1年前は自殺志願者だった男が結婚することになった

前回の記事は、2022年最初に驚いた話をした。

だが、その動揺も落ち着かぬ間にまたも驚きの情報が入ってきた。

そのニュースとは、

1年前に、ネット上で私に自殺志願を打ち明けた外国人が結婚することになった

ことである。

今日はそんなおめでたい彼と、その知らせを聞いた私が感じたことを話させてもらいたい。

・この前とは違う余裕

彼の名前はミスターY(仮名)。

202010月に投稿したこの記事が初登場である。

その時の話を大まかにまとめると

  • 当時の彼はアジアの某国の都市部でゴミの回収の仕事をしていた。

  • 収入は低く不安定で、明日の生活にも困っている。

  • 貧しく地区の出身で、実家へ戻っても将来の見通しはない。

  • そのような人生に嫌気がさして、自殺するつもりだった。

  • そんな状況で私と出会い一晩中語り明かして、自殺を思いとどまった。

  • その後は工場で設備管理の仕事についた。

一連の話はこのようなハッピーエンドで終結したものの、その年の年末情報で、彼の勤務先の怪しげな雰囲気を紹介したところが彼の最後の登場だったため、一抹の不安を感じていた読者もいたことだろう。

その不安は的中しており、実際に彼の勤務先はその数ヶ月後に操業停止となり、彼は再び職を失った。

やっと手にした安定を失ったことで、「また自殺したい衝動に駆られるのでは…」と心配していたが、それは杞憂だった。

今回は失業したとはいえ、彼が経済的にも精神的にも困窮することは一切なかった。

経済面では、およそ10ヶ月程度の勤務だったとはいえ、その間は会社の寮に住み、支出を抑えることができたため、職を失っても直ちに貧困に陥ることはなかった。

そして、精神面でも、私の話を憶えておいてくれたのか、すべてを一人で抱え込もうとせずに、親しい人の力を借りて生きることにした。

彼が頼った人物とは工場の仕事で出会った同郷出身者の仲間たちである。

工場の寮を追い出された後も、住まいを持っていた仲間の家に居候して、就職活動を開始した。

これまでであれば、誰かの力を借りることなど全く考えなかったが、私と対峙して以降、「できない自分を受け入れて、仲間と協力して生きる」ことを意識して、仲間に頭を下げ、堂々と居候を申し込むことにしたらしい。

彼からその言葉を聞けただけでも、あの時、徹夜で死闘を繰り広げた甲斐があったと思えた。

・彼女の家族と共に生きていく

これが今から半年前の話。

私もそこまでは知っていたが、その後はミスターYからの連絡が一切なく、「就職活動が上手くいっていないのでは?」と心配していた。

しかし、そんな状況で、こちらから近況を尋ねるのも気が引けたため、2022年の年明けメールを送るまでは直近の彼の様子は不明だった。

そんな彼だったが、かつての営業の経験を活かして、時間を置かずして、販売員の仕事に就くことができていた。

なお、本人曰く、その仕事の給料では一人で自立した生活を送ることが厳しかったため、以前であれば就職を躊躇したらしい。

だが、コロナ渦ということで、他に目ぼしい働き口があるわけでもなく、友人もしばらく居候を許可してくれたこともあり、当面は彼の家族と同居しながら、この苦境を乗り切ることにした。

経済的には決して明るいとは言えないながらも、仲間と共に必死に生きていると、思わぬ幸運が舞い込んだ。

同じ店舗で働いていた同世代の女性と親しくなり、男女の仲へと発展した。

彼女の家族も彼を歓迎し、家族ぐるみの付き合いをするようになった。

そして、昨年の末に、結婚を約束した。

コロナが収束するまで、挙式を行うことができず、正式な婚姻届もまだ提出していないが、彼はすでに彼女の家族と一緒に暮らしている。

もちろん、彼一人の生計で家族を養うことは不可能だが、彼女の家族と力を合わせて生きることを決意して上での結婚だった。

ちなみに、私から様子を伺うまで、彼が一切連絡しなかったのは、「正式に結婚してから報告したかったから」らしい。

彼は、ほんの1年前まで、自殺しようとしていた人間だとは思えないほどの変化を遂げた。

・不可解な安堵感

前回の彼女は残念なニュースだったが、今回は嬉しい驚きだった。

それは紛れもない事実なのだが、私の心は何とも言えない複雑な気分に襲われた。

まず、ミスターYの結婚の知らせを聞いた私が率直に感じたことは「おめでとう」という心からの祝福である。

知人の結婚報告を聞けば、誰しもがそのように感じるだろう。

だが、彼にお祝いの言葉を送った後で、私の心に去来したのは「私の役目も終わった」という不思議な安堵感だった。

このブログで度々登場している「日本社会3つの生き方」という考え方がある。

詳しくはこの記事に書いているが、おおまかに説明するとこのようになる。

  • 「大企業型」:学校卒業時に安定した会社に就職し、年功序列・終身雇用に代表される手厚い企業福祉に守られ、定年まで勤めあげる。女性であれば、そのような男と結婚して、一生添い遂げる。

