日本型雇用信者は、政府や企業よりも遥かに少子化に貢献している

7/7は東京都知事選挙が行われる。

今回の選挙は50人以上が立候補しており、この記事を投稿した時点で、すでに過去最多を更新している。

彼らの多くがある政策を訴えているのだが…

・東京都が少子化対策を行うことへの疑問

2023年の東京都の「合計特殊出生率」は、全都道府県で最低の0.99だったこともあってか、今回の選挙の争点の一つは少子化対策であり、各候補者がそれぞれ対策を打ち出している。

出生率が0.99まで下がった東京都 「極めて厳しい数字」と語った小池百合子知事 政策の効果は?:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

【解説】国の政策にも影響…少子化対策と生活への支援策 都知事選候補者それぞれの訴えは?【バンキシャ!】|日テレNEWS NNN (ntv.co.jp)

だが、正直言うと、私はこれらの論争はもちろん、都が行う少子化対策自体に疑問を持っている。

日本全体で少子化が進むことは問題であり、その流れを少しでも食い止めるべく、国が政策を行うのであれば理解できる。

しかし、果たして、東京都がそれを行う必要があるのか?

たしかに、東京は子どもが少ないかもしれない。

「子どもが少ないと、将来の働き手や、税金の支払いを含む社会保障の担い手が~」というのは、少子化に悲観している人々の常套句であるが、東京は全国から金の臭いを嗅ぎつけて集(たか)ってくる若者で溢れている。

もっとも、私もその一人なのだが…

そのため、子どもなどいなくても、将来の労働力も、税収も困ることはない。

むしろ、地方出身者の教育コストをほとんど負担せずに、成人した彼らの労働力や納税額といった美味しい面だけはちゃっかりと受け取ることが出来る。

このようなとんでもないボーナスステージがありながら、わざわざ子どもを増やそうと考える理由が分からない。

というよりも、「ただでさえ、人口の過密が問題になっているのに、これ以上、人を増やしてどうするの?」と言いたくなる。

これから子どもを産みたい人、すでに子どもを育てている人は、「東京は教育費が高過ぎるから、もっと公的な支援を!!」と嘆く人がいるかもしれないが、「それじゃあ、もっと安く育てられる場所へ引っ越して下さい」とお引き取り願えばいいではないか?

「教育費に金がかかる」といっても、大半は親のエゴによる私立中学や、そのための受験対策としての塾、煌びやかな習い事へのバカ高い月謝といった「教育費」と呼ぶに値しない「娯楽費」だったりする。

私は西日本の田舎で育ったが、そんなものには一切お金を使われなかった。

だって、そもそも、中学受験もなければ、大した習い事の教室もなかったから。

それは今の時代も同じであろう。

地方在住者(の子ども)は最初からそのような教育を受ける機会すらないのに、なぜ、東京で「贅沢」と呼ぶに相応しいサービスの利用料を税金で負担しなければいけないのか?

欲の皮が突っ張った連中は「そんなド田舎に住む奴が悪い!!」と逆ギレしそうだが、それじゃあ、「東京は教育費が高い!!」という泣き言に対しても、「十分な稼ぎがないお前の自己責任だ!」と言い返そう。

・昔は安心して子育てが出来たのか?

自治体や国の少子化対策、また彼らへの提言として「若者が安心して子育てができる社会を!!」というフレーズはよく耳にする。

そのような社会を「目指す」、または「そうなって欲しい」という表現を用いるのであれば、賛成・反対は別にして、真っ当な主張だと思う。

ただ、この手の主張では「かつてのように」とか「もう一度取り戻す」という奇妙なワードが付いて周ることが多い。

「昔の日本社会は皆が正社員で、年功序列と終身雇用によって将来が保証されており、貧乏でもお金の心配をせずに結婚できた!!」

「そうした古き良き日本社会が、非正規雇用の増大や、成果主義、男女平等の導入によって失われたから、安心して結婚や子育てが出来なくなったんだ!!」

「だから、昔のように、主婦と学生アルバイト以外の労働者は全員正社員にして、男性は大黒柱、女性は主婦という役割分担をする社会に戻せば、未婚も少子化もすぐに解決だ!!」

彼らは日本型雇用信者は本気でそう信じているのだが、この主張は誤りである。

この記事に書いた通り、昭和時代ですら、そのような「日本的」と呼ばれる生き方をしていたのは全体の3割程度しかおらず、その比率は今も変わっていない。

具体的に誰のこととは言わないが、「日本的」と呼ばれる人生から逸脱してるにもかかわらず、自覚がない者もいるから、話がややこしくなっているが…

「年功序列や終身雇用がなければ、将来が不安で結婚できない!!」というのであれば、婚姻率は一貫して3割前後で推移しているはずだが、そうはなっていない。

つまり、かつて結婚適齢期の婚姻率が9割を超えていた社会でも、結婚や子育てには不安があった、もしくは、安定した雇用ではない別の安心感によって支えられていたと考える方が妥当だろう。

