「友達」とは立派な社会人でいるための足枷なのか?①(幻の結婚相手とたった一人の友人編)

今回のテーマは読者から以前書いた記事についてのメールを頂いたことから生まれた。

私は1年ほど前に「結婚には妥協が必要だ!!」と偉そうな顔で説教をしている人も実は結婚に妥協できていないということを指摘する記事を書いた。

その中で、独身の中年女性が結婚を考える相手を見つけたものの、彼の収入が一般職の契約社員である彼女と同水準だったため、これまで彼女に対して事あるごとに「早く結婚しろ!!」「相手に高望みするな!!」と結婚への妥協を呼びかけていた人たちが、「そんな相手と結婚したら絶対に後悔するぞ!!」と言って大反対する奇妙な話が登場した。

これは実話ではなく、他人の結婚事情に対して「妥協!! 妥協!!」としつこく口を挟む人間の「妥協」とは、あくまでも「質の妥協」であり、「形の妥協」は決して許さないということを表現するための創作だった。

だが、その記事を読んだ方が、かつて自身が似たような経験をしたことを語ってくれた。

・決死のアプローチ

私にメールを送ってくれた読者はハシモト(仮名)という女性である。

始まりは彼女が33歳だった7年前に遡る。

当時の彼女は首都圏にある工場で、契約社員として事務の仕事をしていた。

辛い仕事ではないが、給料が恵まれているとは言えず、都内で一人暮らしをしていることもあり、生活は裕福とは言えなかった。

両親は彼女のことを心配しているのか、頻繁に結婚や実家へ戻ってくることを促していた。

そんな彼女にはマツイ(仮名)という男性の友人がいた。

二人は職場で出会い、共通の趣味であるテレビゲームを通して親しくなった。

ごくありふれたカップルのようだが、当人曰く「恋人ではなく友達」の関係だった。

マツイは彼女が働いていた職場に短期の派遣社員としてやって来た。

担当業務は違うが、同じ部署に所属していたため、彼が働き始めた時から顔なじみだった。

彼女は同い年のマツイに親近感を覚え、彼のことが気になったものの、自身が内気な性格であることに加え、彼も他の同僚にも自身のプライベートを一切打ち明けないほどの無口だったため、親しくなるきっかけが掴めなかった。

また、彼は短期の派遣社員であるため、遠くない内に職場を去ることは決まっている。

そんなことから、彼のことはただの同僚だと割り切り、特別な想いを膨らませないように接することにした。

ある日の昼食の時間、彼女はたまたま彼の向かいの席に座ることになった。

その際、彼がバッグから落としたキーホルダーが目に付いた。

それは彼女が好きなゲームのキャラクターであり、世間的にはマイナーな部類だったことから、ひょっとして会話の糸口に使えるのではないかと思った。

だが、それには大きなリスクが伴った。

なぜなら、それまで彼女は趣味でテレビゲームに興じていることを同僚に一切悟られないようにしてきた。

もしも、彼への発言が周囲に聞かれれば、彼女の趣味も否応なしに知られることとなる。

それでも、彼女は勇気を出して、彼に話しかけることにした。

ハシモト:「あの、さっき○○のキーホルダーが見えたんですけど、マツイさんって○○が好きなんですか?」

それが、彼女が踏み出した第一歩だった。

彼は笑って返事をしてくれて、彼女はその後も必死に話を広げていったが、どんな話をしたのかは緊張で一切覚えていない。

それだけ、玉砕覚悟で決死のアプローチだった。

その日以来、彼女は彼と親しくなりたいと思い、休憩中にはできるだけ彼の近くに座り、話しをすることで距離を縮めようとした。

そして、彼と2人きりになった時、ついに彼をデート(食事)に誘った。

これまで、男性にアプローチなどしたことがない彼女は、自分のやり方が正しいのかは分からず、後々振り返ると必死過ぎて自分でも「イタイ人」と思うものだったようだが、彼は誘いに応じてくれた。

