お歳暮やお中元は麻薬である

時の流れは早いもので、今年も8月である。

もうすぐお盆休みに突入する。

お盆休みといえば…

お中元

だと思っていたが、これは地域によってマチマチであり、場所によっては、7月中旬にはすでに贈り終えているところもあるらしい。

お中元とお歳暮の違いとは?時期や抑えておきたいマナーについても解説!|【2024】お中元・夏ギフト|大丸松坂屋オンラインストア【公式通販】 (daimaru-matsuzakaya.jp)

子どもの頃、「お中元」と聞くとワクワクした。

今思うととんでもない話だが、父親がそれなりに規模の大きい企業に勤めていたので、お歳暮やお中元の季節になると、従業員に対して、グループ会社が販売している製品を強制的に購入させていた。

というわけで、私の家族は毎年カタログが送られてくると、それぞれが欲しい物を選んでおり、私は毎年ボトルコーヒーセットやお菓子を頼んでいた。

まあ、その代金は後に父の給料から天引きされるのだが…

当時はお歳暮やお中元の意味を知らず、1224日のクリスマスプレゼントのように、季節的なイベントくらいにしか考えていなかった。

・重要なのは人ではなく立場

私がお歳暮やお中元の意味を知ったのは、21歳になった時である。

きっかけは、このブログでも度々取り上げているこちらの本を読んでいた時である。

「空気」と「世間」

鴻上 尚史(著)講談社現代新書

本の内容や読んでいた時の状況はこちらの記事に書いているが、友人と1年以上も疎遠になり孤独を感じていた頃、突然バイトをクビになった。

まだ20代前半で実家に住んでおり、親も仕事をしていたので、そのことで経済的な打撃を受けることはなく、自動車学校で免許の取得を目指しながら、のんびりと過ごしていた。

ところが、逆にその有り余る時間が耐えられず、何とか気を紛らわしたくて本棚を漁っていると、2年前に購入したものの、内容が難しくすぐに読むのを止めてしまった同書を見つけ、これを機にじっくりと読み通すことにした。

そのおかげで、孤独を生き抜く心構えだけでなく、今でも行動の指針にしているものをいくつも学ぶことが出来た。

その中にお歳暮やお中元に対する考えがある。

これは第5章の『「世間」が壊れ「空気」が流行る時代』に書かれてある文章である。

僕は、お歳暮とお中元を贈りません。とても大切だと思っている人もいるでしょうから、否定はしませんが、僕は贈りません。俳優さんで、そういうものを僕に贈ってくる人がいたら、丁寧に送り返します。僕には、お歳暮やお中元は、立場に対して贈る言葉は悪いですが「賄賂」の一種のようなものに感じて居心地が悪いのです。

そういうものを贈ってくれる俳優さんは、若かったり、キャリアが浅かったりします。そういう人から何かをもらうのは、何か、暗黙の強制が働いているような気がして嫌なのです。「鴻上はそういうものをもらう人」と思われると、俳優として経験の浅い人が一生懸命、気を遣い始めるように思えるのです。お歳暮やお中元が、立場が上の人から下の人に贈るものなら、喜んで受け取ります。トム・クルーズさんからお中元が来たら、もらいます。送り返しはしません()

(※168-169ページ。太文字と下線は早川が追記)

私はこの文章を読んだ時に、初めてお歳暮やお中元は立場が下の人間が上の人間に送るものだと知った。

立場に対して送る「賄賂」という言葉にも「なるほど」と思った。

それを知ったら、ただただ気持ち悪くなり、鴻上氏のように、立場が下の者への思いやりからではなくても、「こんなもん汚らわしいもん受け取れるか!!」と突き返したくなる。

「手書きじゃないから心がこもってない!!」と因縁を付けられることもある年賀状の方が、相互のやり取りが発生するだけよっぽどマシである。

ちなみに、鴻上氏はお中元やお歳暮は贈らないが、結婚祝いや出産祝いを贈るのは大好きだという。

それは結婚や出産、就職などの理由があるプレゼントだからであり、選ぶのも贈るのも楽しめる

だが、そのようなプレゼントを贈ると「必ず」と言っていい程、「内祝い」という名前のタオルや野菜ジュースがお返しとして返ってくる

彼はその度に「内祝いを贈らないからといって村八分にするわけではないのに、どうして、ただ受け取ってくれないのだろう」と悲しくなるという。

・損得を超えた快楽

このように、私は10年以上前から、「お歳暮やお中元は賄賂」だと思っており、贈ることからも、受け取ることからも一線引いていた。

幸い(?)、贈られたことは一回もなかったけど…(笑)

だが、世の中には踏ん反り返った態度で、「散々世話してやったのに、アイツは一度も俺にお歳暮やお中元を贈らない!!」と根に持つ人間が少なからずいる。

プロ野球の選手と監督・コーチのように、部下の方が高い給料を得ている関係もなくはないが、世の中の大多数は立場が上の者の方が収入も多い。

つまり、贈る側は日頃から少ない給料でコキ使われる上に、なけなしの私費でそれなりに値段がする贈り物を用意しなければならないのである。

もはや、それを「当然」だと考えるのは、搾取や弱い者いじめと言える。

そんな物を受け取って嬉しいのか?

常識的な感性を持っていれば、そんなことをされたら胸が痛むに違いない。

そんなことにも気付けないのであれば、それはお歳暮やお中元が、タダで贈り物を貰えるという損得勘定を超えて、「自分はこんなにたくさんの物を納められて、崇められる立派な人間なのだ」という権威を実感できる快楽を生み、彼らはその虜になっているからなのだろう。

つまり、お歳暮やお中元は麻薬である。

だから、理性では「おかしい」と思っていても、感情を制御できなくなるのだ。

それは賄賂以上に恐ろしい話ではないか?

それとも、幼い頃の私のように、何の意味も考えず、無邪気に「贈り物は嬉しいな~」とでも思っているのだろうか?

もっとも、そんな能天気な人間が、お歳暮やお中元を贈られる程の立場に就けるはずもないだろうが…

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