  • 「地元型」:生まれ育った地域で暮らし続けることで、生活の基盤を確保する生き方。親族から引き継いだ持ち家や、親族間の扶助、地域の仲間による食料のおすそ分けなどの社会資本によって、「大企業型」に劣る現金収入を補う。

  • 「残余型」:企業にも、地域にも足場がない生き方。都心部で非正規労働者として働く地方出身者が代表格。「大企業型」のような手厚い企業福祉も、「地元型」の地域の支えも期待できない不安定な生活を送ることになる。

彼と出会った時は、まだこの本を読んでいなかったため、「大企業型」や「地元型」といった考えは持ち合わせていなかったが、結婚関係の記事で紹介した山田昌弘氏筒井淳也氏の本を基にして、そのような生き方の違いは薄っすらと認識していた。

そこで、私は彼にこんなことを言った。

「私には家族として100の幸福をもたらす力はないが、仲間として苦しみを分かち合えば、-100の不幸を-50にすることくらいはできる」

これは、当時の彼は誰の支えも期待できない「残余型」の生き方をしているが、そこから抜け出すためには、十分な企業福祉を提供できる会社や、一人で家族を養うだけの収入を稼ぐ夫のように、ひとつの大きなものに守ってもらう「大企業型」ではなく、微力であっても一人ひとりが力を合わせてお互いを支える「地元型」の生き方を目指せという意味に近かった。

「自惚れ」という批判を承知で言わせてもらうと、彼は私の言葉を見事なまでに実現した。

それなのに、なぜ「結婚したのだから、もう彼の世界に私の居場所はない」という感情が湧いてきたのだろうか?

「地元型」では経済的にも、精神的にも配偶者一人ですべての生活需要を満たすことはできず、結婚後も周囲のサポートを必要としていることは分かっているはずなのに…

「地元型」の生き方にとって、「結婚は人生のゴール」でも、「一人前の証」でもない。

かつて、この記事で「娘の結婚で涙を流す親」をコケにする発言をしたが、今の私はまさにその理解できなかった花嫁の父親と同じではないのか?

・彼に助言できることは何もない

ここ数日、この複雑な感情を納得できる答えを探していた。

そして、ついにその答えを見つけ出した。

ミスターYの結婚を聞いた私が、「彼に対する私の役目は終わった」という感情が湧いた理由。

それは、「彼が結婚というゴールを達成できた」からではなく、「彼が私を超えたため、今後は私の助言もサポードも一切必要ないと感じた」からである。

私の地元に「地元型」として生きる社会資本が存在しないことと同様に、彼の故郷にもそのような「地域の絆」は存在しなかった。

だが、彼は自分の力で「地元型」として生存可能なネットワークを築き上げた。

仕事を失った時は、親しい同僚の家に居候しながら、次の仕事を探し、今では低収入ながら、恋人の家族と同居しながら、逞しく生きている。

私が、口では「地元型」の生き方を唱えながら、何一つ達成できず、未だに「残余型」の暮らしを続ける中、彼は私が理想としていた「地元型」の生き方を手に入れた。

そんな彼に、私が助言できることなど一体何があるというのだろうか?

つまり、今の彼はもう私の力など必要としないくらい、確かな絆で結ばれた仲間に囲まれているのである。

見方によっては、私が彼の自殺を食い止めたおかげで、「今の彼がある」と言えなくもないが、私とのやり取りを見ていると、彼は本気で自殺する気はなく、おそらく悩みを聞いてもらいたかっただけだろうから、「私が彼の人生を変えた」などと宣うつもりは全くない。

今後の彼からの連絡に期待しているが、たとえその知らせが来なくとも、彼が幸せに生きていることは間違いない。

そんな確信がある。

前回の記事の冒頭でも触れた通り、海外の友人に新年のあいさつをする時は相手方の現地時間を確認する必要がある。

ミスターYは東アジアに住んでおり、その国は時刻は日本より1時間遅れている。

最初は時差がない韓国に住んでいる人たちに「明けましておめでとう」メールを送り、前回の記事の主役である彼女の連絡先がないことが判明した。

その動揺が冷めやらぬ中、彼に新年メールを送ったことで、彼の結婚(厳密に言えば「婚姻」)が発覚し、新年早々立て続けに驚かされることになった。

というよりも、昨年最後の記事で、「ペンパル関係の人物は生活に変化がないためネタがなかった」ということを書いたが、思わず「ネタあったやん!」と言いたくなった。

今後はこのような取りこぼしがない気を配りながら、これまで同様、オンラインで出会った様々な人たちの記事をお届けすることを約束したい。

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