カスハラ対策に取り組む企業は、まず自分が加害者になっていないかを見つめ直すべき

数日前にあるニュースを見かけた。

三重県桑名市で、カスハラの加害者の氏名を公表する条例案が議会に提出されたという。

カスハラ防止条例案 全国初「カスハラで氏名公表」の制裁措置も 来年4月の施行目指す 三重・桑名市 - 名古屋テレビ【メ~テレ】

「カスハラ」とは、「カスタマーハラスメント」略で、客から従業員への度が過ぎたクレームや嫌がらせを行うことで、かつては「お客様は神様」という三波春夫の言葉を捻じ曲げて解釈し、客のやりたい放題を許していた会社も、企業規模で対策に乗り出すようになった。

もっとも、一番の理由は労働者へ人権的配慮などではなく、ただでさえ人手が集まらない現場労働者がこれ以上辞められたら困るからなのだろうが…

最近、近所に新しく出来た店で買い物をしていると、レジ係の名札が名前ではなくイニシャルで表示されていた。

あれも、個人を特定して嫌がらせを行うカスハラ客への対策なのだろう。

飲食店には事前の抑止を目的に、具体的に何がカスハラに当たるのかを示すポスターを掲示している所もあるようだ。

また、とあるネット記事では、某商社系の大企業であるA社(仮名)が、営業所やコールセンターで顧客対応に当たる従業員を守るために、会話のやり取りを録音したり、感情的で理不尽な要求には顧問弁護士と連携したりと、クレーマーには毅然と立ち向かう勇ましい様子が紹介されていた。

それ自体は良いことなのかもしれないが、その記事を読んだ私は眉を顰めるような気分でこんなことを言いたくなった。

ヤクザのようなカスハラ常習犯だった貴社が随分とご立派なことを言うようになったんですね…

・大手企業や大口の取引先がそんなに偉いのか?

数年前、私は派遣社員として請求書発行の業務を担っていた。

仕事の多くは、自動生成された請求書を印刷して、機械に流して封入し、郵便局へ届けるという単純な仕事だった。

ところが、請求書発行に際して、「ウチは大口の取引先なんだから、特別扱いしろ!!」と言わんばかりの傲慢な態度を見せる取引先が少なからず存在した。

余談だが、業界問わず大企業が非常に多い。

「特別扱い」と言っても、値下げを要求する会社は「ほとんど(これ後で重要)」なく、「請求処理を自社の都合に合わせろ」という要求である。

たとえば、自分たちが各項目のチェックの工程を簡素化したり、社内で使用している会計や経理のソフトにデータを取り込みやすくするために、「データをExcel化してよこせ」なんて会社はまだマシな方。

「ウチの経理は印刷で表示された社印は受け付けないから、どうしても実印じゃなきゃ困る!!」と我がままを言って、特別な請求書を用意させたり、請求書は月末締め、月初発行が基本なのだが、「当月分は毎月20日までに計上しないといけないから、今月は○○日に発行せよ!!」という社外の人間からしたら意味不明なこだわりや要求する会社が多いこと多いこと。

こういった会社に共通しているのは、恐ろしくアナログで、すべての取引を会社指定の伝票に記載したがること。

あくまでも自分たちの会社内で、そういったルールを設けるのであれば、社会的には何の問題もない。

悪質なのは、その作業(雑務)を取引先、すなわち私たちに押し付けることである。

しかも、伝票は一括り5001,000円もして、その代金はもちろん相手に払わせる。

あいつらは一体何様のつもりなのだろうか?

これだって、「嫌なら御社との取引なんて辞めちゃうよ~♪」という力関係に物を言わせて弱者を虐げる、れっきとしたカスハラである。

特にひどかったのが、くだんのA社で、伝票にはすべての項目を税抜きで記載し、さらにその下段に各項目の消費税を別途記載させるという陰湿な要求をしていた。

しかも、一枚記入する度に、カーボン紙を通して4枚に複写する必要があり、力を入れて書かないと下の方が薄くなり、「これじゃ読めないから書き直せ!」とイチャモンを付けることもあった。

また、1枚目はこちらが控えとして保管する必要があるのだが、それは「伝票の本体から切り取らずに保管しろ」という頭がおかしいとしか言えない命令まで押し付けてくる。

当然、伝票が残り少なくなると、記入済みのものが溜まって来て邪魔でしょうがない。

その伝票は左開きで、ただでさえ筆圧が必要なのに、切り離せない控えの束が障害となるので、左利きの同僚は大変悩まされていた。

これは左利きの人間に対するれっきとした人権侵害である。

勤め先も、こんな卑怯で破廉恥なカスハラに無抵抗というわけではなく、営業担当者が伝票の廃止を願い出たが、「ウチの決まりだから」という「嫌なものはイヤなんだよ~」と同レベルの幼稚なワガママで一蹴された。

