地元にあった思い出の施設が廃業していた②

前回のあらすじ

1ヶ月前、地元にあった思い出の施設が突如解体されていたことを知った。

その施設は元々、地元企業が販売と飲食業を営んでいた土地に、地域おこしの目玉として、他社で営業を終えた代物の一部を移築して保存展示していた。

施設そのものは営業を続けているが、私がそこを訪れる目的であった展示物は跡形もなく解体された。

しかも、事前の告知はなく、突然に。

現役時から思い入れがあり、元々解体される予定だった代物を移築してくれたことには感謝しているが、よくよく思い返すと、保存後の特別な思い出は見当たらなかった。

その理由は自宅から20kmという近場であるにもかかわらず、10年間で4回という訪問回数の少なさと、訪れた当時の私があまりいい暮らしをしていなかったからである。

・「もう、二度と会えない」という事実

そんな思いがあったからか、解体のニュース聞いた時は驚きこそしたものの、各段の怒りや悲しみは感じなかった。

その時、頭に過ったのは「ただただ残念」という気持ちと「これで地元へ戻る理由がまたひとつなくなったな」という冷静な考えだった。

凋落著しい私の地元では、帰省の度に馴染の店が潰れている様子を目にすることは日常茶飯事である。

というわけで、今回のことも取り立てて驚くことではないのかもしれない。

そんな冷めた思いが心のどこかにあった。

だが、数日後には私の心に大きな変化が押し寄せた。

きっかけは、かつての保存場所が解体後はどうなっているのかが気になり、グーグルマップを開いた時のことである。

すると、そこには在りし日の姿が映っていた。

それを見た瞬間、

「もう、この光景を目にすることができない」

という当たり前のことを実感した。

そして、当時の日常生活の記憶が一気に噴き出してきた。

苦しく、寂しい気持ちしかないと思っていたはずなのに、なぜかそれはとんでもなく尊い物である気がした。

さらに、こんな考えが頭に過った。

「もう、あの頃には戻れない…」

一体、何なんだ!?

この気持ちは!?

あの時はお先真っ暗だったから、当時に戻りたいなどと思ってはいなかったはずなのに…

私は自身が撮影した写真に改めて目を通した。

初めて撮った写真は3度目の訪問時で、その時はすでに10年ほど前である。

当時、私が運転する車に同乗し、一緒に写真に映っていた連れはまだ小学生だった。

そんな時の当たり前に戻れるはずがないし、戻りたくもなかったはずなのに…

「もう、二度と会えない…」

その事実だけで、苦しかったはずの時期の当たり前の日常の記憶も一変した気がした。

・あの時はあなたがいた…

過去の認識が大きく変わっただけでなく、空虚感や喪失感も大きなものがある。

冷静に考えると、仮に今後数十年に渡り存続していたとしても、地元から離れた私が訪れるのはせいぜい1回か2回だろう。

これまでも10年間でわずか4回だった。

現役時(移築前)は3年で10回以上利用していたことを考えると、熱心に通い詰めたとは言えない。

「地元にいい場所はないか?」と聞かれた時は、(冗談半分ではあるものの)必ずそこを勧めていたが、自身が訪れた回数を考えると、私には解体を嘆く資格も、それが地元のおすすめ観光スポットであることを主張する権利もないのかもしれない。

また、当時の私は主に20代であり、子どもの時と比べると思い出としての度合が落ちることは否めない。

それでも、

それでも…

とてつもなく大きなものを失った気がした。

それ以来、事あるごとにあの場所を訪れた日のことを思い出してしまう。

たとえば、快晴の日は、同じ晴れの日だった2度目の訪問のことを思い出して(その日は徒歩での帰り道で炎天下に晒されたため、天気のことはよく覚えている)、雨の日は同じく雨だった最後の訪問時のことを思い出してしまう。

天気だけではない。

私は仕事柄、過去の日付を目にする機会が多いが、その日が解体前であれば、「あの時はまだ…」という思いが過る。

このブログでも一度名前を出したことがある少年探偵が主人公である某アニメで、元恋人であり同僚でもあった男性を失った(後にその死は偽装だと発覚)女性が、表面上は気丈に振る舞うものの、事あるごとに彼のことを思い出して、銀行強盗のような窮地に陥った時ですら「でもあの時は、あなたがいた…」という言葉を発するのだが、最近はそのシーンを何度も思い出してしまう。

・逆境の中でも支えてくれる存在はいる

まだショックから立ち直っていない状況なので、まとめを書くには時期尚早な気がするが、今回の件で私が学んだことは2つある。

ひとつは今の当たり前がいつまでも続くわけではないということ。

もっとも、多くのケースでは、失った後に気付くことになるのだが…

私が最後に地元に帰ったのは解体される2ヶ月前である。

前回の訪問から5年以上経過していたため、久々に出向くことも検討していたが、コロナの影響で内部への立ち入りができないことを聞いていたため見送ることにした。

だが、今になって、行っておけばよかったと後悔している。

今さらそんなことを言っても、遅いのだが…

そして、もうひとつは不本意な生活を送っている中にも、心の支えになるものはあるということ。

人生において、20代という時期は「自分の全盛期だった」と考えている人は少なくない。

しかし、前回の記事で書いた通り、私が主に20代だったこの10年間は、幸せに満ちていた時期ではなかった。

つらいことや苦しいことばかりだった。

それでも、私の近くには心の拠り所と呼べる存在があった。

1年前に愛着理論という考えを紹介した。

たとえ、片想いであっても、直接会う機会はなくても、「自分の味方」で居てくれるという愛着だけで、安心感が生まれる。

その対象を失った今、私は何に思いを寄せて生きていけばいいのだろう。

その答えはまだ見つけ出せていない。

もっとも、本来であれば遥か昔に取り壊される予定だった代物を引き取り、およそ10年に渡って保存してくれた地元企業には感謝している。

彼らが命の灯をつないでくれたおかげで、現役時には利用する機会がなかった私の連れも、その存在を知って、少しばかりどんなものであるのかを体験することができた。

私が思いを馳せた代物は今では跡形もなく消えてしまったが、それでも10年の延命は無駄ではなかったと思っている。

最後にこの場で供養の言葉を送らせてもらいたい。

「今までありがとう。そして、安らかに眠ってください…」

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