前回、前々回と、ちょうど1年前に書いたかつて実際に会った人に関する記事が続いた。
というわけで、察しのいい読者の方は、今日の記事にはこの人が登場すると予想していたかもしれない。
しかし、この記事で紹介した通り、私と彼は1年以上音信不通である。
そのため、残念だが、彼は今日の記事には登場しない。
・あなたのことについて教えて
半月ほど前に結婚に関する記事でこんなことを書いた。
戦後から70年代までの近代社会(Ⅰ)では誰もが安定した職に就いたり、結婚したりして、自分の居場所を持つことができたが、現代では誰もがそのような従来型のフツーの生活を送ることができなくなっている。
一方で、現代社会には前近代社会のような親戚や地域といった個人を包摂できる共同体があるわけでもないため、孤立した人が「はたして、自分はこれでいいのか?」とか「自分は一人ではないのか?」といった存在論的不安に苛まれることになる。
そんな彼らが居場所や存在意義、自分の理解者を強く求めるようになる。
このような人は日本だけでなく、他の国にも多く見られる。
先日、まさにそんな感じの人物に出会った。
その人のプロフィールがこちら。
・居住地:イタリア
・性別:男性
・年齢:30歳
・職業:警備員
彼の顔写真は明るい笑顔が印象的だった。
彼は私にメッセージを送ってきて、私はNice to meet youのような簡単なあいさつの返信をすると、いきなりこんなことを言ってきた。
カチーン!!
本人に悪気はなく陽気に私のことを尋ねているつもりなのかもしれないが、突発的にそんなことを言われて頭にきた私は彼に抗議することにした。
私は彼の国のマナーのことは何も知らないが、自分の紹介もなく、自分で話題を見つけるわけでもなく、いきなり「あなたのことについて教えて」などとコミュニケーションの丸投げをされるのは、まるで仕事の面接でも受けているかのような不愉快な気分である。
彼が段階を踏まえずにただ馴れ馴れしく接する間柄を「友達」だと考えているのなら、私はそのような関係になるつもりはないので、今すぐ別の人を探してほしい。
会って初日の相手にここまで言われたのだから、彼は二度と私にメッセージを送ってくることはないかもしれない。
そう思っていたが、彼は意外にも私に謝罪した。
・難しいことは分からない
こうして、私たちはやり取りを続けることになった。
私が個人的な話をすることを拒否したためか、彼は日本の社会について話を聞きたいと言った。
それを聞いた私は、彼が現在30歳に気が付いて、かつてこの記事に書いた年齢の話題を展開した。
日本では30歳という年齢に特別な意味があると考えている人が多いこと。
フランス人からその考えはおかしいと言われたこと。
そして、彼の国にも同じような考えを持っている人は多いのかを尋ねた。
その時の彼の返事がこちら。
カチーン!!(←本日二度目)
あんた真面目に人の話を聞いてますか?
私はあなたの考えを聞きたいのですよ。
と問い詰めたかったが、もしかしたら、彼は英語が苦手なのかもしれないし、私の英語の使い方が間違っていたのかもしれない。
私も彼も英語のネイティブスピーカーじゃないから、文章を間違えることはあるし、相手の言いたいことが理解できないこともある。
だから、彼が私の文章が分からないのなら書き直すよう要求すればいい。
彼にそれを伝えたのだが、こんな返事が届いた。
それを聞いた私はあきれた。
彼は何のためにここに来たのだろう?