なお、営業担当者が「俺はやることはやった」と言いたいのか、そのメールを私たちに転送してくれたのだが、メールの下の方まで目を通すと、奴らは自分たちの所業を恥じるどころか、他社の見積もりをチラつかせ値切りまで要求していた。(だから、さっきは「値下げ要求は『ほとんど』ない」と言ったのである)

立場が弱い相手に付け込んで、骨の髄までしゃぶりつくすガメツイ姿勢には恐れ入る。

社名を「ピラニア総合商社」にでも改名したらどうだろうか。

・弱者を犠牲にすることで成り立つ恵まれた労働環境

当時の同僚から聞いた話だが、A社ほどクズな会社は極端であるにせよ、5年ほど前まではこのようなアナログで、ワガママで、とにかく紙の請求書や自社伝票にこだわる変態性悪企業はもっと多かったとのことだった。

その悪しき習慣に喝を入れたのがコロナである。

感染拡大防止のための緊急事態宣言が発令され、テレワークが普及すると、オフィスに出社する人員が減り、紙の請求書を印刷して、封入して、期限内に郵送するということが物理的に難しくなった。

そのおかげで、これまでは目を吊り上げて、鼻息を荒げて、「請求書の期限は命を捨ててでも遵守しろ!!」と言っていた人々も、「まあ、コロナの影響だからしょうがないよね」という人間らしい優しく寛容な心を取り戻した。

自社のローカルルールを神のように崇めて、金科玉条のごとく、「財務がー!!」、「経理処理がー!!」などと叫んで、そのためには弱い者いじめなど屁とも思わない悪魔のような邪悪な者たちも、この社会にはそんなものよりも大切なものがあることを実感して

「そもそも、請求書って紙じゃなくても良いんじゃない…?」

「何で請求書や伝票のような紙を神のように崇めて、ひれ伏していたんだろう…?」

とそれまでの考えに疑問を持ち、「こんなバカらしいことはやーめた」と行動を改めるようになった。

コロナによって、多くの人々が過ちに気付いて更生したのだ。

ところが、悪人共にとっては氷河期のようなお寒い冬の時代にあっても考えを一切改めず、ゴキブリのようにしぶとく生き延びて連中は、より凶悪なモンスターへと進化(人としては退化)したようである。

悲観的なことは言いたくないが、今後彼らが悔い改める日は、自社が倒産する寸前まで来ないのかもしれない。

大企業は中小企業と違って、コンプライアンス意識が高く、福利厚生も整っているため働きやすいと言われている。

だが、それは決して、彼らが組織として優秀なわけでも、労働者が有能で生産性が高いわけでもなく、ただ単に下請けや取引先を徹底的に追い詰めて、搾取しているからに過ぎないことも多い。

「我が社は育休や産休制度を整備して、従業員が子育てしながら安心して働き続けられる職場作りを実現しています!!」

「こんな時代でも、年功序列と終身雇用を堅守し、全従業員が定年まで働きながら勤続年数に応じて昇進して、安定した人生を送れるようにします!!」

「え、そのことによる財源等の負担はどうするかって?」

「そんなもん、下請けや取引先に丸ごと押し付けて帳尻合わせればいいのよ~♪」

手書きの伝票を取引先に書かせることも、そのひとつであろう。

もっとも、そんなものを書かせることで、会社や従業員の何を守れるのかは疑問であるが…

私はたまたま請求関係の仕事をしていたが、おそらく製造や物流のような業界でも似たような傾向があるのではないだろうか?

これまでは取引先にカスハラの限りを尽くしてきたA社が、今になって「我々はカスハラと断固として戦う!!」と宣言しているのは不思議である。

ここ数年の間に聖水を浴びたり、神の啓示でも受けて、考え方が180℃変わる程の出来事があったのだろうか?

まあ、自分たちがハラスメントをやっているなど夢にも思っていないだけなのだろうが。

こんな浅ましい人間にならないように、カスハラ対策を行う前に、まずは自分が加害者になっていなかということを自問自答してみよう。

それでも自浄作用がないようだったら、桑名市が打ち出したようにカスハラ企業を実名公開して、反社会企業として世に知らしめて、消費者行動で制裁するしか道はないだろう。

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