また、その3割に入れば、「何不自由なく安心して子育てが出来たのか?」という点についても疑問である。

「普段は仕事ばかりで、たまの休日でも家でゴロゴロして家のことはないもしてくれない」と嘆く主婦は大勢いるだろう。

最近はこのように一人で家事や育児を行わなくてはならないことを「ワンオペ」という言葉で表現され、いかに大変で、孤独であるかを語られることが多い。

もし、夫一人の稼ぎだけで生計を立てることが出来ず、妻も働かざるを得ない家庭であれば、私も彼女たちに同情する。

だが、大企業や公務員として勤めている夫に養われていながら、そのような愚痴をこぼすのは筋違いである。

そのような職に従事している者は、職場の命を受けたら、企業都合による転勤だろうが、残業だろうが、休日出勤だろうが、受け入れなければならないことが宿命である。

彼らはそうした企業のワガママに服従する対価として、家族を扶養するに十分な賃金や、定年までの雇用といった安定が与えられている。

そんな相手と結婚するのだから、妻は銃後の守りとして、一人で家事や育児を担うのは当然である。

農業や自営業の男性と結婚したら、企業福祉という恩恵を与えられないだけでなく、給料も得られず家業を手伝うことになるため、彼らとの敬遠する女性も少なくないが、大企業や公務員に勤めている男性の妻になるということは、それが宿命となる。

それが嫌なら、給料はそこそこでも、確実に毎日の家事を行える程度に残業がなく、休暇もある人と結婚すれば良いだけの話しである。

「夫の稼ぎは自分の物として好きに使いたいけど、企業戦士の妻として、すべての家事を押し付けられるのは嫌だ!!」というのは虫が良すぎる。

昨年、こちらの記事で、「この会社に勤めている人と結婚したい!!」という下らないランキングについて取り上げたことがあるが、そこで大企業や公務員ばかり挙げられている底の浅い女はそのことに気付いていないのだろう。

誤解がないように言っておくが、私は別に家事や育児のワンオペが辛いと感じている人を「甘えるな!!」と非難しているのではない。

大企業や公務員として働き、勤め先からの生活給で家族を養うということは、夫の側から見れば、妻という身内が家庭のことをすべて担ってくれるのだから、これ以上の安心感はない。

だが、妻にとっては金だけ渡されて、「後は一人でやってね」と言われているようなものであり、それを「安心して子育てが出来る」と言えるのかは疑問である。

20代での出産は無計画に行うもの!

「昔は年功序列だった=誰もが結婚できた」という珍説の根拠として、安心感と共に挙げられることが多いのは、「将来の見通しが立てやすいから、若いうちから結婚出来た」というものである。

「今は貧乏かもしれないけど、30代からどんどん給料が上がって、40代にはマイホームを買ったり、子どもを大学へ通わせられるくらいの額になるから、体力のある20代で出産することが出来た」

こんな理論で、少子化に対策について聞かれる場面も多い。

日本型雇用信者や年功序列崇拝者ではないものの、「大企業に勤めたら、育休や産休の制度が整っており、復職後のキャリアについても見通しを立てやすいから、若いうちから安心して出産できる」と考える者もいる。

「子どもを産むならやっぱり20代の内から」

「そして、復職のことも考えると、ちゃんと大学へ行って、大企業に就職するのが安心」

「少子化、少子化って言われているけど、今の時代でもちゃんと結婚できる人は、若い時から計画的に生きているのよね~」

と言いたくなるかもしれないが、その仮説はかなり疑わしい。

こちらの記事でちらっと下記の本の名前を挙げたことがある。

この本では、初産年齢2631歳の女性15人にインタビューをしており、その内の1人は育休を取得せずに退職したものの、残り全員は出産後も就労継続を前提に育休を取得していた。

学歴は全員が大卒で、就職から10年以内に第一子を出産している。

彼女たちのステータスを見ると、自分自身は空っぽの頭をしているクセに「将来のビジョン」とか「ライフプラン」という言葉を好む人間が、いかにも好きそうな感じがする。

だが、話を聞いてみると、彼女たちは驚くほど無計画で、「事故だった」、「実はいつ妊娠したのかもわからない」という理由で出産した人が大半だという。

思わず、「本当に仕事、続ける気はあったの?」と聞きたくなるが、それくらいの無鉄砲さがなくては、20代での出産など出来ないのであろうというのが、著者の意見。

このような無計画な出産でも、仕事を続けることが出来ることを「安心して子育てが出来る」と呼べなくもない。

「安心して子育てが出来る社会を!!」とか「計画的に出産できる社会を!!」と言っている人にとっては「これじゃない感」で溢れているだろうけど…

思い返すと、皆婚社会と呼ばれた時代に結婚した人たちだって、将来のことを考えて、計画的に結婚・出産した人など、一体どれだけ居たのだろうか?

昔は良かった教や日本型雇用信者は、自分たちが理想とする「かつての日本社会」を取り戻せば、少子化も未婚もすぐに解決すると信じて疑わない。

しかし、そのような時代は決して存在しなかったし、今後も来るとは思えない。

そんなに昔の日本社会が素晴らしいと思うのであれば、まずは大量の非正規労働者を必要としているコンビニや、ファミレス、100円ショップ、その他諸々を一掃して、サービス低下を受け入れてでも、かつてのように多くの自営業者が生計を立てられる社会を目指すことが先だろう。

そんな覚悟もない人間が気軽に「昔の日本社会を取り戻す!!」などと口にすべきではない。

むしろ、彼らのように「安心!!安心!!」、「計画!!計画!!」と脅迫しているように迫っている人たちがいるからこそ、「結婚や子育がそんなに大変なんだ…」と二の足を踏んだり、(多数派ではないとはいえ、実際に「大企業型」の人生を歩んでいる者もいる中で)「安定した結婚生活を送ることができないのは、自分の努力不足だからなのでは…」と誤った自己批判を行ってしまう人がいるのではないか?

本人は至って大真面目なのかもしれないが、かえって逆効果になっている気がしてならない。

存在しない理想郷を事実のように語り、その暗黒世界へ他人を道連れにしようと企てている者は、無能な政府や、利益追求のことしか考えていない企業などよりも、遥かに少子化に貢献していると言えるだろう。

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