このようなデートを数回重ねた後で共通の趣味であるゲームをすることを口実に家に誘った。

彼女が同僚を自宅に誘うことなどもちろん初めてだった。

彼が帰宅する際に、彼女は自分の気持ちを告白した。

「これからも会いたい…」

短期の派遣社員である彼が職場を去る日はすでに一週間後に迫っていた。

その前に彼を繋ぎ止めておきたかった。

彼は承諾したもの、その後にこんな条件を伝えた。

「ただし、友達としてでも良いのなら…」

・恋人になれない理由

戸惑うハシモトに対して、マツイは発言の真意を説明した。

彼は派遣の仕事で働いていたわけだが、これは決して、正社員の仕事を見つけるまでの繋ぎとして不本意な形で就労していたわけではなかった。

彼はブラック企業の正社員として働き、うつ病を患って退職した過去がある。

これは私の推測だが、20213月時点で40歳である彼の学卒時は就職氷河期と呼ばれる時期であり、今のようなブラック企業という言葉も流布していなかったことから、「正社員として雇ってやっているだけ有難いと思え!!」などという態度で散々コキ使われたのだろう。

それ以降、彼は企業に命じられるまま無限定に働かされる正社員という働き方に疑問を持ち、絶対にそんな働き方はしないと決心した。

たとえ、どんなに身分が不安定で、社会不適合者扱いされ、自分の家庭を築くことができないとしても。(実際に、彼は次の職も派遣の仕事に就いた)

だから、彼女が自分と付き合ったとしても、それが結婚へと繋がることは絶対にない。

20代なら楽しく遊ぶだけの関係も悪くないのかもしれない、当時の彼らは33歳である。

彼女が結婚を前提にした交際を希望するのなら、他の人を探してほしい。

少なくとも、自分にはその期待には応えられないから、ダラダラと関係を続けるわけにはいけない。

それが、彼が「恋人にはなれない」と考える理由だった。

他に親しい友人がいない彼女は「経済的に養ってもらおう」などという考えは微塵もなかったものの、「常に自分の味方でいてくれる存在が欲しい」という結婚願望はあった。

だが、彼は「あくまで『友達』に過ぎないのだから、他に結婚したいと思う男ができたら、その人と一緒になることは止めない」と言ってくれたため、彼女は彼の提案を受け入れて「友達」として付き合うことにした。

ハシモトには他に親しい友人がいないが、それはマツイも同じだった。

最初は彼の希望通り、あくまでも趣味仲間として付き合っていた二人だったが、お互いに親しい友人もいないためか、次第に仲が深まり、2人で催し物や旅行へ出かけたり、お互いの家で寝泊まりすることもあった。

これまで、異性の恋人はおろか、同性の友人もいなかった彼女にとって、このような経験は初めてで、それは今まで感じたことがないような至福な時間だった。

傍目からすると、ごく普通の恋人のような関係である。

それでも二人が肉体関係を持つことはなかった。

理由は彼が「万が一、子どもができても責任を取れないから」と考えていたからである。

どこまでもドライで、一線を保とうとするマツイだが、彼女はそれも彼の誠実さのように感じた。

二人の関係は1年近く続くことになる。

「このまま付き合いが続けば、彼も考えを変えてくれるかもしれない…」

そんな夢のような甘い展開は起こり得ないと分かっていたが、それでも彼女は自分の決断が間違っていないことを確信した。

・誕生日の悲劇

「この人と結婚することは決してない」

そう思いながらも、幸せな日々を送っていたハシモトだったが、その幸せは一瞬で壊れた。

しかも、よりによって自身の誕生日に。

その日はマツイと二人で誕生日を祝うため自宅にいたが、彼女の母親が突然訪れてきた。

彼女は母親にマツイのことを紹介していなかったため、二人が対面するのは初めてである。

当初は、彼のことを恋人だと思っていた母は親しげに話しかけた。

以前から結婚を勧めていた娘に彼氏ができたことを喜んでいたのだろう。

しかし、彼が派遣社員であることや、結婚するつもりがないことを知ると、彼へ向けられる感情は敵意へと変化した。

そして、業を煮やして、こんな言葉を突き付けた。

ハシモトの母:「マツイさん。この子はもう若くないし、手に職があるわけでもないのだから、真面目に結婚を考えないといけないの。でもあなたはちゃんと働いていないし、この子と結婚する気もないんでしょう? だったら、これ以上この子を変なことに巻き込まないでくれる?」

