20代半ばで上京して生活を安定させるまでの話②(イメージと実態の答え合わせ編)

前回のあらすじ

四国の田舎町に住んでいて上京を考えている女性からメールをもらったことをきっかけに、私が東京へ出てきてから、生活を安定させるまでのことを詳しく書くことにした。

・そのイメージは本当なのか?(東京の暮らし編)

今日は、実際に暮らしてみた結果、私が上京前に抱いていた東京の生活のイメージが、正しかったのかについて〇×形式で答えようと思う。

当初は東京へ来てから、最初に就いた仕事と住まいの話をしようと考えていたが、どこに役に立つ情報があるのか分からない個人史的な記事を長々と書くよりも、先ずは私が感じた「地元と東京の生活の違い」を明確化すべきだと思った。

そこで興味を持った人は次回以降も読み続けてほしい。

上京前に抱いていたイメージはこんな感じだった。

:地元とは比べ物にならないくらい給料が高い

:未経験でも職に就きやすい

:通勤が大変

:法令遵守が労働者の権利が守られている

:仕事とプライベートの区別がしっかりしている

:男女差別がない(もしくは激しくない)

:物価が高い

:同調圧力がなくて自由

これらが本当だったのかについて一つ一つ解説していきたい。

:地元とは比べ物にならないくらい給料が高い

これは本当である。

東京と地方の賃金格差を示す際によく使われるのが、こちらの最低賃金一覧表である。

しかし、わざわざ東京へ出てきてまで、最低賃金の仕事に就こうなどと考えている人はまずいないだろうから、ここでは最低賃金の違いを取り上げても意味はないだろう。

私が東京で仕事を探していて感じたのは、最低賃金+300500円程度の仕事の数が地元とは比べ物にならないほど多いということだった。

前回の記事でも触れた通り、上京後、最初に就いた仕事は時給1300円だった。

やっていることは、地元で働いていた時とそこまで大きく変わらなかったが、地元では最低賃金+数十円程度の時給820円だったため、この違いは大きい。

実に1.5倍増しである。

ちなみに、私が東京で働いて最も時給が高かった仕事は時給1750円だから、最低賃金が1000円だとすると、750円も上回っていたことになる。

地元で最低賃金+750円の仕事など見つかるはずもなく、これは東京だからこそ得られる恩恵だと思う。

おそらく、東京で仕事を探そうと考えている人が期待しているのは、いきなり月給30万を超える仕事ではなく、これくらいの賃金の高さの仕事ではないだろうか?

:未経験でも職に就きやすい

これも本当である。

これも前回の記事で触れたことと重複するが、上京前の私は事務職とは常に人気の仕事であり、新卒後に正社員として就くことができなければ、未経験者など雇ってくれるはずもないと思っていた。

そのため、派遣会社から事務職を紹介された時はとても驚いた。

こんなこと、地元では絶対に有り得なかった。

その仕事には縁がなかったが、その後は別の会社の事務職に採用されることになった。

まあ、結局、こんなことになってしまったけど…

ただ、勘違いしてほしくないのは、これはあくまでも「未経験でも応募資格がある」というアクセス権の問題であり、採用の候補者が複数名いて、経験者と未経験者が一つの枠を争う時は、結局のところ、経験者の方が採用される確率が高いことに変わりはない。

だから、「未経験者歓迎」の文字に期待を寄せ過ぎない方がいい。

それでも、事務職に関しては、とりあえず経験は積めそうな短期の仕事や、大量募集の仕事も多いため、やはり、地元にいた時よりも確実にチャンスは多い。

:通勤が大変

これも本当だった。

おそらく多くの人は、東京と言えば、満員の通勤電車を想像しているだろう。

ただし、これは計画次第では回避できることも可能である。

たとえば、私の最初の勤務地は通勤ラッシュとは逆の方向だったため、ラッシュの時間帯でも車内はガラガラで、1両の車両の中におそらく10人も乗車していなかったと思う。

帰りの時間帯は朝ほど空いているわけではなく、常に座れるとは限らなかったが、それでも家までは2駅だけだったため、全然苦にならなかった。

また、アパートを探す際も、実際に休みの日(当時の仕事は平日が休みになることが多かった)を利用して混雑具合を調べてみたが、それこそ、前に並んでいる人の背中を押さなければ電車に乗れないほど混雑が激しい駅でも30分ほど時間を前後させれば、そこまでは混雑しないことに気付いた。

