コロナ禍の生活を振り返る

時が経つのは早いもので、もう年末である。

私はまだ仕事納めをしていないが、今年の仕事は今日までだったという人もいたことだろう。

というわけで、私もそろそろ今年1年を振り返ろうと思う。

2020年は皆さんにとってどんな1年でしたか?

仕事が充実した年でしたか?

ゴールデンウィークだけでなく、7月、9月と4連休がありましたが、楽しく過ごせましたか?

「今年はあまりいい年ではなかった」とお嘆きの方は年末くらいは楽しく過ごす予定はありますか?
(↑なんて悪意に満ちた質問の数々)

冗談はさておき、多くの人が今年はコロナウィルスの影響を受けたことだろう。

今日は2020年の暮らしを振り返る上では欠かせないコロナ禍においての生活についての話をしたい。

・仕事について

先ず仕事について振り返りたい。

私が今の仕事に就いたのが今年3月の終盤である。

引継ぎ期間が10日あると聞いていたが、前任者が有給を消化するということで、実際に彼と一緒に働いたのは4日だけだった。

しかも、彼は時差出勤のため、定時よりも2時間後に出社したことで、私が彼から仕事を教わる期間は16時間もなかった。

そんないい加減な引継ぎでろくに仕事を把握していないまま1ヶ月が経過した4月に緊急事態宣言が発令され、5月下旬までは所定の勤務日数の半数しか出勤できなくなった。

これが私にとって一番大きなコロナの影響であった。

出社できなくなった日は自宅待機となったが、やることは勤務時間中は必ず家にいて、会社から渡された携帯に応答するだけだった。

しかも、働き出して1ヶ月程度の私に電話をかけるほどの用事などあるはずもなく、やることは夕方にその日出社していた人から業務連絡の電話を取るだけだった。

実働2,3分の仕事だったが、これでも出勤同様に扱われ、時給は満額支給された。

あれ、もしかしてコロナによって悪影響を受けたどころか、逆に得してない?

私が3月の終盤に仕事就けた理由は前任者が3月末で退職するからである。

もしも、彼の退職が2週間遅かったら、会社の方も「この状況だから、今の時期は人を雇い入れるのは控えよう」となったかもしれない。

つまり、自分ではどうすることもできない完全な運によるものであった。

次に派遣会社も派遣先も比較的福利厚生の整っている大手だったことも良かった。

昨年の同じ時期も派遣社員として働いていたが、派遣会社はこちらから連絡しなければ動いてくれないような会社で、派遣先への連絡なども常に遅れているいい加減な会社だった。(その度に私は派遣先のマネージャーX氏から怒鳴られていた)

もしも、そのような会社で働いていたら、自宅待機の日は「ノーワーク・ノーペイ」と言われ無給扱いだったかもしれない。

私は基本的に勤務条件のみで仕事に応募するか否かを判断するため、派遣先や派遣会社のことなど全く気にしなかった。

つまり、大変な時期に運よく大手の会社にいただけである。

それを考えると、「仕事に関して言えば、今年は強運だった」とつくづく思う。

・コロナ禍の生活の贈り物

仕事に関していくつもの幸運が重なったことで、悪影響を上回る配当があった。

ここではコロナ禍の生活によって、変化したことを3つ紹介する。

:快適な通勤

大きな変化のひとつは、通勤ラッシュの時間帯なのに電車がめちゃくちゃ空いていたことである。

私が利用している路線は都内でも屈指の混雑路線で、特に快速電車に乗るなど自傷行為に匹敵する愚行であったため、あえて普通電車に乗っていたが、緊急事態宣言中は快速電車に乗ることができた。

それだけでも夢のような話だが、毎日座ることもできた。(今でも帰路は快速電車に座れています)

満員電車はクラスター(集団感染)の危険性があるため、「恐ろしくて乗れない」と考えている人もいたかもしれないが、少なくとも私にとっては、その時期の電車はいつも以上に快適だった。

