もしもこんな地元なら、私は上京などしなかった

東京の生活に満足していない私が、地元に戻るつもりがない理由についてはこれまで何度も説明してきた。

改めて言わせてもらうが、仕事に恵まれないことが一番の理由ではない。

決して解雇されることなく定年まで働けて、勤続年数に応じて給料が自動的に上がっていき、男一人の稼ぎで家族を養うことのできる「日本的な」会社など存在しないにもかかわらず、頑なにそれ以外の生き方を認めないことが最大の理由である。

そして、見返りなどあるはずもない、企業への献身や、返せる当てもない住宅ローンを組んで持ち家を買うことを強要する薄気味悪い宗教観にウンザリしていた。

そんな無限地獄のような人生は死んでも御免被る。

逆に言えば、どんな社会だったら私は地方に留まったのだろうか?

4ヶ月前に書いた「地元へ戻って就職、結婚することをしつこく勧めるオヤジとの決着をつけに行く①」の中に、こんな一文を書いたことを覚えているだろうか?

たとえ、福利厚生に恵まれた会社なんて無くても、一人ひとりが非力であっても、同じような立場の人たちが相互扶助的なグループを作って暮らすことができれば、貧乏であっても、そのことが直ちに死につながるのではなく、人間としての尊厳を保って生きることができる。

そこで、貧乏人同士が寄り添って休日に草野球やバーベキューを楽しんだり、子育ては地域や親戚と一緒に行うという例を挙げてみた。

実は当初、そこには私が考えた架空の物語を入れる予定だったが、長すぎたため割愛することになった。

ここから先の斜め書体になっている箇所はそこに入れる予定だった文章である。

・挫折して地元へ戻る

(これは架空のストーリーであるため、登場する人物の名前はすべて仮名である。)

私は はやかわ てつお 24歳。(←創作なので年齢にツッコミは入れないこと)

高校を卒業して2年間は地元でフリーターをしていたが、20歳の時に東京で就職することを目指して単身で上京。

上京後は、正社員として勤務していたが、激務により体調を崩して3年で退職。

その後は1年ほど、短期の非正規の仕事を渡り歩いたが、生活費は赤字続きで、貯金も底を尽きそうになった。

このままでは生計が成り立たないと思い、恥を忍んで実家へ戻ってきた。

今は親戚のコネでバイトをしながら正社員の仕事を探している。

今日はバイトが休みで、ハローワークへ仕事を探しに行ったところだ。

地方には東京のようないい条件の仕事はほとんどない。

頭ではそれを分かっているつもりだが、手取り20万もないような仕事では家族を養うどころか、一人で生計を立てることすらままならない。

それでは、他人にも蔑まれるに違いない。

この日も目ぼしい求人を見つけられなかった私は、帰り道にスーパーで買い物をすることにした。

店内をうろついていると、上京前に働いていたバイト先の社長であるササキに会った。

彼は納品先であるこの店へ食品を届けたところだった。

その日はその配達が最後の仕事だったため、彼は私と世間話をすることになった。

かつて、彼がいろいろと世話をしてくれたことは事実だが、今の私は彼と話をすることにどうも居心地の悪さを感じる。

というのも、私は彼の会社でアルバイトをしていた時に「正社員にならないか」という誘いを受けたことがあった。

しかし、彼の会社もその地域にある他の会社と同様に給料が低い。

週休2日で体が蝕まれるほどの残業があるわけではないが、勤続20年を超えるベテラン社員でも手取りは20万程度だった。

そのような待遇で働くことに絶望した私は「自分は東京で一旗揚げる!!」と言ってバイトを辞めて上京したわけだが、逃げるように数年で地元へ戻ってきた。

彼はそんな私のことをどのように思っているのだろう?

私はそれが気になってしょうがなかった。

しかし、彼は私が退職した後に会社で起こったことを話すだけで、意外にも私が東京でどんな暮らしをしていたのかについては一切聞いてこなかった。

そして、今度の日曜日に行う予定の草野球の試合に私を誘った。

どうやら、チームの一人が足を怪我したため、メンバーが1人足りないらしい。

他のメンバーがどんな人たちなのかは知らないが、東京へ働きに出たものの、逃げ帰ってきた私のことを彼らは負け犬だと思っているに違いない。(しかも現在は定職に就いていない)

そう思った私は彼の誘いを断った。

しかし、彼から「あいつの代わりはお前しかいない」と意味深げな説得をされたこともあり、結局は参加することになった。

試合当日、私は以前使っていたバットとグローブを引っ張り出して、集合場所のグランドへ向かった。

するとベンチには一人の男性が座っていた。

少しでも試合で動けるように、体を慣らそうと思った私は彼をキャッチボールに誘った。

その男は偶然にも私の中学校の同級生だったダイスケであり、彼とはかつてお互いに「ダイちゃん」、「てっちゃん」と呼び合う仲だった。

かつての親友と久しぶりに会った私は試合へ向けた調整などすっかり忘れて、お互いの近況を報告した。

彼は高校卒業後、地元企業で正社員として働いているが、入社以来一度も昇給などなく、毎月の手取りは15万円程度で、最低限の社会保険・年金を除けば、ボーナス、退職金、交通費などの福利厚生は一切ない。

その待遇ではほとんどアルバイトと変わらない様子である。

少なくとも稼ぎの面では、東京で派遣社員でもやる方がはるかにマシである。

やはり、この地域で仕事をするとなると、その程度が妥当な労働条件なのか?