というわけで、通勤地獄は上手く準備をすれば回避できるかもしれないが、それでも東京の通勤は大変だということに変わりはない。

たとえば、費やす時間である。

以前の記事でも紹介したが、同じ10kmの通勤距離でも、田舎では車で20分だが、東京では自宅から駅までの歩き、(乗り換え時間を含む)電車の待ち時間、さらに会社の最寄り駅から職場までの時間などを合計すると、電車に乗っている時間こそ短いものの、トータルでは1時間を超えることが珍しくない。

以前、「私が若い時には平日の仕事終わりに3~4時間英語を勉強していた」と書いたが、それが可能だったのは徒歩で15分の職場で働いていたからできたことだった。

「東京で電車通勤の生活を送っていながら、同じように毎日数時間も勉強できるか?」と聞かれたら、おそらく「無理だ」と答えるだろう。

しかも、電車には人身事故や車両トラブルなど予測できない事態によって遅延する恐れがある。

いつも利用している電車が、5分、10分遅れて目的に到着するだけならそこまで大きな問題ではない。

しかし、電車が遅れる時は、本来であれば前を走る電車に乗っていたであろう乗客や、反対に後ろを走る電車に乗るはずだった乗客も、同じ電車に乗り合わせることになってしまうため、いつも利用している電車は、超満員で乗れないこともある。

「仕方ないから、一本後の電車で…」などと思って、次の電車を待っていても、同じように満員である。

つまり、電車はたかが10分の遅れであっても、自分が会社にたどり着くのも10分遅れるだけとはいかないのである。

このようなリスクも考慮するとなると、常日頃から、30分以上前に会社へ着くように出勤するか、別のルートを事前に確保しなければならなくなる。

このような通勤のしんどさは地元では経験したことがなかった。

:法令遵守が労働者の権利が守られている

これに関しては結局のところ会社によるため、「東京で働くからこうだ!」とは一概に言えない。

ちなみに、この場合の法令遵守とは「残業時間は1分単位で計算する」とまでは行かなくても、せめて「15分単位で支給される」とか、仕事がなければ定時で帰れるとか、(無給の)休日出勤など絶対にさせないとか、風邪で仕事を休むことを責められないとかがそれに当たる。

この記事で紹介した通り、今の勤め先はパワハラの注意喚起を行うポスターが貼られているし、毎月のように風邪で休む人がいるが、その人の陰口を言っている人は見たことがない。

しかし、最初に働いた職場はどちらかと言えば、地元で働いていた時の職場と同じく、正社員は休日でも職場に顔を出すことが多かったし、風邪で休むことを軽蔑する風潮もあった

また、私は定時になって自分の仕事が終わると、他人が仕事をやっていても平気な顔をして帰るが、同僚の中には上司から「時間です。お疲れ様でした」と言われるまで帰らない人はいたし、勤務終了時間になってから後片づけを始めて、結果的に毎日510分ほど時間が過ぎてから退社する人もいた。

:仕事とプライベートの区別がしっかりしている

これは本当。

たとえば、職場によっては、仲が良い間柄であっても他の従業員の前では「○○さん」と呼ぶようにと規則が設けられている会社があり、そのような規定がない職場でも、20代半ばの私が、20歳以上年が離れているであろう上司から「早川さん」と呼ばれることが多かった。

地元では(働く人の多くが自分よりも年上だったことを差し引いても)そのような呼ばれ方をした覚えはない。

ちなみに、最初の職場では、その辺も厳しくなかったため、正社員である私の上司(当時30歳)は、定年後に契約社員として再雇用された60代の男性から「○○ちゃん」と呼ばれていたが、内部の監査が入ると予告があった時は、事前にその呼び方を辞めるようにと通達があったため、本音ではOKでも、建前としてはNGなのだろう。

また、この記事で取り上げたように、同僚から食事に誘われた時も会社にバレると面倒なことになる可能性があるため、参加者以外の人物には他言しないように口止めされた。

私としては、会社にバレても何の支障もないが、同僚とプライベートな場所で会うことはあまりいい印象を与えないのかもしれない。

:男女差別がない(もしくは激しくない)

これは事実ではなかった。

たとえば、②で取り上げたように、東京では未経験でも事務職に就けるチャンスがあるが、それでも「この仕事は女性しか受け付けない」と言われることも多々あったし、アパートを借りる際も、良い物件を見つけて申し込んだが、大家から「女性の方に貸したい」と言われて断られたこともあった。

シェアハウスのように共同で暮らす場合はともかく、一人暮らしのアパートで女性の入居者にこだわる理由はあるのか?