:運動の副産物

ここまではいいことばかり取り上げたが、当然コロナによって悪い方へ向かったものもある。

元々、家に引きこもる生活を送っていたが、緊急事態宣言中は週に23日しか出社しないこともあり、どうやら太ってしまったようである。

家には体重計も腹周りを図るメジャーもないため、具体的な数字は分からないが、今まで履いていたズボンが履けなくなり、ウエストが5センチ大きいズボンを買った。

ズボンのサイズを大きくするなど成長期以来のことである。

さすがに、これには多少の危機感が生まれた。

というわけで、運動を始めた。

といっても、大した運動ではなく、腹筋を中心に鍛えて腹周りの脂肪を落とそうとした。

結果は…

あまり効果的とは言えなかった。

しかし、今までにない変化が起きた。

それは…

空腹時の「グー」という音が小さくなったことである。

決して音が鳴らないというわけではない。

以前の記事では「グー」という表現を用いたが、実際のところ、当時は「グーーーー! ギュルギュルギュル!!」というようなやたらと長く大きい音を出しており(しかも立て続けに何回も)、絶対に職場では聞かれたくない音だった。

それが、自分でもはっきりと聞こえない程度の音になった。

理由は分からない。

適度な脂肪が付いて防音の役割を果たしているのか、それとも腹筋が少し鍛えられたからなのか?

原因はどうあれ、これで昼食前の時間の苦痛が多少は和らいだ。

:食生活を変えたことによる体調の変化

お腹が鳴る音の恐怖はなくなったとはいえ、腹周りの脂肪は運動だけではそう簡単に落ちなかった。

というわけで、食生活を変えた。

これまでは、毎晩カップ麺を食べていたのだが、炭水化物を控えるために、夕食は野菜と海産物のみを食べることにした。

すると、1週間もしない内に体調が変化した。

※以下、お食事中の方はご注意ください

この記事に書いた通り、昨年、過敏性腸炎を患ってから、薬を飲んでも、ストレスのある職場を離れても、腸が改善されず、常に下痢か軟便しか出なかった。

「これから先もこの体で生きるしかない」という諦めさえあった。

だが、夕食で毎日野菜を摂取するようになると、一気に下痢も軟便も解消された。

なお、食費は1食百数十円だったカップ麺の時よりも上がったが、食後に小腹が空くこともなくなったため、間食代を削ることができて、大幅な食費増加には至っていない。

ちなみに、肝心の腹周りの肉付きであるが、食生活を変えた後は多少減ったようで、以前のズボンを履けなくもないくらいにはなった。(でも、ポケットに財布と携帯の両方を入れることはまだしんどい)

・家での過ごし方

多くの人も同じかもしれないが、今年は外出自粛のため、例年以上に休日は家で過ごすことが多かったと思う。

私も今年1年は外出する機会はほとんどなかった。

旅行へ行くことは一度もなかった。

映画を見に行くことも一度もなかった。

イベントに参加することも一度もなかった。

友人や恋人と一緒に食事に出かけることも一度もなかった。(そもそも、相手がいないが…)

誕生日もクリスマスも一人で過ごした。

大晦日も一人で過ごす予定である。

そんな私が休日にやった主なことは次の4つである。

・ブログを書く

・英語の勉強

・読書

・ペンパルサイトで外国人と交流する

プロフィールを読んだことがある人はお気づきだろうが、これはコロナが騒ぎになる前から行っていたことである。

つまり…

休日は、コロナ騒動が起ころうが起こるまいが、相も変わらず家に居続けた。

そのため、外出自粛をしていても、特に「休日が退屈だ!!」と感じることは全くなかった。

緊急事態宣言中に「自粛疲れ」という言葉を聞いて、思わず「アホか!?」と言いたくなった。

私は以前からステイホームで満足できる体質になっていたのである。

「ようやく時代が私に追いついたようだな」

涼しい顔でそんなことを言いたいのであった。