彼女は元々結婚願望があったため、「友達」とはいえ、結婚する気がない遊び目的の男と付き合うことを結婚の足枷だと考える母の言い分は理解できた。

だが、これまでの彼の行動を思うと、母が放った言葉は許せなかった。

彼が帰宅した後、ハシモトはすぐに電話をかけて、母のことを詫びた。

彼は怒りこそ表さなかったがショックを受けたのか、その日以来、彼女を避けるようになり、1ヶ月ほど後に別れを切り出した。

マツイ:「もう終わりにしよう。やっぱり、君は俺なんかと一緒にいたらいけない。いい人を見つけて幸せになって」

彼女は彼と別れたくなかったが、実母が面と向かってあんなひどいことを言った上、ここで、しつこく縋りつくと、それこそ彼が嫌う結婚に執着している重い女のように思われるのではないかと感じて深追いできなかった。

彼が去ったことで、彼女は「やっぱりあれはただの遊びに過ぎなかったのか…」と冷静になり、改めて結婚を前提に付き合える相手を探すことにした。

・幻の結婚相手よりも現実の友人

これが6年前のできごとであるが、マツイが去って以降、ハシモトには結婚はおろか、恋人も親しい友人もできず、ずっと一人で生きていた。

今となっては、あの時、どんなに格好悪く泣き叫んでも、彼に自分の気持ちを伝えるべきだったと後悔している。

彼と出会うまではいつも一人で孤独だった。

社交的な性格でない彼女は友達を作ることが得意ではない。

学生時代に不登校だった経験があるため、子どもの時から付き合いがある地元の友人もいない。

そんな彼女に対して、彼はいつも味方でいてくれた。

下手くそなアプローチでも優しく受け止めてくれた。

誰からも理解されないと思っていた趣味にも付き合ってくれた。

自分の世界を広げてくれた。

短い期間だったが、幸福をもたらしてくれた。

彼のおかげで、仕事も頑張ろうと思えた。

人生が前向きになった。

彼女にとっては彼の存在は決して足枷などではなかった。

「結婚したい」とは願っていたものの、そんな誰とも分からない幻の相手のために、彼を失うのなら、結婚など必要なかった。

あの時、「結婚」という世間体に拐(かどわ)かされずに、心から信頼できる人と付き合うことを優先していれば、唯一の味方だった友人を失うこともなかったのかもしれない。

もっとも、破局の原因は当人ではなかったが…

ちなみに、彼女は彼と別れてからも同じ電話番号を使い続けている。

いつか、彼が再び連絡してくれることを信じているから。

以上が、彼女の経験である。

彼女たちは結婚するつもりはなかったが、たしかに「特定の形にこだわる(=形の妥協を許さない)人」によって、幸せな人生を送るチャンスを奪われてしまったことは私の創作とよく似ている。

余談だが、私はマツイと直接の面識はないものの、(ハシモトから伝え聞いた)結婚や仕事に対しての考え方が近いため、話が合いそうな気がする。

もしかすると、彼女が私にメールを送ってくれたのは、私が考えた物語が自分と酷似しているだけでなく、私のこれまでの主張に彼の姿を重ねたからなのかもしれない。

だとしたら、尚のこと、彼には彼女の親に交際を反対されても、最後まで自分の生き方を貫いて欲しかった。

たとえ他人から害虫扱いされようとも、どんなに恥辱に塗れようとも、彼女を想う気持ちは偽りではなかったのだろうから。

だが、その一方で、彼の気持ちも理解できなくはない。

なぜなら、私も以前、同じようなことを経験したから。

次回はその時の話をしよう。

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