それから、以前、手作り弁当とジェンダーバイアスの話を紹介したことがあるが、それに関連する話だったものの、あまりにもえげつなかったため、その時は書くことを躊躇ったエピソードがある。

これは私が東京で初めて働いた職場でのできごとであるが、休憩前の上司が昼食の休憩から戻ってきた私に、「社内食堂の日替わりの定食のメニューは何だったか?」と尋ねた。

私は弁当を持参しているため、定食のメニューには目を通さないことを伝えると、彼は「自分で弁当を作るなんて偉い!!」と言った。

ここまでは特に問題があるわけではないのだが、彼は間髪入れずにこんなことを言った。

上司:「それに引き換え○○ちゃん(先ほど登場した30歳の女性)は自分の弁当も作れないなんて、女子力が足りない

しかも、本人の目の前でである。

その時はたまたまその場にいた別の社員が「でも、○○ちゃんは××(←神奈川県の田舎の方)から通っているから、通勤時間を考えると仕方ないのかもね」とフォローを入れたが、私はあの時の彼女の表情と自分のバツの悪さを今でも忘れることができない。

職場が変わっても、「自分でお弁当作るなんて偉いねえ」と言われる度に、私はこの発言の裏の差別意識を感じてしまう。

:物価が高い

これは半分本当である。

先ずは何と言っても家賃である。

今の住まいは東京23区内にあり、1Kロフト付きの間取りで、JRと地下鉄の電車が走っている最寄り駅から徒歩15分で家賃は5万円である。

私は「家賃がこんなにするのかあ」とため息ものであるが、こちらに長く住んでいる人の話では「え!? その場所で家賃5万円で部屋が借りられるの!?」と驚かれることが多い。

ちなみに、私は上京前に実家を出て知人と一緒に住んでいたことがあるが、その時は(新幹線の全列車が停車する規模の)県の中心駅から徒歩15分で3DKの間取りで、家賃が7万円だった。

同じ場所で、今の住まいと同じ条件で部屋を探してみたところ、家賃の相場は3万円だった。(しかも、床面積は今の住まいよりもはるかに大きい)

いかに東京の家賃が高いかお分かりいただけたかと思う。

しかし、家賃以外で「東京は物価が高い」と感じたことはない。

強いて言えば、なぜか冷凍食品の値段だけが高い気がするが…

というわけで、「東京は給料が高いけど、物価が高過ぎるから全然お金が貯まらない!!」と思ったことは一度もない。

手取り20万もあれば、毎月7,8万は確実に貯金できる。

もっとも、これは私のようにプライベートな幸福追求を放棄して、一切の趣味もなく、友達も恋人もいない人間だからできることなので、普通の生活を求めている人は「それじゃあ、自分も…」などと安易に考えてはいけない。

ただ、一点だけ注意してもらいたいのは、「物価の高さと出費の多さは必ずしもリンクしない」ということである

以前、人間関係の「分散型」と「集中型」という話をしたことがある。

地元で生活している時は周囲に親族や、昔から付き合いがある友達など、困った時に頼ることができる人がたくさんいるが、都会ではそのような人間関係のネットワークが希薄になるため、困ったことが会ったら、その都度、お金でそのサービスを購入しなくてはいけなくなる。

