになってしまった。

人に教えることは素人であり、なおかつ派遣社員である私が、新入社員に仕事を教える自信など全くない。

しかも、私がそのことを告げられたのは、彼がやって来る2日前のことである。

その上、課長は楽観的なのか、非協力的なのかは分からないが全く当てにならない。

そう思った私は彼に教えるべき仕事のマニュアルを急ごしらえで作成して、来るべき日に備えたのであった。

・顔合わせをハブられる

彼が配属される日、私はギリギリまでマニュアルの見直しをするために、定時の30分近く前に出社した。

まずパソコンのメールボックスを確認すると、課長からメールが届いていた。

その内容とは…

・今日から配属される新人は会議室で部内の社員や役員と顔合わせをするため始業時間30分後に事務所にやって来る。

・部内の正社員もその顔合わせに参加するため、その間は部内にいるもう一人の派遣社員の人と一緒に電話や来客対応をお願いします。

課長より

マジふざけんなよ!!

いきなり、新人教育を押し付けられた上に、何この扱い!?

怒り心頭だったが、悪いのは課長であって、その新人ではない。

間違っても、その不満を彼にぶつけないよう注意しなければならない。

始業時間から30分近くが経過した頃、部内の社員が次々と戻ってきた。

すると、課長が新入社員を連れて、私の席にやって来た。

課長:「早川さん、こちらが今日からここで働くことになったニシヤマ(仮名)君。ニシヤマ君、彼が今日から君に仕事を教えてくれる早川さんだよ」

ニシヤマ:「今日からお世話になるニシヤマといいます。ご指導のほどをよろしくお願いします」

早川:「あ、どうも、早川といいます。ご指導といっても、実は私も数ヶ月前から働き始めたばかりで、他の人の助けを借りることも多いのですがよろしくお願いいたします。ハハハ…」

こうして、彼との初対面の挨拶を済ませたのであった。

人によっては仕事を教える前に世間話でもして相手がどういう人なのかを探るところかもしれないが、前回の記事で練った戦略の通り、先ずは好かれることよりも、嫌われないことに重点を置かなくてはならない。

彼がどんな人であるかは仕事を教えながら探ることにしよう。

・実際にやってみないと分からないですよね

一日の始まりのルーティーンは前日の営業時間終了後に代表宛のメールアドレスへ届いたメールの仕分け作業である。

パソコンを使うため、先ずは彼のパソコンのセットアップを行わなければならない。

というわけで、パソコンを起動して、彼が事前に渡されたというIDと初期パスワードを入力したのだが、上手くいかない。

試しに、「O」と「0」、「I」と「l」などの紛らわしい文字をいくつか試してみたが、まったくログインできない。

私は当てにできないと思いながらも課長に相談した。

案の定、彼もこの事態には対応できないということで、私が別部署のシステム担当者に問い合わせることにした。

午後になって分かったことだが、彼のアカウントにログインできなかった理由は、彼が受け取ったIDとパスワードは本来彼が配属される支店のパソコンでのみ有効なものだったため、この職場のパソコンでは使用できないのであった。

新入社員の彼がそのことを知らないのは仕方ないにせよ、誰か(というよりも課長が)気付けよ!!

午前中はパソコンが使えなかったため、配達物の仕分けや、私が引き出しの中に取りためておいた資料のファイリングなどの簡単な業務を教えることにした。

早川:「いやー、いきなり雑用をやらせてすいませんねえ」

ニシヤマ:「いえ、これも大切な仕事ですから」

そんなことを言いながら、彼との仕事は始まったのだった。

彼のパソコンが使えるようになったら、最初は比較的簡単な請求書の処理を教えることにした。

これは用意されたExcelのフォーマットに支払金額と使用部署を入力して、そのファイルを別の会計ソフトへ転送するだけの単純なものである。

私はマニュアルを渡して、説明しながら一通り実演してみせた。

説明を終えた私は彼に尋ねた。

早川:「何か質問はありますか?」

ニシヤマ:「えーと…」

早川:まあ、実際にやってみないと分からないですよね

ニシヤマ:「はい。そうですね」

「実際にやってみないと分からないですよね」とは仕事を教える人がよく口にする言葉である。

私も何度も耳にしたことがあり、この言葉のおかげで随分と心が楽になった。

相手に仕事を教えつつも、一度で理解することが出来ない人を気遣う優しい言葉だが、いざ自分が言おうとするととても緊張した。

この一言が口にできただけでも私にとっては大きな一歩だった。

さあ、次は何を教えようか…

と思っていたら、課長に止められた。

その日の彼は午後から、別の部署の新入社員と一緒に、事務所のハウスルールを学ぶためのオリエンテーションに参加することになった。

(課長、そういうことは私にも事前に知らせてもらえませんかね…)