旧交を温めた私は気分良く試合に挑んだが、試合前の準備不足のせいだろうか、結果は4打席4三振、守ればエラーで、チームも試合に敗れた。

でも、久しぶりに楽しい時を過ごすことができた。

それだけでも、試合に参加した意味は十分にあった。

・ここでしかできないこと

試合後はチームメイト数人で打ち上げをするために、近所の居酒屋へ行くことになった。

ササキによると、今日の私ならそこでタダ食いができるとのことらしいが、私はその店に貸しを作った記憶はない。

それどころか、その店を利用したことすら一度もない。

店に入るとササキが

「今日のゲストを連れてきたぞ!!」

と店員に声をかけた。

「どうも。俺の代わりに試合に出てくれてありがとう。今日は店の奢りだから自由に注文してもいいよ」

そう言って出てきたのは中学の時の同級生だったヒロキがいた。

たしか彼は中学卒業後、私とは別の高校に進んで、そこを中退したと聞いた。

何でこんな所にいるんだろう?

しかも子どもを連れている。

話を聞くと、彼は高校中退後、この店で下働きを始めて、徐々に腕を磨き、今は店を任されるようになり、店の主人の娘と結婚したらしい。

自分と同じ20代前半ながら、結婚して子供がいることに面食らったが、ちゃんと生活できているのだろうか?

そんなことを考えながら案内された席に向かうと、一人の女性が座っていた。

実は、ダイスケは結婚していて、彼女がその奥さんのサチコだった。

しかも、子どももいるらしい。

彼女も私たちの元同級生であり、私は彼女とは面識があった。

彼らが結婚したことは喜ぶべきことだが、ダイスケは正社員といっても、アルバイトほとんど変わらないような待遇で働いている。

そんな経済力で家族を養うことに不安はないのだろうか?

ヒロキにしても、ダイスケにしても、結婚を甘く見すぎではないか?

いや、彼らは大丈夫と思っていても、養われる方はきっと不安に違いない。

ダイスケの前で失礼だが、私はサチコに聞いてみることにした。

はやかわ:サチコはダイスケと結婚することに不安はなかったの? たとえばダイスケの収入だけで暮らしていけるのだろうかとか?

サチコ:え? 別に不安なんてないよ。だって、ダイスケと同じくらいの給料だけど私も働いているし、おじいちゃんとおばあちゃんが農業をやっているから米は分けてもらえるし

はやかわ:でも、共働きで子育てなんてできるの?

サチコ:え? 私の親もダイスケの親も協力してくれるし、お互いの友達もよく一緒に遊んでくれているから大丈夫だけど。

実の両親ならともかく、赤の他人に子どもの面倒を見てもらうことなど、それが親のやることなのか?

少なくとも私にはできない。

その言葉を発しようとしたら、ダイスケとササキが会話に割って入った。

ダイスケ:てっちゃん、一体何を言っているの? こんな田舎に大企業のような恵まれた会社なんてあるわけないことは分かっているでしょう? なのに、何で、そんなに、男が誰にも頼らずに一人で家族全員の生活を支えるような生き方にしがみついているの?

ササキ:ダイスケの言う通りだ。お前のように東京でちゃんとした会社のサラリーマンをやっていた人間から見れば、年功序列や終身雇用といった従業員の満足な福利厚生も提供できない会社を経営している俺も、こいつらのような自分一人の稼ぎで家族を養うことができない男たちも社会人として失格だと思うかもしれない。

はやかわ:・・・

ササキ:だけど、新卒で入社して定年までの間、何があっても社員を守ってくれるような頼もしい企業がなくても、自分ひとりの稼ぎで家族を養うような一家の大黒柱と呼べる男がいなくても、ここでしか得られないものや、俺たちにしかできないことがあるだろ?

はやかわ:ここでしか得られないもの?

ササキ:会社や学校から見放された奴に居場所を与えることはできる。仲間に寄り添って、互いの生活を支えることはできる。たしかに俺たちは一人ひとりでは非力かもしれない。だが、俺たちは「経済的に自立している立派な社会人」ではないからといって「何もできない」なんて諦めるつもりはない。貧乏だろうが、フリーターだろうが、それを忘れない限り、こいつらは立派な社会の一員だよ。

そうか、この人たちはそうやって生きてきたのか。

ここには大企業のような手厚い福利厚生がある会社なんてない。

なのに、なぜ私は無いと分かっているものにしがみついているのだろう?

ここでの暮らしでは海外旅行もマイホームも夢のまた夢かもしれないけど、人生は捨てたもんじゃない。

この人たちは自分を守ってくれる大きなものにすがるのではなく、互いに相手を支えあうことができる強さを持っていることに気付いた。

もう私に迷いはなかった。

これからの私はここで仲間たちと共に生きていくことを決めたのであった。

これがくだんの記事で書く予定だった内容である。

あ~、私の地元がこんな感じだったら何と素敵なことだろうか…

たとえ、一生経済的に守ってくれる会社や家族がなくても、互いに支え合って生きていく温かい地域共同体があれば、私も貧困と隣り合わせになることを覚悟して、都会でフリーター生活など送っていなかっただろう。

しかし、実際は全く逆に、雇用の安定など存在しないにもかかわらず、それが存在するかのような前提で、その規範から外れたものをしつこく迫害し続ける。

経済的にも精神的にも追い込まれた人間が過激な宗教に走ることは珍しくないが、その苛烈さは、地域での楽しかった思い出をはるかに上回る力で、私を地元から遠ざけたのであった。