自分のことや社会のことに対して何の考えも持っておらず、相手に伝える言葉もない。
彼がどんな人なのかは知らないが、これだけは言える。
というよりも、「よく2年間もこのサイトを使い続けることができたな」とある意味感心した。
彼は今すぐ、ペンパルサイトから足を洗って、地元のコミュニティにでも顔を出して、「Let’s party!」と言いながら何も考えずにどんちゃん騒ぎする方がいいに違いない。
私は彼にそのことを伝えた。
・身近な友達がいない
すると彼からこんな返事が届いた。
この発言は意外だった。
私は彼が難しいことは一切考えず、ただノリだけで楽しむ関係を求めているのかと思っていたが、そうではないようである。
私は彼の今の生活について詳しく話を聞くことにした。
彼の話を聞いて分かったことは
・彼は高校を卒業した後、いくつかの仕事を転々とした後、現在は警備の仕事についていること。
・実家に住んでいるため経済的に困窮することはないが、親から経済的に自立することができずにいること。
・友達も恋人も一切いないこと。
・ここ数年、孤独や「自分の人生はこのままでいいのか」という不安に襲われていること。
・難しい理屈ではなく、一緒に居て幸せだと感じることができる友達や恋人が欲しいと思っていること。
・身近にそのような人がいないため、英語や自分の考えを言葉で表現することが苦手であるが、ペンパルサイトを利用して違う世界の人と繋がりたいと思っていること。
・だから、私と友達になりたいと思っていること。
それを聞いた私は、彼が陥っているのは近代社会で結婚できない人が疎外感や焦りを感じる存在論的不安なのだと悟った。
今しがた、そのことについて学んだところなので、彼の気持ちはよく分かる。
イタリアやスペインといった国に対して、ラテン系の明るい人を想像する人は多い。
しかし、これらの国には意外にも排他的で同調圧力が強い面がある。
「家族の絆を大切にする」というイメージがあるのも、日本と同じく社会保障が脆弱で、社会福祉に頼ることができないため、最後の砦として家族を頼らざるを得ないことが理由になっていることの裏替えしである。
彼も日本人と同じように仕事を生きがいにしたり、自分の家庭を持つことの社会的プレッシャーを感じて、それができない自分に劣等感を持っているのかもしれない。
・悩んで苦しんで答えを見つければいい
彼が社会に居場所がないと感じていることや「これからも友達でいてほしい」と願う気持ちは分かった。
ただし、彼のアプローチでは別の世界に生きている外国人には通用しない。
実際に顔を合わせることができる相手なら、言葉などなくても時間や経験を共有することで分かり合えることもできるが、ネットの世界では自分とは違う世界を生きる相手と対話するため、会話を成り立たせる前提を言葉で表さなくてはならない。
それを行わずに「かまってよ!! 話しかけてよ!!」という一方的で漠然とした要求を突き付けても、相手にできることなど何もない。
自分の気持ちや考えを言葉で表すことが苦手だといっても、自分が変わらなければ、リアルだけでなく、ネットの中でも一人ぼっちになってしまう。
彼に必要なのは自分の置かれている状況を冷静に見極めて、それを伝えるための言葉を見つけて、少しでも前に進むこととである。
「自分は人に話せることなど何もないから、私のことは触れないでほしい」
「難しいことは考えて、これ以上苦しい思いをしたくない」
「ただ、誰かと繋がるだけでいい」
彼はこう言いながら、暗い見通ししか立たない今の自分について考えたくないと思っている。
それを聞いた私は、彼の姿と、今の寂しい暮らしから抜け出すために「とにかく結婚したい!!」と近代社会の幻影に取りつかれている人たちの姿が重なって見えた。
彼らが結婚に救いを求めたところで、決して報われない未来が容易に想像できるように、彼が自分は一切変わらずに今の自分を丸ごと受け止めてくれる幻の理解者を求め続けても、そんな人は決して現れることはないだろう。
それに彼は自分の孤独について語ってくれた。
だから、自分を客観視する能力や、表現するための最低限の言葉は持っているように思える。
彼は自分のことについて考えることが苦しいと言うが、これからも悩み続けて、次のステップを進むための答えを見つければいいと思う。
私は5年間このサイトを使っているが、仕事が上手くいかないとか、社会に居場所がないと感じている人をたくさん見てきた。
彼らは自分の苦しみを言葉にして私に伝えようとした。
それができたのは、彼らが自分を守ってくれるような強大な力に縋るのではなく、自分の置かれている状況から逃避せずに懸命に向き合っていたからである。
私はそんな彼らに惹かれて、もっと話をしたいと思った。
人は悩みや孤独を抱えつつも、そんな自分を変えるために戦うことができる。
彼が自分の居場所や理解者を見つけることができるかは、ここからの頑張りにかかっている。