そのため、値段が高いか安いかの問題ではなく、地元で暮らしていた場合はそもそも生じないであろう出費が発生するのである。

(私は使ったことがないが)代表的なものが化粧品代である。

私が東京で働いて驚いたことの一つは「女性が化粧をせずに仕事をすることはマナー違反だ!!」と考える人間が一定数いたことである。

地元ではそんなことを言う人間など会ったことはないし、実際にノーメイクで働いている人も大勢いた。

そのため、地元では化粧品は趣味や娯楽のための出費かもしれないが、東京では本人の意志とは無関係に購入しなくてはいけない生活必需品に位置付けられる。

同じような出費に実家への帰省代、通勤時間や労働時間が長く、料理に時間が割けなくなり、外食や買い食いが中心となってしまう食費などが考えられる。

そのため、物価の高さだけでは、必ずしも出費の多さを語ることはできない。

:同調圧力がなくて自由

「東京は田舎のような同調圧力がなくて自由だ!!」と言われることが多いが、この場合の同調圧力とは主にご近所付き合いのような、地域の同調圧力のことを言っている。

それは確かに事実だと思う。

たとえば、私が今の住まいに引っ越してきた数ヶ月後に、空き部屋だった隣の部屋に入居者がやって来たが、お隣さんは話声から男性の外国人であることは想像できるが、実際に会ったことがないため、どんな人なのかは分からない。

上の部屋の住人とはベランダの洗濯機の水漏れの件で一度だけ顔を合わせたことがあったが、会ったのはその一度切りだったため、その人のことも外国人であること以外には何も知らない。

また、地域のゴミ拾いや草むしり活動への参加の要請を受けたこともない。

つまり、私は地域の人と全く関りがなく暮らしていることになる。

というわけで、「東京では誰からも干渉されずに好きなことができて自由だ!!」と言いたいところだが、話はそう単純ではない。

たしかに、東京では地域(世間)からの抑圧はないが、別の共同体の同調圧力に怯えて暮らすことになる可能性がある。

その別の共同体とは、会社である。

意外に知られていないかもしれないが、仕事に恵まれていないはずの地方に住んでいる人であっても、転職に躊躇しないことが珍しくない。

それは年功序列や終身雇用のように一つの会社で働き続けることのメリットがないため、知人から転職の誘いがあったらすぐに応じて、簡単に会社を辞めることが多いからである。

そして、上手くいかなかったら、また元の職場に戻ってくることも普通にある。

そもそも、会社が人生を保障してくれるなどという考えがないため、一つの会社に固執することなく、「嫌だから辞める」ということは何もおかしなことではないのである。

しかし、東京で働く場合は長期雇用を前提とした企業福祉を当てにしなければ、生活が成り立たないことが多い。(理由は⑦で説明した人間関係のネットワークと同じ)

というわけで、仕事が嫌になったり、転職の機会自体には恵まれている場合であっても、なかなか仕事を辞めることはできないし、自分の運命を握られている上司の評価が気になって仕方ない。

その結果、会社が間違っていると思っていても言いなりになるしかない。

④で少し触れたが、上司から「定時になったから上がってもいいよ」と言われても、周りの人が帰らないため、やることがなくても帰らないという同調圧力に弱い人はたくさんいる。

「駆け込み乗車をしたり、無言で他人を押しのけてでも突き進もうとしたり、隙あらば、壁にもたれ掛かかるか、股を開いてスマホをいじるような電車に乗る時の太々しさはどこへ行ったのかなあ?」

と言いたい気分である。

私が思うに、これは「持ちつ持たれつ」というか、庇護と服従の関係の対象が「ムラ」なのか、それとも「カイシャ」なのかの違いなだけではないのか?

地元では地域が個人を守ってくれる(と思われている)ため、地域の圧力にはひれ伏すことになるが、東京では企業福祉が個人を守るため、勤務先の同調圧力には逆らえない。

逆に、地元では企業福祉による保護など存在しないため、会社に対しては自由に振る舞えて、地域による包摂など期待できない東京では、地域社会の目など全く気にならない。

いろいろ考えてみたが、「言われてみれば、それはそうだよね」というごく普通の結論にしか行き着かなかった。

以上が私が上京前に抱いていたイメージと実際に暮らしてみた感じたことである。

最後にもう一度表にしてまとめてみよう。

:地元とは比べ物にならないくらい給料が高い
:未経験でも職に就きやすい
:通勤が大変
:法令遵守が労働者の権利が守られている
:仕事とプライベートの区別がしっかりしている
:男女差別がない(もしくは激しくない) ×
:物価が高い
:同調圧力がなくて自由

次回は私が東京で初めて働いた職場についての話をしようと思う。