彼は私以外の人からも仕事を教わるため、翌日以降も私が彼に仕事を教えるのは15時までになった。

・初日を終えての感想

ニシヤマがオリエンテーションに参加した後の私は明日の段取りを考え、まだ彼に教えるには早いと判断した業務を一人でこなしていた。

彼が席を離れた後も、私は彼のことを考えていた。

一日(厳密には半日)一緒に過ごして感じた彼の印象は礼儀正しく笑顔を絶やさない好青年というものだった。(といってもマスク越しだから表情はよく読み取れなかったけど)

少なくとも、仕事初日から終始無表情で、「はい」、「すいません」、「ありがとうございます」の3つが発する言葉の8割近くを占める私などに比べれば周囲に与える印象はずっと良いだろう。

私に対しても「何で正社員の俺が派遣社員から仕事を教わらなければならないんだ!!」というような表情は見せなかった。

初日は彼が「どこに住んでいる」とか「この会社に入社した理由」といった世間話は一切せずに仕事の話だけだった。

だから、彼がどんな人なのかは詳しく分からなかった。

でも、それでも構わない。

先ずは仲良くなることよりも、仕事の信頼関係を築くことが優先である。

さて、明日からはどのような段取りで仕事を教えていくべきだろうか。

パソコンで行う業務は支払処理、通信会社から送られてきた使用料金を解析して部署ごとに振り分けるなどの簡単な事務作業で、やることの一つ一つはそこまで難しい作業ではない。

しかし、種類は多い。

彼に渡したマニュアルは最終的に30近くなった。

そして、ほとんどの仕事は1ヶ月に1度しか行わないため、教えた時はしっかり覚えたつもりでも、1ヶ月経って「同じことをやるぞ!!」と思ったら忘れてしまうことがある。

私にとって幸いだったのは次の2点である。

1つ目は私が彼に仕事を教えるのは17時半までの勤務時間の内の15時までであること。

私は勤務時間のすべてを彼と共に過ごすわけではなく、一人の時間に教えるための準備をしたり、まだ彼がこなすことができない仕事を一人で行うことができる。

そのため、私は自分の仕事を進めることができない苛立ちを彼にぶつけることはなかった。

もう一つは、課長はいい加減な人であるが、それなりに裁量を与えてくれたこと。

彼には3ヶ月かけて今の私がこなしている仕事を教えればいいと言ってくれて、「先ずは何から教えろ」とうるさく口出しされることはなかった。

だから、彼に短期間であれもこれもと詰め込む必要はなかった。

そして、誰もが嫌がるであろう電話応対は後回しにできた。

仕事を覚える時にそんなものに気を取られていたら、ますます混乱するだけだから。

・彼は順調に仕事をこなすが…

翌日以降は毎日の定型業務を繰り返すことが彼の日課になった。

必要になったタイミングで新しい業務を教えたのだが、もちろん、一度では覚えることはできない。

1ヶ月に一度しか行わない業務がほとんどであるため、教えた時は覚えても、次にやる時はすっかり忘れてしまうことが珍しくない。

それでも、同じことを何度も粘り強く説明して、決して「人に聞く前にマニュアルを見ろ!!」とか「前も教えたでしょ?」などとは口にしない。

彼はとても真面目に仕事に取り組むのだが、私には心配点があった。

ほとんどの人も同じことだろうが、教える側が「難しいことがあったら、気にせずに相談してね」と言ったところで、それができないのが新入社員というものである。

実際に私が「今の説明で分からないところはありましたか?」と聞いても、彼は常に「大丈夫です!!」と答えていた。

もちろん、一回で完璧に理解することなどできないため、その返事を真に受けることはないが。

ちなみにこの仕事は他にもRPASAPACCESSなどのソフトも使用する。

すぐにではないが、ゆくゆくはExcelで使用するIFVLOOKUPも教えるようにと課長から言われた。

自分で数式を組むことはないが、エラーが生じた時に修正できるように仕組みを覚えておいてほしいとのことだった。

果たして、どのタイミングで教えるべきなのだろうか…

このブログで何度も言っているが、他人は自分ではない。

そのため自分は何の苦労もなく覚えたことでも、他人にとっては大きな困難を伴うことがある。

それに、私は自分の退勤後の彼のことは知らない。

もしかして、毎日のように夜遅くまで働かされてはいないだろうか?

そうだったら、私が教える仕事を覚えるどころではない。

こんな時に世間話ができるような仲であれば、会話の中から手がかりを見つけることができるが、私にはそれができない。

彼は次第に他の社員とは軽い世間話ができるようになっていた。

しかし、私とは一切身の上話をすることはなかった。

まあ、私からそのような話をすることがないのだから、彼の選別は当然のことだが…

彼は本当に仕事について来られているのだろうか…

そして、私はどのように思われているのだろうか…

次回へ続く

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